第27話 『馬車の積荷 その2』
――――――夜。
私のテントは、やや大きめのサイズではあるが、子供とはいえ横並びに5人で寝るとなるとキツキツといった感じだった。まあ天気も良いし私は、星空満点の中、焚火の側で横になって寝ればいいけど…………こんな時にルシエルかローザがいれば、二人の持っているテントも使用できるのにな…………
そして、ふと二人の顔が浮かぶ。今、どうしているだろう。
「アテナお姉さま…………」
テントの中から、ひょこっとルキアが顔を出した。そして、表に出て来た。
「あれ? ルキア。眠れないの?」
「はい……」
立ち上がりテントの中を覗きこむと、他の4人は、ようやく安心したのかすでに可愛い寝息を立てて眠っていた。
「フフフ。他の皆は、もう夢の中ね。無理もないよね、大変な思いをしたんだもの。…………明日は、あなた達をそれぞれ帰りたい所へ送っていくわ。勿論、帰る所が無いというのなら、ちゃんと生活していける所を探してあげる」
そう言ってルキアの頭を優しく撫でた。すると、ルキアは思いつめたような顔でこたえた。
「私、なんでもします。言われた事をなんでもします! だから…………だから、どうかアテナお姉さまのもとで働かせて下さい! お願いします!」
「え⁉ 私のもとで⁉ 私、その日暮らしの冒険者だよ? いいの?」
「はいっ! 生きていく為だけの食べ物があれば、他は何もいりません! どうか、連れて行ってください」
…………ふーーむ。困った。
とりあえず、ルキアを焚火の前に座らせてお茶を入れてあげた。
「ありがとうございます。頂きます」
「うーーん。ねえ、一緒に来たいという事は、帰る所がないのかしら? あるんだったら…………家族がいたりするんだったら、帰った方がいいよ。ちゃんと、送ってあげるから」
ルキアは、絞り出すように答えた。
「…………家族は、皆死にました。友達も……クウ達以外の皆も…………殺されました」
「え……殺されたって…………もしかして、あなた達を拘束していたさっきのやつらに?」
……涙。そしてルキアは、頷いた。
「ある日の事でした。ある日、私達を拘束していた男達やその仲間が、何十人も私の住む村に現れて…………略奪し、家に火を放ち、村の皆を捕らえました。抵抗する者は、容赦なく殺されました。その中には、私のお父さんとお母さんも………妹のリアも…………うっ」
私は、ルキアの背に手を回して、優しく抱きしめるとそっと涙を拭いてあげた。
「わかった。もういいよ、わかった。つらかったんだね」
「うっ……うっ……」
ルキアの歳は、9歳だという。その歳で、家族や仲間を殺され生活を奪われ奴隷にされた。涙を流し、肩を震わせ嗚咽をもらす少女の姿は、見ていて耐えがたかった。
………………
…………確かに、こんな私でもこの子の為にできる事があるとすれば…………
ルキアの頭をポンポンと軽く叩いた。
「ルキア。そろそろ寝ようか。そうね、あなたを連れていくかどうかは、明日ちゃんと返事するわ。大事な事だから、少し考えさせて」
ルキアは、深く頷いた。
――――――朝。
パン。それに、スープとコッコバードの卵でスクランブルエッグを作って子供たちに振る舞った。
男の子二人、ミラールとロンはもうすっかり笑い合う程元気になっている。ルキアとクウとルンもモシャモシャとパンを齧り食事している事から、もう心配はないだろうと思う。あとは、あの二人……レーニとモロを埋葬してあげないと。
二人は、馬車から少し離れた所に寝かせてある。
「さて、どうしようか。これからの事を考えないとね」
「あれ? お姉ちゃん、それ何飲んでいるの?」
「ホントだ! なにこれ、真っ黒い汁だ」
「こら! ミラール、ロン! やめなさい!」
私が飲んでいた珈琲に興味津々のミラールとロン。それを注意するクウ。クウはお姉さんだねー。
「これはねー、珈琲って言って大人の飲み物なんだよ。少し飲んでみる?」
ロンは、ちょっと警戒しているけど、年上のミラールは恐る恐る珈琲に口をつけた。
「っぺ! っぺ! なんだこれ!! 苦い!! これ、美味いとか嘘だろー!」
「あはははは。大人は、この苦みを美味しいって感じるんだよ。ミラールは、見た目通りまだまだ子供だという事だね」
そう言って笑うと、ミラールは口をとんがらせた。それを見て皆笑った。
――――とりあえず朝食も終わり、これからの事を考えて、皆に話しをしようと思った――――その時、蹄の音が近づいてきた。子供たちが不安な顔をする。追手かもしれないからだ。
「アテナお姉さま!」
「大丈夫よ、ルキア。皆、ちょっと私の後ろで固まっていてね。約束する。絶対に大丈夫だから」
剣を抜く。
ドカッドカッドカッドカッ
目の前に、騎乗した5人の男達が現れた。腰には、剣。太い腕。屈強な冒険者と言った様子。そして、その男達の中に1人、知っている顔があった。この展開、前にもあったけど…………
「あれ……賊の追手が現れたのかと思ったら、バーン! 久しぶりだね」
呼び捨てた。ちょっと色々あったので、私は怒っているのだぞーって感じを出してやった。
「これはこれは! アテナ王女!」
「アテナ王女?」
「王女って……どういうこと?」
「ちょっと! 外で、そういう言い方はしないでくれる?」
バーンの言葉に子供達が、驚いた顔をした。それもそうだろう、だってバーンは私の事を王女って言ったのだから。
バーンとその仲間は、下馬すると跪いた。子供たちは、その状況に戸惑って固まっている。
「ちょっと、そういうのもやめてくれないかしら。普通に接して頂戴。理由は、わかるでしょ? 察して欲しいんだけど」
そう言われたバーンは、頭を摩って立ち上がると、仲間にも普通に振る舞うように指示を出した。
「じゃあ、ご命令通りという事で普通に喋らせてもらう。いいんだよな?」
「いいわよ。それで? なに?」
「えらいつめたいなー。そんなんだったっけ?」
「そうよ。あなたが、私をお父様に売った辺りからそうよ。ラスラ湖の事、覚えているよね? だから、こんなものよ」
ありったけの嫌味を込めて言葉を撃ち出す。再会した時からバーンは、気まずそうな表情を見せていたが、その表情は更に気まずそうになった。
「しょうがないだろ? 裏切った感じになったのかもしれねえが、俺はこれでも一つの街のギルドマスターだからな。王に忠誠も誓っているし、その…………立場があるんだよ。城からいなくなった王女の捜索依頼は、冒険者ギルドにも回ってきていたしな。立場上、見て見ぬふりはできねーだろよ」
…………まあ、わかるよ。わかるけど、腹が立つ。あの湖畔キャンプは、ローザの一時的ではあるけど送別会みたいなものだったんだから。それをぶち壊した形にもなったのだから、やはり怒るのは当然だ。
「とりあえず、悪いとは思っている。こっちにも理由があったんだが、悪かったよ。すまねえ」
……………
「…………それで?」
「まあ、それで、そのーー……なんだ?」
「要件でしょ?」
「そうそう。その要件なんだけどな、その獣人の子供達なんだが…………俺達ギルドが保護したい」
「それって、どういうこと?」
「実はな…………」
エスカルテの街の冒険者ギルド、ギルドマスターのバーン・グラッドは、その理由を話し始めた。
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〚下記備考欄〛
〇アテナ・クラインベルト 種別:ヒューム
Dランク冒険者で、その正体はクラインベルト王国第二王女。旅と食事とキャンプ好き。腰には二振りの『ツインブレイド』という剣を吊っていて、二刀流使いでもある。父であるセシル王に王都へ連れ戻されるが、冒険者の活動を許可され再び出立。仲間のルシエルとニガッタ村で合流する為、そこへ向かう。その途中、ただならぬ雰囲気の荷馬車に遭遇。その馬車には獣人の子供達が奴隷にされて乗せられていた。子供達を救いだし、治療を終える。
〇馬車の子供達 種別:獣人
バンパ率いる賊に馬車に押し込められて、奴隷のように鎖で繋がれていた。7人中、レーニとモロという子供は馬車内の酷い環境で既に息絶えていてアテナは助ける事ができなかった。残った5人は、下記参照。
ミラール = 狼の獣人の男の子 子供達の中では最年長。
ロン = 犬の獣人の男の子
クウ = 狐の獣人の女の子 子供達の中で一番のしっかりもの。お姉さん的存在。
ルキア = 猫の獣人の女の子
ルン = 狸の獣人の女の子 子供達の中で一番幼い。
〇バーングラッド 種別:ヒューム
クラインベルト王国の王都を除いて二番目に大きな街エスカルテにある冒険者ギルドのギルドマスター。国王へアテナの事を報告した事により、アテナは王都へ連れ戻された。アテナもそれは知っているので、バーンの事をプンプンに怒っている。
〇ローザ・ディフェイン 種別:ヒューム
クラインベルト王国、王国騎士団の団長。エスカルテの街で治安維持の任務についていた時にアテナやルシエルと出会い親交を深める。それは、王族や冒険者、騎士といったそれぞれの壁を越えて親友になる程だった。王の計らいで、新たにローザ率いる騎士団を『青い薔薇の騎士団』と改め国王直轄の騎士団になった。新たな任務を受けて遂行中。元気でいるかな?
〇コッコバード 種別:魔物
鶏の魔物。魔物と言ってもそれ程、鶏と見た目も大差はない。あえて挙げれば、鶏よりも若干気が強くその身体も大きい。そして丈夫で病気や怪我にも強いので、クラインベルト王国やその他の多くの国では鶏よりも家畜とされている。卵も普通の鶏よりも濃厚で美味しい。
〇エスカルテの街 種別:ロケーション
クラインベルト王国にある、大きな街。王国内でも王都を除けば2番目に大きな街とされている。冒険者ギルドや宿屋。銀行に武器屋に防具屋。それにカフェなどあらゆるお店が揃っていて活気に溢れている。アテナの友人ミャオがお店を経営していたり冒険者ギルドのギルマスがバーンなど知り合いも多い馴染みの街。




