第20話 『湖畔キャンプ その2』
――――――ラスラ湖。
バーベキューを楽しんだ日の午後――――私は、珈琲を飲みながら自分専用の折り畳み式チェアーに座り、優雅に読書を楽しんでいた。
キャンプというのは、狩りやご飯などの他にも色々楽しみがあるけれど、私の中では読書はトップランキングに入る。特に今回のように、早いうちにテント設営してお昼ご飯食べて、昼くらいから夕方まで珈琲でも入れて読書に没頭するなんて…………最高です!!
エスカルテの街の本屋で見つけた本――――『キャンプを楽しむ冒険者 第一巻』。もはや、タイトルに引かれて買ったのは言うまでもない事である。…………だって、欲しかったんだもん。直感も大事だしね。うんうん。
しかも、なかなかのお値段の本で、店での試し読みも許されなかったので、思い切った買い物になってしまった。…………ついに読めると思うとワクワクで笑みがこぼれる。フヒヒヒ。
――――!! 視線!!
ニヤついていたら、唐突に何者かの視線を感じた。気配の方を振り返ると、ルシエルがこちらを見ていた。独りで笑っているのを見られた?
「………………」
「………………ん? どうかしたの? ルシエル?」
「………………」
「え? なによ?」
「……フヒヒヒ」
!!!!
「コラーー!! ルシエル!! またそんなピンポイントな部分をマネしてからにー!!」
怒ると、ルシエルは物凄いスピードで、駆けて行く。思わずエステカルテの街での、追いかけっこを思い出したよ。
「あっはっはっはっは! 読書楽しそうだな。オレは、ちょっとこのとても綺麗な湖畔を散歩してくるよ」
ルシエルは、そう言って何処かへ行ってしまった。全くもう。
珈琲を一口飲み――――周りを見る。いい天気に気持ち良いそよ風。ローザは湖畔の風景を見ながら剣の手入れ、ミャオはなんだか持ってきた道具を並べて修理のような事をしている。独り言なのか、ニャーニャー言っているのも聴こえる。…………それぞれの思い思いの時を過ごしている。いいね。最高のひとときだね。
「さてと、気を取り直して本を読みますか」
記念すべき読み始め第一巻は、このヨルメニア大陸だった。どうやら、著者がヨルメニア大陸のしかもクラインベルト王国の出身らしい。それでキャンプ好きの冒険者という訳ね。ほーー、ほーー、これは興味深い。
私は、時を忘れてこの本を読み耽った。著者、リンド・バーロックは、キャンプをこよなく愛する冒険者…………っていうか、大好きなキャンパーを続ける為にキャンプも冒険もできる冒険者を生業にしていると言う事が解った。
…………それって、私と一緒。だとすれば、それは凄く、親近感が湧いてくる。
第一巻は、リンドが隣国のガンロック王国まで旅する内容が記されていた。旅のスタートは、フリックという村。出発当初のキャンプは、キャンパーと名乗っていてもテントも持っておらず自分でシェルターを作ってそこに寝る生活をしていたらしい。どちらかと言えばサバイバーと言った感じだ。だけど、どんどん旅を重ねる事によって、テント、寝袋、食器などを手に入れる。そういう必要な物など、旅が進むにつれてそろえていく様子も楽しい。
「ふーー。いいねーー」
――――珈琲を一口。
それからも、ずっとそのまま読書に夢中になって、気が付くと陽が落ちかけていた。あれ? 夕方? そう言えば晩御飯! 何も用意していないんだけど。
「おおーーい」
ルシエルの声。
「散歩に行ってたら遅くなったぞ。だけど、途中でな……これ、見てくれ」
「わあーー! グレイトディアー!」
「かなり小ぶりだけどな! でもひとりで持ち運べるし丁度良かった」
ドサリと目の前におろす。ルシエルは、散歩途中にグレイトディアーと遭遇したので狩ったらしい。流石、狩人!!
「お昼がバーベキューだったから晩御飯は、スープにしようかなって考えてたんだけど、これなら豪勢になるわね」
「オレ、またバーベキューがいいな!」
ルシエル恒例、必殺のびっくり発現。
「ええ⁉ 晩御飯も? まだバーベキュー食べ足りないの?」
「だって、バーベキュー美味しかったからさあ」
もじもじするルシエル。すると、ローザが何やら食材の入った袋を取り出して見せた。
「全く、バーベキュー祭りだな。私もさっき辺りを散策中、遠目に行商を見つけたからウインナーと野菜を買っておいた。スープにもなんでも使えると思って」
「ウインナー!!」
うかつに叫んでしまった。しかも、ルシエルと被って叫んでいた。
私としたことが、この食いしん坊エルフのルシエルと一緒になってがっついてしまうなんて…………ローザに笑われてしまっているよ。反省。
「ニャニャーーーン!! じゃあ、第二ラウンドいくニャー!!」
ミャオもやり取りを聞いていたようだ。網を出して再びバーベキューの準備をし始めた。私もルシエルとローザと共にグレイトディアーをお肉にする為に解体作業に取り掛かった。
――――食事が終わったあと、私特製の薬茶を皆に振る舞った。そのあとは、芝生の上に転がって星を見ながらローザと会話をした。ローザが王国騎士団の任務に戻ったら、また暫く話せない。だから、今のうちにいっぱい喋っておきたかった。
やがて、夜が深くなってくると、ルシエルもミャオも続いてテントに入ったが、ローザは独り遅くまで空を眺めていたようだった。
翌朝。昨日の残りのグレイトディアーの肉を、少し使ったスープとパンで朝食をとっていると無数の蹄の音が近づいて来た。
何事かと、見ると総勢30人程の騎士がここへやってきたのだ。ドリスコ副長もいるみたいだけど…………ローザを迎えに来るにしては、この物々しい人数。まさか…………
あまりの物々しさに、何事かと硬直しているルシエルとミャオを横目に、ローザが騎士団へ歩み出る。
「何事だ? ドリスコ。合流は、本日中にエスカルテの街との事だったはずだぞ」
ドリスコ副長が何か喋ろうとした刹那、隣にいた騎士がドリスコ副長を制して騎士団に指示をだした。騎士団は全員、即座に下馬すると跪いた。
私は、手で顔を覆ったあと溜息をついた。すると、ローザは、はっとした表情をした。
ドリスコ達に指示を出した騎士は、兜を取った。知っている顔。そして、その騎士の後ろに一人だけ騎士団でない男がいた。だが、その男も知っている顔だった。
「ゲラルド・イーニッヒ。クラインベルト王国近衛兵隊長であります」
近衛兵と聞いてローザも慌てて跪く。近衛兵は、国王直轄の兵なのだ。一人だけ、騎士団所属ではない男が進み出る。
「久しぶりだな」
そう男が言った瞬間、ゲラルドがその男を睨んだ。
「……っう。っていうか、お久しぶりです。覚えておられると思いますが、エスカルテのギルドマスター、バーン・グラッドです」
ルシエルもミャオも驚いている。この状況に混乱している。そりゃそうだろうなあ、理解しているのは私とローザだけだろう。
「それで、何か用なのですか? ゲラルド!」
私がそう問うと、ゲラルドは、真っ直ぐに鋭い眼で答えた。
「お迎えに参りました。――――アテナ王女」
ゲラルドの言葉に、ルシエルとミャオは驚きを隠せないという状態になっていた。あえて例えるなら…………
とある森に凄く驚くと、ありえない位に細くなる習性を持った梟がいるんだけど…………二人ともそんな感じになっていた。
…………まいったね。あはは…………どうしよう。はあ…………
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〚下記備考欄〛
〇アテナ 種別:ヒューム
Dランク冒険者で、物語の主人公。趣味は、キャンプと薬茶作り。ギゼーフォの森で知り合ったルシエルと、エスカルテの街で知り合ったローザとパーティーを組み行動を共にする。今回は、騎士団の任務を放り出してついてきたローザがついに呼び出しを命じられたので、ローザとの別れを惜しんで湖畔キャンプをする事にした。折角ののどかな場所でのキャンプなので読書しようと思っていた。愛読書は『キャンプを楽しむ冒険者 第一巻』。
〇ルシエル・アルディノア 種別:ハイエルフ
Fランクの冒険者なりたてのホヤホヤで、クラスは【アーチャー】。精霊魔法も得意。外見は長い髪の金髪美少女だが、黙っていればという条件付き。一人称は、「オレ」で男勝りな性格。特別な弓を所持しており、ナイフと共によく使いこなす。ギゼーフォの森でアテナと知り合い、エスカルテの街で正式な仲間としてパーティーを組む。ローザとは最悪な出会い方だったけど、今ではずっと一緒に冒険をしたいと思える程にいい仲間だと思っている。
〇ローザ・ディフェイン 種族:ヒューム
クラインベルト王国、王国騎士団の団長。現在はアテナが自家製の薬茶を売る為に立ち寄ったエスカルテの街の治安維持の任務についているが、アテナと出会った事により任務を副長のドリスコに放り投げてアテナについて行った。しかし、ついに騎士団に戻る様にと命じられ、しょんぼりする。外見は赤い髪のショートヘアで凛々しい感じ。20匹程度のゴブリン相手なら、一人で倒せる程の剣術の持ち主。人の前では両親の事を父上母上と言っているが、どうも家ではパパとママと呼んでいるくさい。甘えん坊?
〇ミャオ・シルバーバイン 種別:獣人
猫の獣人で、アテナの友人。エスカルテの街でお店を経営している。
〇ドリスコ 種別:ヒューム
クラインベルト王国騎士団。騎士団長ローザの副長。巨漢で粗暴に見えるが、真面目な男。苦労人。
〇ゲラルド・イーニッヒ 種別:ヒューム
クラインベルト王国近衛兵隊長。クラインベルト王国の、国王を守る近衛兵の隊長。以前は、将軍の位にいたが今は近衛兵の隊長を務めている。剣の腕は凄まじく、クラインベルト最強との呼び声も高い名将。
〇バーン・グラッド 種別:ヒューム
背に大剣を背負うエスカルテの街のギルドマスター。以前、アテナ達と知り合い、マンティコア討伐を共にした。その後、アテナの正体に気づいて王国に報告した。
〇グレイトディアー 種別:魔物
非常に危険な角を持つ鹿の魔物だが、その肉の味は美味。
〇ヨルメニア大陸
このアテナ達のいる世界。クラインベルト王国やその他、様々な国のある大陸。
〇クラインベルト王国 種別:ロケーション
アテナ一行が現在、冒険している国。草木が多く緑に恵まれている。豊かな土地である為、人や動物だけでなく魔物も数多く生息する。
〇エスカルテの街 種別:ロケーション
クラインベルト王国にある、大きな街。王国内でも王都を除けば2番目に大きな街とされている。バーンがギルマスを務める冒険者ギルドがあり、様々な店が充実して活気に溢れている。ミャオのお店もこの街にある。
〇珈琲 種別:アイテム
アテナの好物。アテナは、独自のルートである所から珈琲を手に入れている。苦み、酸味、コク、香り、全てがレベルの高い所でバランスよくなっている特別な珈琲。
〇キャンプを楽しむ冒険者 第一巻 種別:本
エスカルテの街の本屋でアテナが読もうとして買った。著者は、リンド・バーロック。内容は、冒険やキャンプの好きな彼が、彼の育ったフリック村を出て旅する内容を綴ったもの。1巻はアテナが現在いるクラインベルト王国から、隣国のガンロック王国までの旅の内容が記されている。




