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第194話 『火打石』



 エミリアは、自分のザックから拳位の黒い石を二つ取り出した。



「ちょっと待っててくれ」


「うん」



 二つの石をカチッカチッと打ち付ける。5分程、その様子を眺めていた。エミリアは、恐らくこの石で薪に火を点けようとしているようだった。エミリアにはエミリアのやり方があると思った。だから、あえて何も言わず様子を見ていたけれど、流石にお腹も空いているしそろそろ限界だ。ボクは、5分前から気になっていた事を聞いてみた。



「……エミリア」


「もう少し待っててくれ。必ず火を点けて見せるから。こう見えて、私は何においても必ずやり遂げる性格だから、安心して待っていてくれ大丈夫だ」


「いや、エミリア。今、火を点けてって言ったけど、もしかしてエミリアはその石で、火を熾そうとしているのかい?」


「そうだ。まさか、マリンは知らないのか? でも、無理もないか……魔法使いだものな。いいか、こうやって石を打ち付けると、火花がでるんだ。それを薪に接触させる事で、引火させ火を熾す事ができるんだ。即ち、焚火ができるんだ」


「そうなのかい? でも先程から様子を見ているが、一向に火花が発生しないじゃないか」



 エミリアは、溜息をつくと子供をなだめる様に言った。



「いいか、マリン。何事においてもそうだが、何かをやり通すって時には、努力や忍耐といったものが必要不可欠になってくるんだ。何事においても、結果とは後についてくるものなんだぞ」


「え? そうなのかい?」



 ボクは首を傾げて見せる。



「石を打ち付けて火を熾すっていうのは、楽じゃない。だが、諦めないでトライし続ければ必ず道は開かれるんだ。為せば成る――だな! はっはっは」


「え? 成らないよ」


「なんだと⁉ マリンは、どうしてそんな悲観的な事を言うんだ?」



 ボクは自分のザックから、やや黒っぽく、長細い棒状の石を取り出すとテトラから貰ったナイフで、その石を削るように打った。すると、一発で大きな火花が飛んだ。その光景を目の当たりにしてエミリアは、言葉を失う程にびっくりした。



「マリンの方が、私よりもコツを知っているという事か? それとも魔法?」


「どちらでもないよ。エミリアが火を点けようとしていた石って、黒くてそれっぽいけど……普通の石だよね」


「え? 何を言っているんだ。石と石を打ち付けると火花がでるだろ? 以前、冒険者がやっているのを私は、しかとこの両眼で見たぞ。間違いないはずだ」


「それを目撃したのは、間違いないと思うけどその使っている石に関しては間違っているんじゃないのかい? できるだけ良い石を探したんだろうけど、残念ながらその辺に転がっているような普通の石では、火はつかない」



 細長い棒状の石をエミリアに手渡すと、エミリアも同じように自分のナイフを取り出し、石を削るように打った。同じように一発で火花が飛んだ。



「こ、これは……ま、魔法ですか?」



 真顔でそんなセリフをいうエミリアに、ボクは首を横に振った。



「魔法じゃないし、その石はただの石。それでは火はつかない」


「こ、この石ではいくらやっても、で……でないのか?」


「うん。端的に言うと、出ないね」


「頑張っても?」


「頑張ってもだね。ボクの持っていたその棒状の石は、火打石ってものなんだ。強く打ち付けると、何かに着火できる程度の火花が発生するように、そうなる物質が含まれている石なんだよ」


「まさか、そんな……じゃあ、私が以前見た冒険者が持っていた石も、火打石か?」


「そうだね。ボクが持っていた棒状のものよりも、エミリアが見た普通の石のような形状をした物の方が、ごく一般的だからね」



 エミリアは、恥ずかしいと呟き顔を真っ赤にすると、「なんて事だ! くっ! 殺せ!」と叫んで、持ってた石を森の中、遠くへぶん投げた。ボクは更に負い打つように、語り掛けた。

 


「それにこの薪だけど、生えている木を剣か何かで切断したものだよね。それだと、火はなかなかつかないし、煙がモクモクと大量に発生して大変な事になるよ。通常は、焚火には生木は使用しない。しっかりと水分の抜けた枯れ木を使用しないといけないよ」


「そうなのか……マ、マリンはもしかしてキャンプのプロなのか? 噂にきくキャンパーって奴か?」


「いや、ボクが知っているのは本の知識さ。机上で得た知識。本で学んだ事を実践して経験にしているのさ」


「うーーん、君は凄いなマリン。私は目から鱗が落ちた。私は何も知らないのだな、まったく恥ずかしく思う。剣の修行をする為、旅に出たはいいが……これまでキャンプなんてろくにした経験も無く、ずっとこんな調子なんだ。だから、色々教えてくれた事に感謝する」


「気にしなくていいよ。それより、さっさと焚火と肉を焼く準備をしよう」



 エミリアは頷くと、早速周辺から枯れ木を探してきた。それを手頃なサイズに折って、薪にする。近くに生えていた白樺系の木の皮を、ナイフで削って捲るとそれを、薪を組んだ所へ押し込んだ。それが着火剤になる。エミリアに火を点けるように即すと、エミリアは早速手渡した火打石で着火した。炎が燃え上がる。



「うおおお、これは凄まじい!! これは凄いな! あんなに苦労していたのに、マリンの言うとおりにしたら、簡単に火が点いたぞ。これは一体全体どういうからくりなんだ」


「単なる知識だよ、エミリア。薪の間に突っ込んだ、白樺系の木の皮は 油分を多く含んでいて直ぐに火が点くんだ。だから、天然の着火剤として有用性に優れているんだ」


「凄いな。マリンはそれも本から、学んだのか?」


「そうだよ。本から学んだ」



 焚火の炎が更に燃え上がると、エミリアは薪を足し、鍋に水を入れ焚火にかけた。鍋の水が沸騰すると、それでボクの分も含めて紅茶を二杯入れてくれた。


 それから今度は、フライパンを出して来た。


 エミリアはフライパンを火にかけると、瓶に入ったオリーブオイルをそこに垂らし、先程狩ったビッグボアの肉をステーキサイズにカットして、焼き始めた。ジュジュジューっと、食欲を掻き立てる肉の焼ける音と、におい。エミリアと同時に、ボクのお腹がまた鳴った。にこりと笑うエミリア。 


 肉の片面が焼けると、裏返して細かく粉上に砕いた岩塩と胡椒を振りかける。


 十分に肉が焼けると、エミリアは粉上にしたパセリを振りかけて皿に取り、フォークとナイフを付けてボクの目の前に置いた。



「さあ、食べて! 私の分も直ぐに焼き上がるから、遠慮せずに……さあ、さあ、さあ!!」


「ありがとう、では遠慮なく頂くよ」



 エミリアの厚意に甘えて、先にボクはエミリアが美味しく焼き上げてくれたビッグボアのステーキにかぶりついた。



 ガブリッ!!


 モッチャモッチャモッチャ……



「美味い!! これは、いいものだ!」



 エミリアはうんうんと頷くと、フライパンにのったままのステーキに、豪快にかぶりついた。それを見て、ボクはこの場に皿が一つしか無かった事に気づいた。


 でも使用したフライパンをそのまま皿がわりにして焼いた肉を食べるのも、それはそれでまたワイルドでいいものだと思った。







――――――――――――――――――――――――――――――――

〚下記備考欄〛


〇火打石 種別:アイテム

打ち付ける事によって火花を飛ばす事ができる。火打石と一言に言っても様々な種類がありグレードもある。今回マリンの持っていた火打石は、それなり高価な物で質もいい。一般的に旅人が野宿をするときに、使う火打石はもっと小さな火花の出る安価なもので、それだけで薪に火を点けることは非常に困難な為、火つけ材としてよく乾いた干し草や白樺の木の皮、乾いたスギの木の葉やチャークロスを事前に作っておき使用する。因みに着火するだけでこだわらないなら、街などの専門店で売られている着火剤やファイヤーリザードの火打ち牙を使用するともっと楽に点火できる。

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