第181話 『ギゼーフォの森でキャンプ その1』
マリンがザックから、マタタビ酒が入った瓶を2本取り出した。ミャオさん家を出る時に、どうやら頂いていたようだ。
ロン君の働いているお店で、皆で宴会した時に、マリンはずっと次から次へとテーブルに並んでいるご馳走を一心不乱に食べていたので、私と同じく食べる事が大好きなタイプだと思っていたのだけど、お酒の方もセシリアと同じくらい好きだし飲めるようだった。
そう言えば、お店でもお肉を片手に常時飲んでいたドリンクはお酒だったのを思い出した。
「今日も飲むんですか?」
そうなんだろうなと、薄々と解ってはいても聞いてみる。マリンの口元が少しニヤリとつり上がったので飲むんだと思った。
セシリアが鍋やら、網やらを出して来た。
「それなら、今晩はそのお酒に合ったご馳走を作りたいわね」
「もしかしてセシリア特製の何かを作ってくれるんですか?」
セシリアが初めて私に作ってくれたものを、私は覚えている。サンドイッチだ。ルーニ様救出の任を受けて、王都を出た時に最初の森で野営をした時に食べたあのサンドイッチ。具の卵は、潰したものではなく私好みのフワっとした卵焼きだった。バターやマスタードもたっぷり使ってあって、あの最高に美味しかったサンドイッチの味は今でも忘れない。
私はマリンと一緒になってセシリアに迫った。セシリアは両手を突き出して、私達を押しのける。
「テトラ、マリン。二人とも、よだれが垂れているわよ。今晩のお酒のつまみ……もとい、晩御飯は私が作るわ。その代わり、早速二人にはその為のお手伝いをお願いしたいのだけれど」
「はい! 解りました! 私は、薪を集めて来ればいいですか?」
「そうね。そのメインディッシュだけじゃ足りないかもしれないから、野草とかキノコとかも採取してスープも作ってもいいわね。テトラは、食いしん坊だからお魚も獲ってきてもいいわよ」
食いしん坊と言われて、私は頬を膨らませた。そんな私の表情を見てセシリアは、嬉しそうに笑った。むーー。たまには、私だってセシリアに反撃をする所を見せたい。
セシリアの腕を少し抓ろうと手を伸ばすと、かわされて胸をはたかれた。
「きゃっ! 痛い!」
「フフフ。甘いわね、テトラ。私をつねろうとなんてするから、そうなるのよ。フフフ。おふざけはこの位にして、いい加減作業に取り掛かりましょうか」
「ボクはーー? ボクは何をすればいい?」
「マリンは、鳥を獲って来てくれる?」
「鳥――? どうやって獲ればいい? ボクの魔法?」
「そうね。あなたのあの、水圧ビームみたいなのあるでしょ? あれで、鳥を何羽か獲って来て。今日は、お酒に合う鶏料理よ」
お酒に合う鶏料理。そう聞いたマリンは、唾を呑み込んだ。そう言えば、マリンも食いしん坊キャラだった。……って私は普通だけど!!
「さあ、じゃあみんな作業開始!! 油を売ってないで、行って行って」
セシリアが追い払うようにパンパンと手を叩く。いそいそと出かけるマリンを横目に、私は言った。
「ちょっと思ったんですけど……」
「なに?」
「マリンは狩り。私は薪集めや食糧の調達。所で……セ……セシリアは、何の作業をするんですか?」
セシリアはキョトンとした顔を見せる。
「え? わたし?」
「はい! 私とマリンが作業をしている間、セシリアはどんな作業をしているのかなーって思って」
「私は焚火の準備や、食器を取り出して並べたりするわ。テントの設営だって皆の分、やっておくわよ」
「え……焚火の準備ってもう終わってますし、テントもさっき設営終えましたよね」
セシリアは、怪訝な顔をした。
「じゃあセシリアは、実質食器を取り出して並べるだけじゃないんですか」
「だけってそんな……そんな事ないわ! 私の方は私の方で、色々とやる事があるのよ!! 飲み水だって汲んでおかなきゃだし――」
魚の跳ねる音。ふと目をやると、目と鼻の先にある小川がある。知らない間に私達の近くまで来て、川の水を飲んでいた森林ウルフが私とセシリアの視線に身体をビクッとさせた。
「………………」
「……なによ! 何か文句があるのかしら? だって、私はあなたみたいに戦闘力に優れた獣人でもないし、マリンみたいな化物ウィザードでもないのよ」
「ボクは、バケモノじゃ……」
「単なる普通のメイドなのよ、私は! 狩りなんてできないし、魔物にでも襲われたら一貫の終わりだわ。もし私が襲われて帰らぬ人になったら、どうするの? あなた達は平気なの? どうなの?」
私はジト目でセシリアに言った。
「セシリアは、ぜんぜん強いじゃないですか!! 王都のスラム街の酒場も破壊するし、ルーニ様救出の時だって……」
セシリアに向かって言葉をぶつけていると、セシリアは急に私の方へ突進してきた。
「ななな……なんです⁉」
セシリアと取っ組み合った形になったと思った刹那、セシリアは私の背後に素早く回り込み、私のスカートを強引にまくり上げた。
「ひゃああああ!!!! セセセ……セシリア!! ややや……やめてーー!! 見えちゃうから!! 見えちゃうからーー!!」
「アッハッハッハ!! あらあらあら、まあまあまあ。テトラ、ちょっとはしたないわよー!!」
私のスカートをめくりあげてゲラゲラ爆笑するセシリア。っもう!! 私は、全力でセシリアから脱出すると、ザックと涯角槍を手に持って、逃げるように食糧調達へ森の奥へ入って行った。
「本当にセシリアは、意地悪するんだからー!!」
真っ赤な顔のまま、キャンプを離れていく。しかし、セシリアの笑い声はずっと響いて聞こえて来た。
私は食糧調達して帰ってから、セシリアに何かし返してやろうと思い、暫くそれだけにグルグルと頭の中を巡らせたが、セシリア相手では返り討ちに合いそうなので泣き寝入りする事にした。……くすん。




