第238話 『薄汚れたローブの刺客』
投げ技というのは、徒手格闘戦において相手を倒すのにとても有効な技だ。
アテナも、投げ技は得意だった。
不思議だけど、見惚れるような綺麗な技で自分よりも大きな男を投げ飛ばす。アテナと共に旅をしている時に、その技を何度も見る事があったので、その技だけでなく、投げ技……つまり、相手を掴んで地面に叩きつけるだけでも強力な攻撃方法になるという事を十分に知っていた。
だから今、正体が何者かも解らないこの薄汚れたローブの何者かに胸倉を掴まれて、力任せに地面に叩きつけられ、その衝撃で息ができなくなってしまっているというこの状態も、理解できた。
そのローブの何者かは、私を地面に叩きつけるとそのまま蹴り飛ばした。
蹴られると同時に、そいつに大きな胸があるのが見えた。つまり……こいつは、女か。
「ぐはあっ!!」
この村の誰が積んだものかは知らないけれど、その積み上げられていた木箱に派手に直撃した。木箱が破壊され崩れ落ち、辺りに散乱する。
私はすぐに立ち上がり、剣を構えた。
ドッドッドッドッド……
構えた瞬間に、私を叩きつけたローブの女は行きつく暇もなく地響きを立てるかのように迫ってきた。
「何者だああ! 貴様!! 名があるのならば、まず名を名乗れ!!」
剣を振ると、ローブの女は避けて距離をとる。
そして離れたかと思うと、私の身体を掴んで何処かへもう一度叩きつけようとしている。私は、再び投げられるまいと素早く動いて距離をとった。
ローブの女は、そんな私を凝視し手を開いたり閉じたりする動作をわざとらしく見せつけ威圧し、タイミングを見計らっている。
いったいなんなんだ、こいつは――
女という事は解るが、とんでもない怪力だ。しかもかなり強い。例えるなら、『女盗賊団アスラ』のエイティーンやディストル並みの腕力があると見ていい。ローブの上から見ても、肩のまわりや背中が盛り上がっているので筋肉質である事は、見て取れた。
対峙は続き、じりじりとにじり寄ってくる。
掴まれたら、またあの吐きそうな程の衝撃と、投げつけられた時の痛みがくると思うと、なかなか踏み込めない。それに、迂闊に動かない方がいいかもしれん。
このまま対峙し合っていれば、直にメイベルがアレアス達やテトラを呼んできてくれる。このままこいつをここに、釘付けにしておけるのであればそれが一番最良なのだ。
するとローブの女は、傍にある畑に突き刺さっていた杭を力任せに一気に引き抜いて投げつけてきた。
「な、なんだとお!? うわああっ!!」
咄嗟に避ける。
避けた所に合わせて、前転して飛び込んできたローブの女は、私の足をがっちりと掴んだ。
メキメキッ
「ぐあああっ!!」
とんでもない握力だった。足首を握られただけで、骨が軋むのが解った。
そのまま逆さまに持ち上げられる。その拍子にスカートがめくれあがってしまい、迂闊にも慌てて抑えてしまい、握っていた剣を落っことしてしまった。
「しまった! 剣が!!」
ローブの女は、私の足をしっかりと掴んだままぐるぐるとその場で回転して、強引にぶん回した。そして十分に遠心力をつけて勢いをつけると、パっと手を離す。
私は投げ飛ばされて、小屋の壁に頭から身体を叩きつけられた。
「ぐはあっ!!」
私は小屋の壁を突き破り、肩や太ももなどに木片が突き刺さっていた。激痛。しかし、痛がっている暇も休んでいる暇もない。外から、あいつがここへ近づいてくる足音が聞こえる。
あいつが何者かは知らないが、逃げる気はないようだ。逃げるとしても、私を殺してからっていう事か。いいだろう。上等だ、受けてたとう! こう見えても私は偉大なるクラインベルト王国の騎士団長だ!!
肩と太腿に突き刺さる木片を抜くと、近くにあった棒を手に取って構えた。
次の瞬間、小屋の壁を勢いよく突き破ってローブの女が、突撃してきた。なんなんだ、こいつは! まるで手負いの熊か牛のようだ。
「貴様! いい加減にしろ!! せいやああっ!!」
剣のかわりに棒を上段に構えて、ローブの女の頭上に振り下ろした。しかし、腕で防がれる。棒はへし折れ、ローブの女は何の躊躇もなく強引に迫ってくると私の首を掴んで、腕力だけで持ち上げ絞めあげた。
あ、足がつかない……このままでは、窒息する前に喉を潰される。
なんとか脱出しなくては!! だが抗いがたい物凄い力だ!!
一か八かに賭けた。
……というか、これはもう、苦し紛れだったのかもしれない。無我夢中で、絞め潰されそうになる首を守っていた手を解いて、ローブの女のフードに手をかけた。
すると、女は私の首を絞めあげていた手を離して咄嗟に、フードを外されないように守った。お陰でなんとか、危機を脱する事ができた。
「ゲホッゲホゲッホ……そんなに、正体を見られたくないか……もしくは私に目を潰されると思ったのか……」
「…………」
演技をした。
喉を潰されかけたので、その後苦しそうに出た咳は本物だったが、そこから足がもつれて倒れかけたのは、相手を油断させる為の演技だった。
倒れかけた所から、足を踏んばって思いきり跳躍し、自ら壁を突き破って小屋の外へ脱出する。そのまま一回転して、自分の剣がある場所まで駆けると拾って構えた。
「はあ、はあ、はあ」
小屋の方を見ると、私が突き破って飛び出した穴から、ローブの女が悠然と外へ出てきた。
こちらを確認すると、手を組んでボキボキと鳴らしている。まだまだやる気満タンって所か。いいだろう、こうなったらとことん相手してやろう。
次の敵の攻撃に備えて息を整える。
すると、小屋の横からもう一人ローブに身を包み、正体を隠した何者かが姿を現した。このもう一人の小柄な奴も女……
「なるほど、1対2か。いいだろう、正直そのデカイ馬鹿力の女だけじゃ物足りないと思っていた所だ。二人纏めてかかってこい!! クラインベルト王国『青い薔薇の騎士団』その団長のローザ・ディフェインが、本気で相手をしてやろう」
言って剣を構える。すると、新たに現れた小柄な女の身体が小刻みに揺れた。――笑っている!?
「貴様――!! 許さんぞ!! 斬り刻んでやる!!」
私の騎士団としての誇りを侮辱された気持ちになった。
――許さないっ!!
剣を握りしめると思いきり地を蹴って、薄汚れたローブを纏う二人に突撃した。




