第188話 『助力依頼』
――メルクト共和国。このクラインベルト王国から北東に位置する国。ヴァレスティナ公国からは、西に位置する。
かつて、クラインベルト王国がヴァレスティナ公国と同盟を結ぶべく、国境付近のイザーク城で会合した直後に、ティアナ前王妃とその娘であるアテナ様がドルガンド帝国に襲われるという大事件が起こった。
その時に、ティアナ様がアテナ様を連れて、逃げ込んだ国がメルクト共和国。お二人とも、一時は帝国に拘束されていたが、ヘリオス・フリートという最強冒険者が見事にティアナ様達を助け出し、王国に無事連れ帰ったという話しは、クラインベルトでも有名な話し。
メルクト共和国に関しては、私の知識はその位のものしかなかった。
「それで、火急の要件というのはなんだ?」
「へへ。実は今、あっしらの国は大変な緊急事態に陥っておりまして、それでこのクラインベルト王国に助力を乞いにやって参った次第でござんす」
「もちろん助力が必要であれば、助けにはなりたいと思うが……緊急事態とはなんだ?」
「『闇夜の群狼』という巨大犯罪組織をご存じでございやしょうか?」
『闇夜の群狼』!! その名前にバーンさんだけではなく、私とセシリアも、物凄く驚いた。
「ああ。知っている。奴らのアジトを一つ潰したばかりだ」
「ほう、それなら話は早い。今、あっしらの国は混乱状態にありやす。一週間程前ですが、メルクト共和国の執政官など、国の中心的人物達がその『闇夜の群狼』の襲撃によって20人以上、殺害されました。それでメルクト共和国は、現在リーダー不在で無政府状態と言ってもいいような有様になっておりやして……」
そう言えば『闇夜の群狼』という組織は、あらゆる犯罪に手を染めていて、奴隷売買、麻薬製造及び販売、盗賊行為、誘拐等の他に暗殺も請け負っていると聞いた。カルミア村の件で戦った、バンパという幹部のような男もアサシンのような感じだった事を思い出した。
「それで、このエスカルテの街の冒険者ギルドに助けを求めにきたっていうのか。……なるほどね。俺達にメルクトへ行って、事態の収束に手を貸して欲しいんだな?」
「おっしゃる通りでございやす。エスカルテの街のギルドマスター、バーン・グラッド殿は、もとSランク冒険者と聞きやした。他にも、今言われていましたが、この国に蔓延る『闇夜の群狼』をほぼほぼ壊滅させたとの事。その際に幹部のバンパや、アウルベアー使いの大男ゴルゴンスなども逮捕したとお聞きしやした」
「……随分と、やけに詳しいな」
「そりゃもう当然でございやしょう。あっしらの国の一大事ゆえ、そう言った事はすでに調査済みでがしょう!」
バーンさんは、頭を掻いてあからさまに困った顔をした。
「ふう――そうだな。俺だって『闇夜の群狼』は、ぶっ潰したい。だが、俺はこの街のギルマスだし、王国にも忠誠を誓っている身だ。立場的なもんもあるしな。そんな俺が勝手な事はできねーしよ。困っている者がいて、助けに行くからと言っておいそれと外国まで行けるもんじゃねえ」
もっともだった。バーンさんには、ギルマスとしての立場や責任がある。メイベルさんは、がっくりと俯いた。
「難しいでやすかね?」
「悪いが力には、なれんな。それにそんなおおごとな話なら、王都に行って直接セシル陛下にご協力を願い出た方がいいんじゃねえか? いくら俺が優秀だっつってもよ、この街のギルドだけでそもそもどうこうできるものなのか? そちらさんの国全体が、えらい事になってんだろ? 規模的に言っても焼け石に水になるんじゃねえか?」
「おっしゃる通りですね。あっしもそう思ういます。なので、そう言った手はすでに打った上で、バーン・グラッド殿にお話をしておるのでござんす」
メイベルさんはそう言って、懐から何かを取り出すとテーブルの上に置いてみせた。書簡だった。
「これは?」
「すでにクラインベルト国王陛下には、助力をお願いしやして了解も得られておりやす。ですので、王都からあっしらの応援に来られる者が、間もなくこの街へ到着する予定。更に同時に、リオリヨンの街にも、このエスカルテ同様に応援を頼んでいやす。そのような訳で、すでにこの街の酒場では、リオリヨンの冒険者ギルドから派遣された者たちが待機中という事になってやす」
「うーーむ。すでにそこまで手を打っていたかー」
リオリヨンの街の冒険者ギルドも、エスカルテの街と同じく『闇夜の群狼』を倒すべく戦っている。リアやミラール君達のカルミア村の救援や復興にも大きく貢献している。だからメルクト共和国は、この二つの街と討伐に大きく乗り出している国王陛下なら力になってくれると踏んだのだろう。
「そこをなんとか力を貸してくれやせんかね。ここで、あっしらと不届きな賊を蹴散らしやしょう!」
「やーー、だから無理だってばよ! 参ったなーー、じゃあ俺はいけないが代わりに力になれそうな奴を行かせよう。これでどうだ?」
「本当でしたら、是非バーン・グラッド殿にいらっしゃって頂きたいのございやすが……仕方ありやせんね。助力頂けるだけでも、感謝しなければ……」
落胆するメイベルさん。バーンさんは、そんなメイベルさんを見て苦笑いをしつつも、受付嬢に誰かを呼んでくるように言った。受付嬢は、下の階へ降りると一人の男を連れて来た。
「すまんな。ボーゲン」
「やっ。いいッスよ。バーンさんの頼みとあらば。なんだって、やりますぜ」
「紹介しよう。こいつは、ボーゲン・ホイッツ。口も態度も性格も悪いという三拍子揃っている奴だが、実は凄腕のAランク冒険者だ。俺の弟分みてーなもんだから、信用もできる。こいつが同行して、メルクト共和国に今蔓延っている『闇夜の群狼』の討伐に力を貸す。とりあえず、それでどうだ? 後程、バックアップ面で協力できる事があれば俺も惜しみなく協力させてもらうし」
メイベルさんは、頷いて右手をボーゲンさんに差し出した。
「ボーゲン・ホイッツ殿。メルクト共和国の冒険者、メイベル・ストーリでござんす。よろしくお願いしやす!」
「おーう、しょうがねえ任せろ。めんどくせーし、通常ならぜってー引き受けねー仕事だが、バーンさんの頼みだから、助けてやんぜ」
――握手を交わす。私は、我慢してこの成り行きを眺めていた…………が、やはり気持ちを押さえられなくなっていた。すると、なぜかマリンが私の心を読んだかのように、私の手をそっと握った。
「マリン?」
「リアの件は、ボクに任せればいいよ。テトラ、君の今やりたい事っていうのは、リア達のような子供が奴隷にされたりせず、カルミア村の悲劇を繰り返させないようにする事なんだろ? なら今、まさにその為の新たな道が示されたんじゃないのかな」
マリン…………
カルミア村、フォクス村のような悲劇はもういらない。非道な者達が、正しい者達を陥れているのなら、私は戦ってでも正しい者達を救いたい。救って、平和な誰もが笑って暮らせる世界にしたい。
リアの顔を見る。すると、リアは私の思いを察してくれたようで、にこりと笑うと深く頷いてくれた。
私はセシリアと顔を見合わせると、立ち上がってバーンさんとメイベルさんに向かって言った。
「私達も、メクルト共和国に同行させてもらっていいですか?」
バーンさんが、驚いたのは言うまでも無い事だけど、メイベルさんや一緒にいるディストルさん、そしてボーゲンさんまで驚いていた。
考えてみたら、そういえば私とセシリアは、どこからどう見ても姿はメイドだった事を思い出した。
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〚下記備考欄〛
〇ボーゲン・ホイッツ
エスカルテの街の冒険者ギルドに所属するAランク冒険者。ギルマス、バーン・グラッドの信頼の厚い者でバーン曰く弟分と言われている。メイベルからのメルクト共和国を救ってほしいという救援要請に対し、ギルドマスターであるバーンは国を離れられない立場にあるので、信頼厚くこの役に適任だと思うボーゲンを推薦した。
〇メルクト共和国 種別:ロケーション
クラインベルト王国から北東に位置する国で、ヴァレスティナ公国からは西に位置する。現在は、巨大犯罪組織の闇夜の群狼に国を荒らされ、国の中心人物20人を殺害された事により無政府状態になってしまっている。20人の中には、この国の執政官たちも含まれる。




