第22話 『クラインベルト王国 その2』
――――クラインベルト城、王宮中庭。
中庭に行くと、本当にテントが張られていた。一瞬、夢かと思って目を擦って再び目をこらして見てみたが、確かにテントが立っていた。そして、焚火。まさかの、肉の焼けるにおいもする。凄く食欲を掻き立てられるいいニオイなのが、複雑な気分にさせる。
周囲にはすでに他のメイド達や警備兵が集まっており、アテナに何か声をかけておる。ふむ。アテナは、メイドや警備兵達を追い払おうとしておるのか。
「皆を下がらせよ。ここは、もう余に任せ下がれと伝えよ」
執事と王室メイドのセシリアにそう言うと、二人から他のメイドと警備兵達にそう伝えた。集まっていた者達は、全員頭を下げ立ち去っていった。その場には、余とアテナの二人だけになった。アテナに近づくと、横目でこちらをチラっと見るだけで肉を焼くのに没頭している。
「隣……良いか?」
「…………はあ。……どうぞ」
機嫌が悪そうだ。アテナは、溜息を吐くと立ち上がり、今まで座っていた折り畳みチェアに座れと手で指した。遠慮なくそれに座るとアテナは、置いてある薪を重ねて、それに座り肉を焼く作業に戻った。
「アテナよ。誰かに言って椅子を用意させよう。そんな薪などに腰かけていては、尻が痛かろう。おい! 誰か――」
「やめて!」
椅子を持ってこさせようとしたが、アテナがとめる。……なぜだ?
「いや……だって、おまえ……尻が……」
「私のお尻は大丈夫ぅ!! お父様は、解ってないようだけど、キャンプって言うのは不便を楽しむものなの」
「なるほど、不便か。ふむ。なるほど。しかし――――なんでもそうじゃが便利な方がよかろう。それに……そう言っても、おまえ……尻が……」
「私のお尻の事は、もういいのー!!!! もうほっといてよ!!」
アテナは、そう怒鳴ると、また溜息を吐いて項垂れた。そして、続けて言った。
「不便な状況を、その場にあるもので工夫するのが面白いの。そうする事で、自然を楽しむ事もできるの。利便性が全てではないの」
「ふーむ。難しいのう。アテナには、アテナの美学があるということかの。それはそうと、一緒に食事をせぬか? 食堂で、皆おまえを待っておったのだぞ」
「待っているではなくて、待っていたの? っていう事は、もう待ってないんでしょ。私の事はほっておいて! 私は、キャンプしてこういう食事をする方が好きなんだから」
アテナは、頬を膨らませた。
「しかしなー、城の中庭でテントを張ってもキャンプとはいわんだろ?」
それを聞いてアテナは、激昂した。
「あんたが無理やり連れて来たからでしょーが!!!! もう、ほっといてよ!!」
「あ……あんたって、余はおまえの父じゃぞ……」
「ふんっ! もう知らない!!」
怒らせてしまった。全く、年頃の娘との会話は難しい。戦で策を考えている時の方がいくらかマシじゃ。
………………沈黙。
暫くすると、肉の焼ける香ばしいにおいが辺りを包み始めた。美味そうなにおいだ。そう言えば、余もまだ食事をとっていなかった。それで、アテナを呼びに来たのだった。
「美味そうな肉のニオイじゃな。何の肉なのだ?」
「グレイトディアーの肉よ。……どうせ、こんな魔物の肉なんてお父様達は食べないんでしょ?汚らわしいとか言って」
口を尖らせるアテナ。可愛い顔が台無しじゃぞ。そう言うとしたが、また怒りそうなのでやめた。
「そんな事はないぞ。エスメラルダやエドモンテは解らぬが、グレイトディアーは余も食した事があるのだ。むしろ、どちらかといえば好きじゃ。おまえが産まれる前、他国との戦争で色々転戦した。食糧も現地調達だったからのう。グレイトディアーは、食べた事があるし、余自ら狩って兵士たちに振る舞って士気を高めたのじゃ」
「ほんとに……」
アテナが目を丸くした。やはり、ティアナの面影があるな。
「本当じゃ。ゲラルドに聞いてみよ」
ぐーーーーー
「むっ。腹が鳴りおったわ」
「ぷっ」
アテナが笑った。笑うと、余計にティアナを思い出す。
アテナは、焼けた肉を皿に取ると、何やらタレをかける。そして、それを余に差し出して来た。
「食べる?」
「うむ。遠慮なく頂こう」
口に入れると、肉汁が飛び出してきた。タレとの相性も抜群で美味い。ワイルドな食べ方だが、普段上品な食事ばかりしていると、更に美味く感じられる。手と口の周りが油だらけになったが気にしない。昔は、戦でこういう美味い肉をこういう食べ方で食べたものじゃ。
娘がハンカチで、横から口を拭いてくれた。
「これはとびきりの美味さだな。極上の肉とみたわ」
アテナは、にっこり笑った。
「でしょ! 普通の鹿肉もいいと思うけど、こういうワイルドな肉もいいよね。おかわりもあるよ」
「ほう。では、遠慮なく頂こう」
娘に進められるがまま、結構食べてしまった。娘と仲良く食事をする事ができたというのもあるが、本当に肉は美味かった。
「はい、どうぞ」
「うん? これはなんじゃ?」
「食後のお茶。私が薬草を採取してブレンドして作った薬茶よ。皆、美味しいって言って飲んでくれるし、エスカルテの街とかでもちゃんと商品として売れるんだよ」
「ほお。それは、凄いな。我が娘は、武勇だけではなく薬師のスキルに加え商才もあるか。はっはっは」
そう言って、アテナの頭を撫でるとアテナは、照れ臭そうに笑って甘えた顔をした。そういえば、アテナは小さい頃は、物凄い甘えん坊じゃった。ティアナも苦労していたわ。くっくっくっく。
「して、アテナよ、おまえはこの王国の第二王女じゃ。王女としての、王族としての務めがあろう?」
「………………お父様、私は旅が……冒険が大好きです。キャンプをすることも、焚火を囲んで美味しい料理を作って食べる事も大好きです」
ふーーむ。どうしたものか。
「王位継承権が、無くなってもか。王とは、王国のトップ。誰しもが王になりたいと思う。それを……それを、モニカやエドモンテに譲るという事だぞ」
アテナは、頷いた。それが余には、理解できなかった。エドモンテなどは王になりたいという野心で溢れているのが手に取るように解る。だが、アテナは王になる事よりも冒険者を続けたいという。
「冒険者は、誰にでもなれる。しかし、王は選ばれし者しかなれぬのだぞ。それに王国の全てを手に入れる事ができる」
「じゃあ王様になっても、冒険やキャンプができる?」
「な…………全く…………その融通の利かなさ、いったい誰に似たのか……」
ティアナだ。ティアナも頑固な部分があった。
「これは、いったい何をしておられるのですか? 姉上! 信じられない!! 城内で焚火など⁉ 火事にでもなったら、どう責任をとられるおつもりですか?」
ん? エドモンテ。それにエスメラルダ。アテナは、二人から目をそらした。
「大丈夫、大丈夫じゃ。余が一緒におる。それより、グレイトディアーの肉をアテナが焼いてくれた。とびきり、美味いぞー。二人もこっちへきて食べてみぬか?」
そう言われた二人はあからさまに嫌な顔をする。
「冗談でしょ? グレイトディアーなんて魔物の肉、王族が食べるものではない下賤の食べ物よ!」
それを聞いたアテナがエドモンテを睨みつけ、何か言おうとしたので制した。
「おいおい、偏見はよくないぞ。余も、戦時中は狩って食べたが絶品じゃぞ。食わず嫌いは良くない、それに経験じゃ。何事も経験に勝るものはないぞ!二人ともこっちへこい。食べてみればわかる。すぐに、椅子を用意させよう」
「いりません! なんて汚らわしい! 来なさい、エドモンテ」
エスメラルダは、軽蔑するような目でそう言い捨てるとエドモンテと去って行った。
余は、二人がその場から完全に居なくなったのを見計らって、アテナに耳打ちするように、
「おまえの言うとった通りじゃ。やっぱり、汚らわしいって言ったのお」
と一言言った。
すると、アテナは笑い転げた。
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〚下記備考欄〛
〇セシル・クラインベルト 種別:ヒューム
クラインベルト王国の国王。そして、アテナの実の父親。娘の事をいつも心配して気にかけている。以外にも、昔は国王自ら狩りをして、兵士たちにその肉を振舞ったという。
〇アテナ・クラインベルト 種別:ヒューム
Dランク冒険者で、冒険やキャンプ好き。ついでに食べる事も大好き。腰には二振りの『ツインブレイド』という剣を吊っていて、二刀流使いでもある。冒険者だが、その正体は王女。今回は、無理やりに王都へ連れ戻されたので、もうプンプンに怒っている。
〇エスメラルダ 種別:ヒューム
クラインベルト王国の王妃。アテナをよく思っておらず、政略結婚の為、夫であるセシル王とも何か距離がある。
〇エドモンテ 種別:ヒューム
クラインベルト王国の王子。玉座を狙う生意気な王子。事あるごとにアテナに喰ってかかる。
〇ルーニ 種別:ヒューム
クラインベルト王国第三王女。モニカとアテナの妹で、二人の姉が大好き。同じように強くなりたいと思っている。もちろん、母エスメラルダは反対している。
〇ティアナ 種別:ヒューム
クラインベルト王国の今は亡き、前王妃。モニカとアテナの実の母。
〇セシリア・ベルベット 種別:ヒューム
クラインベルト王国の王宮メイド。セシル王直轄のメイドで、非常に優れている。何よりも自国と国王の為に尽くしている。長い黒髪と常時かけている眼鏡が特徴。
〇グレイトディアー 種別:魔物
鹿の魔物。人を襲う事も珍しくないが、その肉は美味しいので冒険者や狩人などに狩りの対象にされることもしばしば。逃げて―ーー!! グレイトディアーー!!
〇クラインベルト王国 種別:ロケーション
現在アテナのいる国。アテナはこの国の第二王女だった。
〇王位継承権
それもセシル王は常日頃考えている。知識と強さで言えば、モニカ。優しさならアテナと考えている。しかし、やはり唯一の王子をと押す声も王国には強くある。アテナは王位継承権を放棄しているようだが、セシル王はその件についてはまだ決断をしておらず受け流して保留としている。




