第237話 『不審者』 (▼ローザpart)
私はもう少し、剣の稽古をしてから行くと言った。すると、セシリアは頷いてテトラ達がいる酒場へと向かった。
「ふう……結構汗を掻いたな。今日はこの位にしておいてやろう」
身体というのは日頃から鍛錬しておかなければ、いざと言う時に自分の思う通りに動かないものだ。故に時間のある時は、必ず稽古をし鍛錬を怠らない。
――目を閉じると、アテナの事を思い出す。
そして、次に現れるのは金髪の美しいハイエルフ、ルシエル・アルディノア。
ルシエルの秘める力は凄まじかった。だが、負けられない。ルシエルには、負けられない。
私は彼女の事を良きライバルだと思っている。
彼女とは、エスカルテの街で刃を交える所からという衝撃的な出会い方だった。今でもあの時の事が忘れられない。
……上手くは言えないが、あえて言うならなんだかこう、心が躍る楽しい戦いだった。出会い方は最悪だったけど、矛盾にもそう思えたのだ。
あれから私は彼女をライバルとして、負けまいと日々精進を積み重ねている。彼女もきっと今頃は、アテナと共に色々な冒険をして更に強くなっている事だし、次に会う時が楽しみで仕方がない。
競い合う相手は、強すぎる位が丁度いい。
剣を鞘に納めると、タオルで汗を拭き皆がいるだろう酒場へと歩き始めた。
夜も深くなり、村の中は酒場を除いて、薄暗くひとけがなくなっていた。だが、耳を済ませれば村の外から獣の鳴き声やら虫の声がする。
この角を曲がったら、酒場に着くという所で何者かの影を見つけた。二人いるが、一人は私の知る顔だ。
「メイベル?」
名を呼ぶと、二人ともこちらに気づいた。
するとメイベルと向かい合っていた男が、慌てて逃げ出す。いったいどういう事だ?
男は薄汚れたローブを羽織っていた。だが逃げる時にちらりとその中の着ている服が見えた。あの服装は見たことがある。
「……ドルガンド帝国の兵か?」
間違えない。ルーニ様救出の際に、その軍服は何度も見ている。
「おい!! 貴様、帝国軍だな! 待て!!」
咄嗟に逃げた男を追いかけた。後ろからメイベルの叫び声。
「くそっ!! ローザ、その男を逃がさないで!! ドルガンド帝国軍のもんでやんす!!」
「言われずとも、こいつの服には見覚えがある! 奴は私が捕らえるから、メイベルはアレアス達を呼んで来てくれ! まだ仲間がいるかもしれん!」
「解りやした!」
全力で男を追いかけた。
騎士団では、剣の稽古や用兵の訓練等を行っている他にも、基礎体力向上の為の肉体トレーニングも心掛けている。
だから剣の扱いだけではなく、足に関しても自信はあったんだが……ドルガンド兵め! なかなか足が速い。しかし、絶対に逃がさんぞ!
アテナやルシエルと会った、エスカルテの街でも治安維持の任に暫くついていた。その時に、泥棒や盗賊なんぞは幾度も追跡し捕らえてきた。だから、追跡なんてものも言わば私の専門分野だ。
つまり、逃しはしない!
「待てーー!! 抵抗すると力づくで捕らえる事になるぞ!!」
「ひいいいいい!! なんて、しつこい奴なんだ!!」
道角を曲がると、同じように曲がる。曲がった所で男は、近くにあった大きな樽をこちらへ蹴飛ばしてきた。
予想外の反撃で、見事にその樽にぶつかってしまい、尻餅をついた。
「うわっ! なんてやつだ!」
「へっへー! ざまみろ、やってやったぜ!」
「貴様――!! 許さんぞ!!」
「へ?」
樽を蹴飛ばし立ち上がると、再び男の方へ駆けた。男は、驚いて再び逃げ始めた。
追いかけっこは続き、男は柵をこえて村の外へ逃げ出そうとした。
私は畑近くの小屋の前にあった縄を手に取り、それに共に転がっていた木の棒を括り付けて男へ投げた。
木の棒を結び付けた縄は、見事に男の足へ引っ掛かり巻き付いて拘束すると共に、その場へ転ばせた。その光景にニヤリと口元が緩む。男のもとへ駆けよる。
「ここまでだな、神妙にしろ! そして、なぜドルガンド帝国の兵士が、一人でこんな村で何をしていたのか教えてもらおうか」
「ちっきしょー!! こんな所で捕まるなんて!!」
「フフフフ。往生際が悪いぞ。さあ、こっちへ来い」
剣を抜いて男に近づき、その腕を掴もうとしたその時だった。衝撃。身体が崩れ、私は前のめりに倒れた。
「うっぐっ!!」
いったい何が起きた。
徐々に後頭部の辺りに痛みを感じ始める。
私は、王国騎士団だ。いついかなる時も、油断をしないようにと心がけている。だから、男の腕を掴む時もその動作の一挙手一投足をしっかりと見ていた。なのに、まさかの背後からの攻撃。……痛い。くっそーー。つまるところ、不審者はもう一人いたって事か。
片手で後頭部を抑え、剣を杖代わりによろよろと立ち上がる。
後頭部を抑えていた手を見ると、べったりと血がついていた。地面にも同じく私の血が付着した、太い棒切れが転がっている。薪? これを投げたのか。
「はっはっは、助かったぜ。恩にきる!」
追いかけていた男は、そう言って再び駆け出して逃げ去った。私はその男を追う事はできなかった。
なぜなら、私の後頭部へこの木の棒を投げつけた奴がすぐ後ろに立っていたからだ。
「…………わざとか? それともただ単に運が良かっただけなのか。貴様が私に投げつけた棒切れだが、仮に石とかならそれで終わっていたかもしれないな」
「………………」
「何者なんだ、貴様? 貴様もドルガンド帝国軍の兵士か。さっきの帝国兵を助けたのだから、ずばりそういう事なんだろ?」
「………………」
「なぜ、答えない。私をここで始末するから、喋る必要が無いとかそんな理由か? それなら的外れだぞ。貴様ごときに私を仕留められるとでも、思っているのか?」
「………………」
「いい加減、何かしゃべったらどうだ!!」
咄嗟に振り返ると共に、後ろにいたそいつの気配目掛けて、剣を横薙ぎに振った。
しかしその一撃は、虚しく空を斬っただけだった。
そして、逃げた帝国兵と同じく薄汚れたローブに身を包んだ何者かに死角から胸倉を掴まれ、強引に地面に叩きつけられた。




