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第175話 『ブシドーvsストライカー その2』




 キョウシロウのパンチは、通用しなかった。少女の腹を狙った拳は、軽く受け止められると同時に腰のベルトも握られると、そのまま勢いよく怪力で地面に投げつけられた。強い衝撃で一瞬、息が止まる。


 更に少女は追い打ちをかける。倒れているキョウシロウに馬乗りになろうと、飛び掛かって来た。もしも馬乗りになられたところから、あの強烈なパンチを連打されたらひとたまりもないぞ。慌てて転がって、回避する。


 そして、再び距離をとって、睨みあった。



「お前のような少女に狙われる覚えはない! 何者だ?」


「だから言ったろ! あんたに恨みはねえんだよ。頼まれたからしょうがなくやってんだ!」


「頼まれた? 誰に?」


「え? 誰にってーー」



 戦闘態勢になっていた少女は急に構えを解いて、考える素振りを見せた。――今だ!!


 キョウシロウは、先程の少女の攻撃で戦斧ごと遠くへ飛ばされた自分の刀へ向けて、全力で走った。刀を手にすれば俺が負ける事はない。俺が唯一、剣での勝負で競える相手がいるとすればアテナだけだ。キョウシロウはそう思った。



「あっ!! しまった! 得物を取りにいきやがった!! まずいな、この男に刀を使わせてたら手加減なんてとてもじゃねーができねえぞ!」



 キョウシロウは、走りながらも聞こえた少女の言葉に耳を疑った。この洞窟内にある固い岩をも一撃で破壊する拳の強打。あれが、手加減だと? ふざけるな、馬鹿も休み休み言え!


 刀に手が届く。そう思った所で、キョウシロウは疾走する少女に捕まった。後方から弾丸のようなタックル。慌てて身を捩って脱出を試みるが、あっという間にキョウシロウの上に少女は馬乗りになった。



「……はあ……はあ……な……なかなか、やるじゃないか。だがここまでだぞ、キョウシロウとやら」


「待て!! このままやられても、納得がいかない。誰だ!! 誰が、お前に命令したんだ!!」


「命令じゃない!! 頼まれたんだよ」



 キョウシロウは、隙を見つけてなんとか脱出できないものかと、身を捩ったり膝を立てて力を入れたりしてみた。だが、がっちりと馬乗りになっている少女からは、全く抜け出す事ができない。なんとか、この状況を打破できる方法はないのか? グライエント坑道に辿り着けるかどうか以前にあの凶悪なパンチを喰らいたくない。


 ん? グライエント坑道。……そういえば……


 アシッドスライム討伐後に、ルシエルが顔を腫らして帰って来た事をキョウシロウは思い出した。



「ウインドファイア。ミューリとファムに、頼まれたんだな。俺を襲えと。なるほど、お前はあの姉妹の知り合いか。あの姉妹には、以前パーティーを組んでいた女がいたと聞いたぞ。それは、お前だな?」



 少女は、明らかに動揺した顔をする。キョウシロウの言葉を誤魔化すように、パンチを繰り出す為に腕を振りかぶった。



「……ルシエルとも殴り合いをしたみたいだな」


「ルシエル? なんだそれは?」



 少女の動きが止まった。そしてすぐ近くの岩陰に何者かがいる気配に、キョウシロウはそれに気づいた。上手くこの機を利用すれば、この少女の馬乗り状態から脱出できる。



「アシッドスライムの大群がロックブレイクを襲った時に、お前も近くに来ていたんじゃないのか? それでルシエルに叩きのめされたんだろ?」


「あたしが叩きのめされただと? そんな訳ないだろ!! いったいルシエルってのは、何処のどいつだ!!  まさか、そいつがこのあたしに勝ったって言いふらしているんじゃないだろうな⁉」


「言いふらしてはないが、知っている者はいる。覚えていないか? 金髪の美しいエルフに叩きのめされたんだろ?」



 少女は、はっとして何かを思い出した。顔が怒りで、みるみると赤く染まる。



「あいつ!! あのエルフ。ルシエルっていうのか!! あの肉泥棒!!」



 肉泥棒? 刹那、近くの岩陰からローブの男が躍り出た。魔法を詠唱している。少女がその気配に振り向く。しめた! 脱出するなら、今だ!!



「《火の弾丸(ファイアストライク)》!!」



 ローブの男の掌から繰り出された火弾は、少女の背に着弾した。悲鳴と共に、炎は燃え上る。キョウシロウは、転がって苦しむ少女に自分の上着を脱ぐと、覆いかぶせるようにかけてその火を消した。



「変な話、ベストタイミングだったようですねー。あなたは、侍のキョウシロウ様ですよね? わたくし、ヴァレスティナ公国のアイノン・シュリスと申します。変な話、あなたの到着が遅いので、わざわざグライエント坑道から様子を見に来たのですが、正解だったようですねえ」


「気配は感じていたが、迎えだったとはな。助太刀感謝する、シュリス殿。今後、俺の事はキョウシロウでいい」


「ではわたしくめもアイノンで、結構。所でキョウシロウ。変な話、このような所で何をされておられる?」


「え?」



 キョウシロウは、火に包まれていた少女を消化して助けると、アイノンが火弾を直撃させた少女の背中に持っていたポーションを何本も、惜しげもなく振りかけた。少女の火傷は癒され、ピクリと身体が動いた。今まで馬乗りになって殺人パンチを繰り出そうとしていた者を助けているキョウシロウの行動がアイノンには、理解できないといった様子だった。



「これでいいだろう。では、アイノン! 早速、グライエント坑道に向かうとしようか」



 少女が回復したと見るやいなや、キョウシロウは目的地に向かって歩き出した。その後を慌てて。アイノンも追いかける。



「なぜです? なぜなのです、キョウシロウ。変な話、なぜあの娘を助けるのです? 変な話、わたくしの魔法攻撃がもう少し遅ければあなたの顔は、大変な事になっていたかもしれませんよ?」


「アイノン。俺は侍だ。一緒に仕事をするなら、それは覚えておいてもらわなければ困る」


「なるほど。変な話、武士道精神という奴ですか? ウィザードのわたくしには、理解の遠くおよばない価値観ですが」



 キョウシロウは、アイノンがそんな言葉を知っていた事に驚いた。だがすぐに、笑って頷いた。



「ルイ・スヴァーリ伯爵は、もうご到着なさっているのだろうか?」


「ええ。変な話、伯爵はすでにグライエント坑道に到着なさっていますよ。そもそもわたくしは、伯爵の命を受けてキョウシロウを迎えにきたのですから。それに変な話、直にご令嬢のシャルロッテ様もご到着なさると思いますがね」


「シャルロッテ様もか」



 キョウシロウは、かつて自分の命を救ってくれた恩人、ルイ伯爵とその娘シャルロッテにまもなく再会できるのだと思うと、歩く速度が無意識に早くなっていた。やっと、恩に報いることができる。






――――――――――――――――――――――――――――――――

〚下記備考欄


〇アイノン・シュリス 種別:ヒューム

変な話、ヴァレスティナ公国のウィザード。変な話、到着の遅いキョウシロウを心配して伯爵が迎えに遣わした。


〇グライエント坑道 種別:

ノクタームエルド北西に位置するドワーフの王国近くにある坑道。沢山の鉱物資源がそこで採掘され、今もなおドルガンド帝国とヴァレスティナ公国へ送られている。キョウシロウの向かっている場所。


火の弾丸(ファイアストライク) 種別:黒魔法

下位の、火属性魔法。火の弾丸を目標へ発射する。火の魔法なのに、打撃のような威力がある。

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