第179話 『宴会 その2』
やっぱり酔っぱらっていた。
リアとの会話は、楽しかったけどお酒の飲みすぎなのか身体がどんどん火照ってきたので、少し冷まそうと店の外に出た。店から少し先に、水路があったのでそこへ移動した。
――――優しい風が吹く。冷たい水が流れる水路の近くに吹く風は、私の身体の火照りを和らげた。気持ちいい。
お酒を少し飲む分には美味しいとは思うけども、私はお酒自体ぜんぜん強くない。それなのに、結構飲んだから……ぼーーっとして、若干視界が回ったり動いて見える。
暫く風にあたっていると、直ぐ近くに人影が見えた。街路樹の脇に、その男は煙草を吹かして立っていた。
「バーンさん?」
「おっと。テトラか。どうしたんだ?」
「バーンさんこそ、こんな所でどうされたんですか?」
「いや、ほら俺はなーー」
バーンさんは自分が吸っていた煙草を指さす。店にはリア達がいるから、きっと気を遣って表に喫煙しに出てきていたんだ。私の方は、ちょっと酔っぱらってしまったので、酔いを醒ましに出て来た事を伝えた。
「それでテトラ。お前さんはどうするんだ? さっきチラッと聞こえちまったんだが、リアの事を伝えにルキアに会いに行くのか」
「はい。アテナ様とルキアちゃんは一緒にいるんですよね?」
「そうだ。一緒にパーティーを組んでいるよ。アテナ王女には、もう一人とんでもない強さのエルフがついているからな。あの二人といればルキアはまず、大丈夫だろうよ。それでも会いに行くのか?」
「はい。私もリア達と話をしているうちに、そのルキアちゃんって子に会ってみたくなりましたし、何よりアテナ様にもお会いしたいです」
バーンさんは、「そうか」と言った感じで軽く頷くと煙草を吸った。口から宙へ向かって煙を吐き出すと、私の方を見て行った。
「まず、お前とセシリア……」
「はい?」
「お前ら二人は、とても大きな事を成し遂げたと言っておきたい。エスカルテの街のギルドマスターとしても、感謝の気持ちでいっぱいだ。国王陛下も喜んでおられる」
「え? 何がですか?」
何についての事だろうと思った所で、はっとする。ルーニ様やリア達を攫った犯罪組織『闇夜の群狼』のアジトを一つ、私達が壊滅させた事に対して言っているのだという事に気づいた。
「バンパやゴルゴンス、それに鎖鎌のサクゾウも逮捕できた。バンパに至っては、あのアテナからも逃げ延び……おっと、アテナ王女、もしくは殿下だったな。失礼。とりあえず、このバンパ共の逮捕と――あのアジトを潰せた事で、この国に潜む『闇夜の群狼』はほぼ排除できたと思っていいだろう。だが、奴らは他の国でものさばっている」
『闇夜の群狼』。世界最大の犯罪組織だという。ルーニ様を攫った裏には、ドルガンド帝国の暗躍があったけど、実行はシャノンや『闇夜の群狼』が実行犯だった。いや、シャノンも組織の一員の可能性もある。
『闇夜の群狼』はリアやミラール君達、ルキアちゃんを奴隷として売り飛ばそうとしたり、カルミア村の善良な人達の命を奪ったりもした。私は、そんな組織の存在を絶対に許せない。セシリアも同じ気持ちだと思う。
「もしもお前が、他の国でもリアやルキアのような……カルミア村で殺されたような人々の命を救いたいというなら、俺は俺にできる範囲でだが全面的に協力をしてやろうと思ってな。正直、出来る事なら俺も今すぐ冒険者に戻って旅に出て、『闇夜の群狼』とかいうふざけた集団を根こそぎぶっ飛ばしてやりてえ。だが俺には、この街のギルドマスターとしての責任と陛下直々に言い渡された使命もある」
バーンさんの目は、真っ直ぐなものだった。私はバーンさんに、ルーニ様を救出しにセシリアとトゥターン砦まで行った時の話をした。
「解りました。っというよりも、もともとそのつもりでした。ルーニ様やリアの事。トゥターン砦までの色々な事。私はルーニ様救出というお役目を果たして王都に帰った時に、再び陛下にお願いして旅に出たのは、訳のわからない犯罪組織が、子供達を攫ってきては奴隷にして売るような人達を野放しにできないからです。殺戮や略奪も許せません。だから私は――リアの事をルキアちゃんに伝えには行ってそれを果たせたら、その後はまたそんな悪の組織が蔓延っている所へ行って立ち向かうつもりです」
バーンさんが微笑む。そして、私の肩に手を置いた。
「じゃあテトラ。お前に『闇夜の群狼』の討伐を任せる。さっき言ったように、俺にできるバックアップは全力でするから、よろしく頼むぜ」
「こちらこそ、よろしくお願いします! バーンさん」
バーンさんはにこりと笑った。すると、私の腰に手を回すとひょいと身体を持ち上げられた。
「ちょちょちょ……ちょっと、バーンさん⁉ ななな……なんなんですか? おろしてください!!」
バーンさんはにこにこしている。
「テトラ。お前、モテるだろー?」
「え? ななな……なんですか、それ?」
「可愛いし、胸もデカいし、誰にでも優しくて強い! おまけに可愛い耳と尻尾の生えた狐のメイドさんとくらあ!! はっはっは」
「は……はなしてください!!」
私は必死になって暴れた。でも全く脱出できない。もしも尻尾の力を使ったとしても脱出できるんだろうか。バーンさんは見た目も屈強な感じだけど、腕力も人並外れている。バーンさんはお構いなしに、私を抱えたまま店に戻る。
「見た目というか……キャラは違うが、可愛くて優しくて強いなんて――まるで、アテナだな」
「え? 私が? わわわ……こんな私ごときがアテナ様みたい⁉」
「ごときって卑屈だな。胸は圧倒的にお前が勝っているぜ」
ケラケラと笑うバーンさんに私は言った。
「今のは、言いつけますからね。アテナ様に!」
「すまんすまん! ついうっかりと口が滑っちまった。勘弁してくれよー!」
「ところで、私を抱えて何処に行くんですか?」
「え? 飲みなおすんだよ。これから第二ラウンドだ! ミャオが今、もっといい酒を調達しに行っているはずだからな。これからが宴の本番だぜ! ハッハッハ」
私はまたお酒を飲むのかと思って、悲鳴をあげて脱出しようとした。だけど、それは無駄なあがきに終わった。店に戻ると、セシリアが満面の笑みでワインの瓶を片手に持って待っていた。
セシリアは、瓶を置くと私に向かって両手を広げた。――――溜息。それを見て、私は酔っ払いがいると思った。




