第203話 『エアスキューバ』
湖の中を潜っていた。周囲を見渡すと、辺りには魚やエビなどの水生生物が無数にいた。
おっと……いつまでもそういったものに見とれていないで、兎に角あの蟹を探さないと。あれだけ大きければ、そこにいればすぐに解るはず。辺りをくまなく見ていく。うっ……息がもう駄目だ…………
ゴボゴボゴボ…………
水面に浮上した。隣で、ファムも上がってくる音が聞こえたので振り向いた。すると、ファムは何か透明の兜というかマスクのようなものを顔に装着していた。
「お、おいおい。な、なんだそれ?」
「え? なにって、エアだけど」
「エア? エアって空気のエア?」
頷くファム。そして、その装着するエアを使って呼吸をして見せる。嘘だろ……
「も、もしかして、それ水の中でも呼吸できる奴か?」
「そう」
「そ、それも、風属性魔法なのか?」
「うん」
……なんて事だ。オレは風の精霊魔法を誰よりも巧みに扱えると思っていたが、どうやら大きな勘違いをしていたようだ。風魔法なんて、相手を吹き飛ばしたり巻き上げたり、時には風の刃で切り裂いたりする事ができれば大したもんだと思っていた。だが、そんな事はなかったようだ。
ファムもオレと同じく風魔法が、得意な冒険者らしいが、その使用する風魔法は、攻撃魔法はもちろんの事、探知魔法や風の剣を生成する魔法。更には、水中でも呼吸する事ができる魔法まで会得している。
オレはファムの方にジャバジャバと泳いで行って、抱き着いた。
「やめろ、ルシエル。泳ぎにくい」
「ファム。その魔法もオレに教えてくれないか? な? な? いいだろ、なっ?」
「ええーー。どうしようかなー」
ちょっと、困った顔をするファム。意地悪か。もしかして、意地悪をしているのか。オレは更に詰め寄った。
「ファムー!! 頼む! その魔法もオレに教えてくれよー!! なあ、いいだろ? なあ?」
「ちょ、ちょっと、止めろ!! ひっ捕まるなって!」
「お願い!! その魔法が無いと、あの蟹を見つけらんないよー! オレもファムみたいにスイスイーと泳いで水中で呼吸しながら水底を探検したいよー!! 解るだろ、この気持ち?」
「ちょ、止めてって! ルシエル!! 離して!! そんなに引っ張ったら、喰い込んで痛いよ!!」
駄目だ。教えてくれるっていうまで、決して離してはならない。これは駆け引きなんだ。オレは必死に懇願した。ファムのビキニのボトムを両手で掴んで、思い切り上に引っ張った。そう、漁師が魚を大量に獲った時の網を、勢いよく引き上げるように!!
「痛い痛い痛い!! ちょっと、ルシエル!! 止めて!! 解った、解ったから、離して! 教えるからさ!」
っふう、手間をかけさせやがって。
ファムの着ているビキニから、手を離した。そして、ファムに「サンキュー」と言って、抱き着いた。ファムは、溜息を吐いたものの、ちゃんとオレに魔法を教えてくれた。もちろん、風魔法が得意なオレはその魔法もすぐに理解し覚えた。
「まったくもー。ルシエルが思い切り、引っ張るから喰い込んで凄い痛かったよ。それにファムの水着、引きちぎられるんじゃないかって怖かった」
「ごめん、ごめんーー。どうしても、この魔法が必要だと思って、ムキになっちゃった。ははははー、許してやってくれ」
ファムに何度も頭を下げて、謝る。そして、早速、教えてもらったこの魔法を唱えた。
「それじゃ早速使ってみるぞ! 《風の水中呼吸魔法》!!」
口の周りに集中して風が発生し、それはやがてオレの頭部全体を覆った。風というか、空気の膜が頭を包み込んでいる感じ。これなら、水中でも呼吸ができる。フフン、完璧だ。
「これでオレも、長時間水中に潜っていられるようになった。それじゃあ、アテナ蟹の捜索を再開するか」
「うん。一応、言っておくけど……風の水中呼吸魔法を纏っていれば、水中でも喋る事はできるけど、だからって喋りまくればその分空気の消費も激しくなるかなら、気を付けてね」
「うす、りょーかいした」
要は、水中で必要以上に喋らなければいいという事だと思った。
再び、ファムと水中にもぐる。蟹はもちろん、水底を歩いているはず。深くまで、潜水してから注意深く辺りを見回しつつ前進した。
先へ進んでいると、沢山のクラゲがいた。ぎょってなっていると、ファムがオレの肩を叩いて「害はないよ」と短く言った。すると、クラゲ達は一斉に眩いばかりの光を放ち、湖の底を照らし出した。それはなんとも幻想的な光景。
「あっ!!!!」
クラゲ達が照らし出したその先に、オレ達の探している大きな青い巨体があった。間違いなくアイツだ、アテナ蟹。アテナ蟹は、オレ達が釣りをしていた陸の方とは逆、どんどん遠くの方へ離れていっているようだった。ここの地底湖は馬鹿デカい。蟹を狩るなら、ここで仕留めないと、もっと遠くへいってしまう。
オレはファムに目で合図した。ファムと左右から、ゆっくりと泳いで蟹に迫る。
「いくぞーガボガボオ……!! 風の剣ォォゴボゴボ!!」
ファムから教えてもらった風属性魔法を詠唱。風の剣を生成――あれ? 生成できない。ファムの方を見ると、首を横に振っている。なるほど、空気がある所でないと風の剣は作り出せないのか。なら、あの蟹を仕留める為には、どうにか水中から空気のある外へ連れ出さないと駄目だという事だ。
ファムが既に槍を手にしているのを見て、オレもナイフを取り出した。果たして、こんなナイフがあのデカイ蟹に通用するのだろうか。
蟹に間近まで接近すると、気づかれてしまった。
キシャアアアアア!!
蟹の口から大量の泡が、勢いよく放出される。それを喰らったファムは、水底にある岩に叩きつけられた。
「うっ!!」
「ファムーー!!」
ファムは自分が握りしめていた槍を、オレに向かって投げた。キャッチ。それを受け取ると、ファムは蟹に向かって指をさした。オレは、頷いて槍を強く握りしめ蟹に向かって泳いだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
〚下記備考欄〛
〇風の水中呼吸魔法 種別:黒魔法
中位の風属性魔法。自分の顔の周りに魔力で風を集めて、空気の膜を生成する魔法。水圧に対して抵抗があり、水中でも集めた空気の分だけ呼吸する事が可能となる。水に潜りたい魔法使いの、便利魔法。




