第192話 『ボクの新しい目標』 (▼マリンpart)
テトラやセシリア達と別れ、エスカルテの街をあとにした。
リアが元気でいる事、カルミア村のパルマンさん達も賊から逃げ延びていた事により無事で、その賊も倒してしまったので今はもう村も平和になり、村人達もカルミア村に戻って復興活動に着手し頑張っている事を、リアのお姉さんに伝えるのだ。因みにリアのお姉さんの名前は、ルキアというらしい。ルキア・オールヴィー。いい名前だ。
「さーーて、行ってみるか」
――――ボクの新しい目標。
魔導都市マギアポリスを出て、魔導国から初めて外の世界へ旅に出た。旅する最中、魔導書探しを始めてみたけれど、ずっとそれだけだった。そんな旅を続けていたら、テトラやセシリア、それにリアにも出会い初めてそれ以外にやる事ができた。だから少し、胸が弾んでいる。何かこれだという目標があるというのはいいものだ。
ルキアという子は、クラインベルト王国の王女、アテナ・クラインベルトとパーティーを組んで、現在はノクタームエルドを旅しているという。岩山が延々と連なり、冒険者などはその岩山の内部にあるという大洞窟を旅するという――ノクタームエルド。ボクは、その場所を見た事もないし、そこへは行った事も当然無いのだけれど、そこがどんな所かっていうのは本を読んでだいたい大まかには知っている。本というのは、叡智の塊である。
とりあえず、ノクタームエルドへ向かうには北を目指した。
エスカルテの街を出立する時に、冒険者ギルドのギルドマスター、バーン・グラッドからノクタームエルドまでの地図も貰った。これがあれば、特に迷う事もなく到着する事ができるだろう。問題はノクタームエルドに入ってからだ。一応、バーン・グラッドから紹介状は預かってはいるので冒険者ギルドがあれば、そこでアテナ・クラインベルトとルキア・オールヴィーの現在地情報を聞く事ができるだろう。そこまで迫れば、あとは聴き込みだ。
「あれ? ちょっと待って」
脳裏に色々と考えを巡らせていると、いつの間にやら森の奥深くまで来ていた。
「ここは、何処だ? まいったな、見当も付かない所だ」
肩にかけているショルダーバックから地図を取り出して、見つめる。…………解らない。ここがクラインベルト王国の北に位置している森だという事は解るのだが、どの森にいるのかという事はてんで解らない。そもそもこの王国は、緑に恵まれていて森や草原なんて場所は山程ある。
まいったなあ。地図系、探知系の魔法は、ボクは得意じゃないし、困った。
ぐーーーーーーっ
腹の音。そう言えば、お腹も減った。考えてみると、エスカルテの街を旅立ってからは何も食べていない。それに皆、何か食糧を買っておいた方がいいとか何も助言してくれなかったから食べ物も買っていない。
…………っと、サラッとボクの失敗を皆に擦り付けてみた。
周囲を見回すと、森の中は木漏れ日に溢れていて虫の鳴き声もしていた。
「《水生成魔法》!!」
水属性魔法。掌から、水を生成し放出しそれを飲む。水にも味というものがあるが、この魔法で生成した水というのはなんとも味気ないし、美味しくない。例えるなら、スカスカの水。水分を補給するだけならこれで何の問題もないのだろうが。
「ハアーー。ボクの場合、水に困ると言う事はないが、食糧が問題だな」
ピギャアアアアア!!
その時、森の中に獣の叫び声がこだました。何事か。ボクは、その叫び声がした方へ様子を見に行った。
ブオオオオオ!!
草葉の陰から覗くと、そこには巨大な猪系の魔物、ビッグボアがいた。手負いのようで猛り狂っている。怪我を負い、興奮しているのだ。
「傷を負っているという事は、それを負わせたものがいる。相手は?」
「だああああああ!!」
女の雄叫びが聞こえた。ボクは更に身を乗り出して、ビッグボアと対峙している者の正体を探った。
すると、そこには煌びやかな甲冑に身を包んだ女剣士が剣を片手に、ビッグボアへ斬りかかっていた。
「とりゃとりゃとりゃあああ!! 」
プギィィィイイイイイ!!
女剣士の連続攻撃にビッグボアは、身を捩る。戻す刀でビッグボアは、大きく鋭い牙を女剣士に放った。
「ぐっはああ!!」
牙攻撃は、剣でガードしかわせたが、衝撃で尻もちをつく女剣士。手から剣が離れ、近くの木に突き刺さった。
ブッヒイイイイ!!
女剣士が立ち上がろうとした所で、ビッグボアは頭から突進し女剣士を吹っ飛ばした。ビッグボアの頭部が女剣士の腹部に深くめり込むように衝突すると、女剣士は嘔吐して後方の木に叩きつけられた。
ズルズルと木の表面を擦って、地面にへたり込む女剣士。それでも、再び立ち上がろうとするが、両膝はがくがくと痙攣し、再び尻もちをつく形になった。
ビッグボアは女剣士に止めを刺そうと、前足で地面を蹴り始めた。
ブギギッギイイ!!
「くっ! 殺せ!!」
女剣士のその言葉に、ボクは跳び上がった。ボクは魔導書を集める事を目的に旅をしていたが、本来の趣味は読書だ。ボクは本そのものを愛している。だから、色々なジャンルの本も手にするのだが、とある人気小説にそういうセリフがある。「くっころ!!」
そんなセリフを実際に口にする、女剣士を目にするなんて……これは、非常に興味深い体験だ。
そしてボクは、とんでもない逸材を見つけたような気に襲われた。だから、彼女を助けようと決心した。
「唐突ながら、加勢するよ」
「え? ウィザード? 誰だ!?」
女剣士とビッグボアの間に躍り出る。突進してきたビッグボア目がけて水の盾を張る。
「水よ! ボクを魔物の攻撃から守りたまえ! 《噴水防壁》!!」
驚く女剣士を横目に、にやりと余裕の笑みを見せる。女剣士を守るように、ビッグボアに対して立ちはだかると素早く魔法詠唱し、水の壁を目前に発生した。だが、この猛り狂うビッグボアの戦闘能力はボクの想像の少し上をいっていた。
毛むくじゃらの巨大な塊が、雄叫びと共に水の壁に勢いよく衝突する。凄まじい衝撃。
水の壁はバシャアアっと派手な音を立てて飛び散る。ボクの後ろで、産まれたての小鹿のように膝をカクカクと震わせていた女剣士は、ボク諸共まとめて一緒に後方の巨木へ叩きつけられた。
「うげっ!!」
「ぐふうっ!!」
生まれて初めて、うげって言ったかも。
防げると、思ったんだけど……ボクと女剣士の身体は、仲良く同時に地面に崩れ落ちた。
地面にボクの被っていた水色の三角帽子が転がった。
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〚下記備考欄〛
〇ビッグボア 種別:魔物
猪の魔物。凶暴な割に、肉はとても美味しい。人間を見ると襲って来る場合が多く、強烈な突進の他に鋭い牙がある。お肉は焼いてもいいし、猪鍋にしても最高。
〇水生成魔法 種別:黒魔法
下位の、水属性魔法。魔力で水を作り出すだけの魔法。マリンは、こんな魔法も色々と使い慣れているようだ。
〇噴水防壁 種別:黒魔法
中位の、水属性魔法。目前足元から水を横一列に魔力で作った水を吹きあがらせて壁を作る。水の壁であるが、魔力で生成しているためその強度も術者に比例する。
〇くっころ
追い詰められた女剣士が言うと言われている、セリフ。言われているだけで耳にした人はほとんどいないだろう。しかし、マリンは耳にしてしまったのだった。




