第2話 『5匹のオークと商人』
おや?
街道を歩いていると、商人が魔物に襲われている所に出くわした。
「あれは!! ……大変! 魔物達に襲われている人達がいるわ。すぐに助けないと!」
そう言って、我ながらテンプレートなセリフだなって思った。――いやいや、そんな事よりも急がないと!
ザックを置き、剣を抜いて突っ走る。荷馬車。襲われているのは3人。良かった、まだ全員無事のようね。襲ってきている魔物は、オークが5匹か。オークは、人型の豚の魔物で、皆武器や防具を装備している。ゴブリンやコボルトなんかよりは、格上とされる魔物だ。
外の世界は、あちらこちらで危険な魔物が徘徊しているので、冒険者をやっているとこういう場面に出くわす事もしばしば。ピンチではあるけれど、私にとっては言ってしまえばこういった状況は、慣れっこだ。
…………あれ? 前にも思ったセリフ?
剣を抜いて、オークへ突っ込んだ。少女一人、いきなり剣を抜いて突っ込んでくる光景にオーク達は、一瞬驚いた素振りを見せる。だが、すぐにヘラヘラと笑ってこちらへとターゲットを変えて、斧を振り上げた。
「遅いねっ!! 動きも単純だし、次の動作が見え見え」
こちら目掛けて斧を振り下ろす前に、剣をそのオークの首に素早く突き刺す。首の反対からは、突き刺した剣が貫通して飛び出している。他のオークは、仲間が殺され一斉に雄叫びを上げる。倒したオークの横にいる左右の2匹が、槍でこちらを攻撃してきた。なんの変哲もない、単純な突き。
やはり、遅い。さっと避ける。左右の2匹が、それぞれの槍で攻撃してくる。しかし、私は軽やかに攻撃を避ける動作と剣を抜く動作を同時に行う。瞬時に、槍で刺してきた片方のオークの背後へ回り込み同じく首をひと突き。続けて、もう一匹のオークの懐にあっと言う間に入り、刎ねる。ゴロン。――――首が転がった。
――――残り3匹。
もはや、オーク達は先程まで襲っていた商人達には興味もない。全意識がこちらへ集中して警戒態勢マックスだ。
残っている3匹の武器は、それぞれ剣・斧・槍。剣のやつは、スモールシールド……盾を持っている。
剣と盾を持ったやつが先頭になって突っ込んできた。剣を避け、反撃しようとするとそれに対して盾を突き出してきたので、後ろへ飛んで距離を取る。
「うーーん。流石にゴブリンよりは強いな。オークは……私の動きを封じる為に、攻撃を盾で受けると同時に力で強引に押し潰す気ね。なかなかやるわね」
オークは、過去にも何匹も倒したことがあったので舐めていた。だから本当に、なかなかやるなと思った。
…………だけど、
「残念ね。相手が私でなければ、倒せたかもしれないけども」
――――剣を鞘にしまう。
その行為に、観念したのか! っと勘違いしていやらしく笑うオーク。
手を鞘に納めた剣の柄に添える。――――集中。
勝利を確信したオークは、再び3匹でドタドタと乱暴に襲い掛かってきた。
重心を落とし、手は剣の柄。集中!!
――――っ斬る!!
武器を振り上げた3匹のうちの1匹……剣を振り上げた盾持ちが、襲い掛かる直前で私の殺気に気づいた。咄嗟に盾を突き出してきた。
――――剣を抜く。そして一閃。
オークの突き出した盾は間一髪、間に合ったかに見えた。少なくともそのオークは、盾で防いだ瞬間にそう思っただろう。しかし、違った。その一撃は、オークを盾ごと斬った。更に続けて、剣を大きく振りかぶって敵目がけて思い切り投げると、投げた剣は勢いよく宙を回転。斧を持つオークの頭に突き刺さった。オークは、悲鳴をあげる暇もなくズシンと仰向けに倒れた。
「あと、1匹!」
残る一匹の攻撃。オークは、私が剣を投げたので、腰のもう一本の剣を抜いて戦うと思ったのだろう。そうは、させまいと焦って槍で単純に突いてきた。だがその攻撃をサッと避けつつ懐へ入り腕を掴んで引き込んだ。
「せいやっ!!」
ブギイイイ!!
オークの叫び声。脳天から地面に落ちる形で一本背負いをお見舞いした。それが見事に決まると、地に落下し倒れこむと同時に袈裟固め。同時にナイフを取り出し、袈裟固めの状態からオークの首にそのナイフをサクっと突き立てた。
そんな一連の光景に、商人達は言葉を失って暫くその場に立ち尽くしていた。
だが、はっと我に返った一人が口を開いた。
「なんと、お礼を申し上げればよろしいでしょうか。我々をお救いくださいまして、ありがとうございます」
「いえいえ。いいですって、いいですってば。これしきのこと。私、こう見えても冒険者なんですよ。まあ、いってもDランクなんですけども」
頭を摩ってそう答えると、商人たちは驚いた。
「Dランク冒険者? まさか⁉ 5匹もの武装したオークを同時に、しかもあのように鮮やかに倒してしまうのです。Dランクというのは、流石にご冗談でしょう?」
「いや、だから本当なんですってば。正真正銘、私はDランク冒険者ですよ。それに別に、冒険者のランク=強さって訳でも、ないですからね」
「確かにそれは、まあそうですが……」
「まあ、それはともかく本当に皆さん何事も無くて良かった。
それでは、私はこの辺で……」
立ち去ろうとした私を、商人達は引き留めた。
「お待ちください。お礼と言ってはなんですが……」
「いえいえいえ。お金なんて受け取れません。いいですよ、特に苦労もしていませんし」
笑って断る。だって、命の危険があったわけだし、そういったシチュエーションに遭遇したのなら、誰だって助けるでしょ。助けられる力があるのであれば、当然だ。
断り続ける私に、商人は少し考える素振りをみせると、手をポンと叩いて言った。
「では、こういうのはどうでしょうか?このオークは私共が買い取らせて頂きます」
「えっ? オークを? も……もしかして、食べるの?」
「た……食べません!!!!」
爆笑された。……え? だって、買い取るって食べるんでしょ?
「で……でも、食べ……」
「だから、食べませんってば! 流石にオークは、食用にはしません。正確には、オークの身に付けている装備や武器とか持ち物をですね、買い取りたいのですよ」
なるほど! 戦利品。そういうことね。なんとも商人らしい発想だった。これは、今後の勉強になる。
「では、しめて銀貨30枚と……」
恐らく、相場だと銀貨20枚いけばいいはず。商人がサービスしてくれているのが解る。
「あと、こちらは私共の商品なのですが、お納めください」
荷馬車から、何かを包んだ物を取り出して手渡してくれた。
「これは、お肉⁉」
「ブラックバイソンの肉のブロックです。それだけで、申し訳ないのですが――――高級品ですし、とても美味しいので是非食べてみてください」
私は、その場で何度も飛び上がった。商人達にも飛びついてお礼を言ったが、商人たちはいきなり飛びつかれたので、困っているようだった。
こんなものを手に入れてしまっては、もはやアレしかない。アレ。
「じゃあ、遠慮なく頂きます。ありがとう」
「こちらこそ、命を救って頂きましてありがとうございました。また、会うことがございましたら、声をかけてください」
「じゃあ」
「あっ! そうそう。申し遅れましたが……私は、商人のモルト・クオーンと申します。最後にお名前を教えて頂けませんか?」
「私は、アテナ。冒険者アテナよ」
「冒険者のアテナ様ですね。素晴らしいお名前ですね。女神と同じ名前だ。祝福を授かっておられるのですね」
私は、にっこりと微笑んだ。
そして、極上のいいお肉を貰ったので、深々と頭を下げて感謝を示したあと、手を振って別れた。
しかし、不思議なものだ。
オークから商人を救ったはずの私が逆に、商人達に深々と頭を下げてその場を立ち去るなんて。
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〚下記備考欄〛
〇アテナ 種別:ヒューム
青い髪と瞳の女冒険者。冒険者ランクはD。細くて筋力も無い風に見えるけど、剣の腕は一流です。意外とお節介な性格で、困っている人がいたら見て見ぬふりができない。なので、事件によく巻き込まれる。
〇モルト・クオーン 種別:ヒューム
商人。街道でオークに襲われていた行商人の一団のリーダー。アテナに助けられたのでお礼として、ブラックバイソンの肉ブロックをアテナにおすそ分けした。
〇オーク 種別:魔物
人型の豚の魔物。凶暴で数匹で行動する事が多い。人間のように、武器や防具、盾を装備しているものが多く、槍や斧を好んで使う。もちろん身に着けている装備は、人間から奪ったものだが高価な装備を身に着けている個体もいて侮れない。決まりはないが、洞穴や洞窟を巣とするものが多い。
〇ゴブリン 種別:魔物
小鬼の魔物。最も冒険者と戦っている魔物。背丈は人間の子供位の大きさだが、性格は残忍冷酷。獲物をいたぶる趣味もあり、極めて醜悪。だいたいは群れで行動しているが、ゴブリンキングなどがボスとして君臨し何百何千匹となる群れもある。そうなれば、村や街を襲う。
〇コボルト 種別:魔物
人型の犬の魔物。フォルムも行動もゴブリンによく似ている。だが、洞窟や洞穴を根城にする事はゴブリンやオークとさほど変わらないが、コボルトは集落を作る群れもある。ゴブリンやオークと一緒にはされるが、残忍さはそれほどまでではなく友好的な個体も存在する。
〇ブラックバイソン 種別:魔物
黒い牛の魔物。主な生息地は、草原地帯や荒野。黒い身体に少し、黒い毛が生えている。頭に大きな角があり、追いつけられると突進して襲い来る。追い詰められなくても、興奮している時には人を襲う。だけど、その肉は物凄く美味しくて商人達や商人ギルドでも高値で取引されている。一番親しまれている食べ方は、焼き肉やステーキ。
〇居合 種別:剣術
アテナがオークに見せた、相手を一刀のもとに高速で両断する剣術。凄まじい抜刀術だが、発動するのにタメをつくらなければならない。
〇アテナ 種別:女神
この世界には神がいると言われ、崇められている。女神アテナは、知識や芸術、戦いの女神としても崇められ、アテナが祝福した者は必ず勝利すると言われている。冒険者アテナは、その女神アテナから名づけられた。