第28話 『馬車の積荷 その3』
――――奴隷売買。このクラインベルト王国では、決して許されない行為だが、信じられない事に他国では、まだまだ当たり前のように許可されている国がある。
そんな奴隷売買を生業とする盗賊団や犯罪組織が、密かにこのクラインベルト王国に入り込み、人里離れた村を襲っては、人を誘拐して奴隷として売り飛ばす事件が発生している。特に、獣人は商品としては人気があり狙われる。つまり、今回はそういった獣人を狙ったケースらしい。
奴隷を禁止しているこの国でも、密かに多くの人が奴隷にされ命を奪われている。その事態を重く見たお父様…………国王が、騎士団だけでなく国中の各ギルドに討伐及び救出の指令を出したのだ。確かに、騎士団と冒険者が一丸となれば国内の奴隷商や賊を完全に掃討する事ができるかもしれない。
それで今回、エスカルテの街のギルドマスター、バーン・グラッドにも、国王からその命がくだり、調査にのりだした。
調査を始めてすぐに収穫があった。エスカルテの街近郊でも、そう言った賊による、村襲撃が行われているという情報を掴んだのだ。
街からやや北に位置するルキア達が住んでいた村が、奴隷商から依頼を受けた賊に襲撃されたそうだ。そして、その賊たちが女子供をさらって国外へ連れ去るつもりだという。
一刻を争う事態と判断したバーン・グラッドは、自らその賊の逮捕とルキア達の救出に向かったのだそうだ。
しかし、バーン達が賊の追跡中、先に賊の方がバーン達ギルドの追跡に気づいてしまった。それで、賊は追手を振り切る為に、道の脇に子供達を乗せた馬車を一時的に隠した。
急いでいたバーン達は、馬車を素通り――――賊は、うまく追手をやり過ごす事ができた。だが、再び馬車を走らせようとしたら、馬車は運悪く溝にハマっていて抜け出せなくなってしまっていた。
馬車を溝から押し出す為には、人手がいる。賊は、仲間一人を馬車に残して先行している仲間を呼びに行った。そしてその後すぐ、そこへ私が現れて、馬車を押すのを手伝うと言い出した。……という所で、私の話に繋がる。
「なるほど。子供たちの保護をバーンがしたいってことね」
「そうだ。俺は、こう見えてギルドマスターだからな。貯えもまあまあだし、余裕はある。当然、子供たちは、親せきなど行くあてがあるのならば、そこへ送ってやるつもりだし、なければ大人んなるまで面倒みてやるつもりだ」
「え? バーンが? うそ? できるの?」
私は、ジト目で言った。
「なんだよ! できるよ。失礼な! 俺はアテナより、遥かに年上だぞー。子供の面倒ぐらい見れるわ。……まあ、正確には、俺とエスカルテのギルドが面倒みるんだがな。ガハハ」
うーーん。まあ、バーンだけでなく、冒険者ギルド自体が責任をもって子供達を保護してくれるというのならば、安心はできるかな。
「わかったわ。子供たちの事は、バーンにお願いします。あと、足りない事があれば王国に伝えて。お父様か、ローザに掛け合ってもらえれば、必ずどうにかしてくれるだろうから」
「うーーん、お父様って国王陛下だろ…………わかった」
「あと、亡くなったあの子たち…………」
「それも、俺達に任せてくれ。エスカルテの墓地に、きちんと埋葬してやるつもりだ」
「ありがとう、バーン。ちゃんと子供たちの事をしてくれるなら、お父様に私を売った件については全て忘れることにするから」
「うっ! 痛いところを……解った、任せろ」
話がまとまった。正直、子供たちの事は気になる。しかし、ギルドが王国からそういう指令を受けて動いている訳だし、ニガッタ村でルシエルとの合流する約束もある。ギルドマスターっていうのは、その街の冒険者ギルドの最高権力者な訳だし、バーンに任せるのは正しいと思った。
テントを畳んで荷物をまとめ、ザックを背負った。色々あったが、バーンと解れニガッタ村へ向かう。
「エスカルテの街に寄る時は、冒険者ギルドへ寄ってくれ。子供たちに合ってやってくれ」
「皆、バーンのもとへ行く事にしたのね。わかったわ。エスカルテの街へ行ったら必ずよるね」
子供たちに目を向ける。
「じゃあね、皆。また、会いに行くから」
「約束だよ、お姉ちゃん」
「ありがとう! えっぐ、えっぐ!」
ミラールと、ロン。
ロンは、泣きじゃくっている。
「うっ、うっ……また、きっと絶対会えるよね!」
「うわーーーん」
クウにルン。
「当たり前だよ。次は、私の友達をつれていくから楽しみにしていてね。その時は、皆でキャンプをしようね」
子供たちは涙を流しながら、鼻をすすりながらも頷いた。
「…………」
ルキア。――――ルキアは、ずっとバーンと私の会話を聞いていた。それからは、一言も発していない。
「ルキア……すぐ、また会いにいくから。元気でね」
「…………っさい」
「え?」
ルキアは、大粒の涙を流して振り絞るように叫んだ。
「アテナお姉さま! 私も一緒に連れて行ってください!!」
「ルキア…………でも、バーンさんと一緒にエスカルテの街に行った方がいいよ。これからの生活も全部面倒見てくれるし、住む所っだって食べるものだって…………これからやりたい事があればそれもできるんだよ。目指すことがあれば、それだって目指せるんだよ」
諭すように語り掛けた。でも、ルキアの目は私を一点に見つめている。固い決意。
「私のやりたいことは、アテナお姉さまと一緒に行く事です。アテナお姉さまは、冒険者だとききました。それでしたら、私も冒険者になりたいです。なって、お手伝いしたいです。なれなければ、なれるように努力します。一生懸命、努力します。お願いです、私を連れて行って下さい!」
「うーーーーん」
ルキアは9歳だ。獣人の身体能力はヒュームに比べ、高いとは言うけれど…………冒険者になるには、あまりにも、幼すぎる。
「ここまで、言ってんだ。 いいんじゃねーの? この後、あのスーパーエルフも合流するんだろ? 冒険者になる以上、危険はあるだろうが化物クラスの強さを持つ冒険者が二人もついているんならいいんじゃねーの?」
「ちょっと、バーン。乙女に向かって化物って……んーーー、もう。まあ、いいわ。ついて来てもいいわ」
ルキアは、満面の笑みを浮かべ何度も飛び跳ねた。
「ありがとうございます! 私、きっとお役に立ちます!」
「やったな、嬢ちゃん!」
こうして、ルキアが私のパーティーの新しい仲間として加わった。ついでに、ギルマスがいるのでわがままを言って、特別にここでルキアの冒険者登録も済ませてもらった。Fランク冒険者。勿論、登録料は、バーン持ち。
ルキアは、クウ、ルン、ミラール、ロンとハグをした。別れを言っていよいよ出発する事となった。別れ際、冒険者となったルキアに登録祝いだと言って、バーンはよく斬れそうなナイフをルキアに贈った。
「ありがとう! バーンおじさん!」
「お兄さんなっ!」
「バーンお兄さん」
「おう! それと、そいつは嬢ちゃんにはでかいナイフだが、獣人の身体能力ならそのうち使いこなせるだろう。それに、かなり良い品だ。大切に使えー、まあ大切に使えって言っても宝箱に入れて大切にしまっていろと言っている訳じゃねーからな。使わねーと、上達はしない」
バーンは、ルキアの頭をポンポンと撫でた。
「じゃあ、バーン! またね」
バーンは、手を軽く上げて返事すると、仲間に合図を送り亡くなった子供達の亡骸を馬に乗せた。そして、子供達を連れエスカルテの街の方へ歩き出した。
私は、ルキアの肩を叩いた。
「さあ、出発――!! ルキアの冒険は、ここからスタートだね」
「は……はい。これから、どちらへ向かうのですか? アテナお姉さま」
「アテナでいいよ。私は、これからあなたの仲間なんだから」
「アテナ……」
ルキアは、頬を赤らめて照れながら言った。
「うんうん。ほんに可愛い娘じゃ。これから向かうは、ニガッタ村。明日、そこで仲間と待ち合わせだから急がないとね」
「仲間って――」
「そうだね! 一言で言うと…………噂のスーパーエルフ」
「スーパーエルフですか!」
ルキアは、キラキラと目を輝かせた。
――――そして、楽しい会話を続けながらも、ニガッタ村の方角へ歩き出した。
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〚下記備考欄〛
〇アテナ・クラインベルト 種別:ヒューム
Dランク冒険者で、その正体はクラインベルト王国第二王女。旅と食事とキャンプ好き。腰には二振りの『ツインブレイド』という剣を吊っていて、二刀流使いでもある。再び一緒に冒険する為、仲間のルシエルとニガッタ村で合流しようと向かっている。途中、ただならぬ雰囲気の荷馬車に遭遇。その馬車には獣人の子供達が奴隷にされて乗せられていた。子供達を救いだし、治療を終える。
〇バーングラッド 種別:ヒューム
クラインベルト王国の王都を除いて二番目に大きな街エスカルテにある冒険者ギルドのギルドマスター。現在、クラインベルト王国中で奴隷売買などの犯罪を行う盗賊団が出没しており、国王からの命令と冒険者ギルドの責任者として、調査中。早速村が襲われている情報を手に入れ、その村を襲っていた盗賊団を追っていたがその途中でアテナと再会した。そして、ルキアを覗く4人の獣人の子供達を保護した。
〇馬車の子供達 種別:獣人
バンパ率いる賊に馬車に押し込められて、奴隷のように鎖で繋がれていた。7人中、レーニとモロという子供は馬車内の酷い環境で既に息絶えていてアテナは助ける事ができなかった。残った5人は、下記参照。
ミラール = 狼の獣人の男の子 子供達の中では最年長。
ロン = 犬の獣人の男の子
クウ = 狐の獣人の女の子 子供達の中で一番のしっかりもの。お姉さん的存在。
ルキア = 猫の獣人の女の子
ルン = 狸の獣人の女の子 子供達の中で一番幼い。
〇スーパーエルフ 種別:ハイエルフ
アテナのパーティーメンバー。Fランクの冒険者で、クラスは【アーチャー】。精霊魔法も得意。外見は長い髪の金髪美少女だが、黙っていればという条件付き。一人称は、「オレ」で男勝りな性格。特別な弓を所持しており、ナイフと共によく使いこなす。ラスラ湖でのキャンプの際に、アテナが王都へ連れ戻される事態になり、後ほどニガッタ村で合流しようと告げられた。なので、アテナを信じて単身ニガッタ村へ向かっている。無事に辿り着き、合流を果たすことができるのだろうか……
〇クラインベルト王国 種別:ロケーション
現在アテナのいる国。アテナはこの国の第二王女だった。
〇エスカルテの街の冒険者ギルド 種別:ロケーション
他の街よりも規模の大きなギルド。1階は受付になっており、何人もの受付嬢がいて沢山の冒険者で賑わっている。上階には、ギルドマスター、バーン・グラッドのオフィスや客間などもある。国からそれなりの融資を受けていて、冒険者の為の活動の他に自警団や治安維持のような仕事もしていてギルドに勤める専属の冒険者も存在する。バーンもその一人。
〇ニガッタ村 種別:ロケーション
クラインベルト王国内にある村。アテナのパーティーメンバー、ルシエルと合流する待ち合わせの場所。ライスが特産品。
〇バーンから貰ったナイフ 種別:武器
アテナについて行きたいと言い出したルキアに、バーンが送ったナイフ。通常のナイフよりも大型でしかも見るからに高価。その価値や切れ味だけでなく、何か不思議な力も感じる。そんな貴重なナイフをポンとあげた事から、バーンがルキアの事を案じているのが解る。
〇奴隷売買
クラインベルト王国を始めとする多くの国々では、非道として認められていない。だが認められている国もあり、そこではシェアも大きいので金儲けをしようよする賊や奴隷商があとをたたない。奴隷にされるものは、使用人や性奴隷、使い捨ての兵士にコレクションとするものもいるが、中でも酷いのは拷問を楽しむ為に奴隷を買い取るものもいる。それらは、巨額の儲けを生み出す為、賊や奴隷商は奴隷売買が禁止されている国でも、ひそかに忍び込んで商品となる人を攫う。マーケットは、思っているよりも大きいようだ。




