第16話 『渓流釣り その1』 (▼アテナpart)
今日私達は、釣り竿を持ってタユラスの森へ来ている。
この森は、いくつもの渓流があり、釣りを趣味とする冒険者にとっては、有名なスポットなのだ。
「おーーい、アテナー。テント立て終わったぞ」
「私もだ! 設営完了」
「はいはーーい。もう、二人ともキャンパーとして、かなり慣れてきているね」
「ふっふっふっ」
言われて、まんざらでもない様子の二人。
「それはそうとオレ達は、キャンパーなのか? 冒険者なのか? どちらなんだろうな」
「うーーん、両方だね。あえていうなら、冒険者を生業にしているキャンパーって感じかしら」
「なるほど」
「私の場合は、あれだな。王国騎士を生業にしているキャンパーだな」
おいおい……。ルシエルが代わりに言った。
「それは、いいのか? 団長の発言として」
「ぐっ! 痛いところを…………いいんだ! いいったらいいんだ!」
ローザがルシエルを一蹴する。
「しかしなあ……それにローザは、本業に戻らなくてもいいのか? 王国騎士なんだろ?」
「ぐぬぬぬ。痛いところを突きよってからにいい!!」
ルシエルがローザに、更に突っ込む。苦しい表情のローザ。ローザの本業は王国騎士団の団長なんだし、どう見てもその任務をほっぽり出してついて来ている感じがするから、ルシエルも私も心配になっている…………
でも、それはおいといて――この二人が今では、すっかり仲良くなってこんな会話をしたりしている事は、素直に嬉しく感じる。最初出会った時は、剣を交える所からだったもんね。特にローザは凄まじい殺気を放っていたから怖かったよ。
――――しかし、そんなルシエルとローザも、いっぱしのキャンパーになってきている。我が子の成長をを見るような感じで、私は嬉しいよ。ふむふむ。今日もすでに丁度良い渓流を見つけ、そこが拠点に最適だと判断するやいなや、早速テント設営。もう、3人ともテントの設置に焚火の準備までできている。魔物避けの聖水も忘れずに撒いた。手慣れたもんだ。
よし! 拠点もできたし――――それではお待ちかね。釣り竿を装備。
「それじゃあ、準備オーケー? これから、渓流釣りに行くわよ」
「おーーーー!」
そうなのだ。今日は、この森で一日釣りを楽しむ事になっている。魚を釣って、それを食べるのだ。昨日、二人に久々に焼き魚が食べたいねって話をしたんだけど…………そこから、渓流釣りの話になり…………なんか釣りに関するアツい話になってきちゃって、実際に行って釣ろうという事に話が派生してしまったのだ。
まあでも、そう決まってからは久々の渓流釣りに胸のワクワクが止まらない。本当に心から楽しみにしてしまっている。フフ……
「二人とも、釣り竿に釣り道具――――それに餌も忘れずに持ったね」
「ちゃんと持ったぞ」
麦わら帽子に釣り竿とバケツを持ったエルフ。こんなミスマッチなエルフがこの世にいるなんて…………なんて面白い!!
「ヒイイイイイイイ。毛虫イイイイ!!」
今度は、ローザの悲鳴。
「はっはっはっ。ローザ、それは芋虫だぞ。何の変哲も無い芋虫なんだから、悲鳴をあげるのは可笑しいだろ?」
ローザは、釣り餌を見るなり恐怖に顔を引きつらせている。どうやら虫が苦手だったみたい。ルシエルは、そんな釣り餌を見るなり怯え震えあがるローザを見て、ひっくり返って爆笑している。
「まったくもー、二人とも餌で遊ばない。ブドウ虫って言って魚の餌よ。ちゃんと、養殖したものを商人から買ったものだから大丈夫よ」
ミャオから買った。ミャオが養殖している訳ではないそうだが、知り合いがそういう仕事をしているらしい。
「じゃあ、私は上流へ行くわ。ついて来てもいいし……別行動でもいいし…………今日は、自分なりの渓流釣りを存分に楽しみましょ」
「ヒイイイイ。ムニョムニョしているぞ! ムニョムニョしているぞー!」
「はっはっはっは。だーかーらー、芋虫だから大丈夫だってば。ローザは、まったくもー、まったくもー」
…………ほんとに、はしゃいでいるなあ。
ローザは、餌を服のポケットに入れようとしているが入れられないでいる。それを見てルシエルがまた笑い転げている。もう、まったく…………
――――よし戯れている二人はほっておいて、私は私でさっさと釣りに行こう。魚を釣らないと、ご飯抜きになってしまう。今日は、釣る気満々で来ているので他に何も用意はしていないからね。本気を出さないと!
二人をおいて上流に向かおうとする私に、ルシエルが声をかけた。
「おーーい! アテナ! そう言えば、聞いてなかったんだけどさ。ところで、何を釣るんだ?」
「イユナよ」
「イユナ?」
「そういう名前の魚。空気の澄んだ綺麗な森などの渓流で釣れる魚。釣り人にも人気があって、シンプルに塩をふって焼いて食べると物凄く美味しいんだから」
「なに? なんだと⁉ そんな美味い魚なのか?」
それを聞いて、ルシエルの目の色が変わった。美味しいと聞いて、本気になった目だ。この食いしん坊エルフめ。
「よし! オレは、あっちで釣るぞ。確か、ここへ来る時に川の音がしていた。つまり、別の釣り場があるはずだ」
私とルシエルはニヤリと笑い合う。
そして、その川の音が聞こえたという方へルシエルが向かうのを見送ると、私も渓流の上流へ向かった。
「待ってー! 私も一緒にいくーー!」
ローザは、私の方へついてくるようだ。釣りは、初体験みたいだしね。
「ヒイイイイイ。芋虫が! 芋虫が! すっごい動いている! ものすっごい動いてるんだけど!!」
「まだ、やってるんだ。そりゃあ、ブドウ虫も生きてるんだから動くよね」
ローザは、まだブドウ虫をポッケに入れられないで格闘している。格闘しながらも、ちゃんとついて来ているからいいんだけど…………そんなんだと、いざ釣りを始める時……針に餌を付ける時にどうなってしまうのだろう。ローザの事を考えると、恐ろしくて想像できないよ。
少し歩くと、良い釣り場を見つけた。キャンプを張った辺りよりも流れが強い。所々、水の色が違う箇所もある。川の深さが違うのだ。
…………絶対、こういう所に魚がいそう。
「いいねーー。よし! 決めた!」
「へ? なにが?」
ポケットの中でモジョモジョしているブドウ虫が、気になって仕方がないローザが、引きつった顔で聞いてきた。それに私は、答えた。
「ここで釣ろう。一緒に固まって釣ると、魚が人に気づいて逃げるから、あまり寄り添って釣るのは良くないの。だから、10メートル位、離れて釣ろう。その距離なら会話もできるしね。何か困ったら遠慮なく呼んでね」
「なるほど……りょ……了解した。じゃあ、早速釣り竿を……あれ?」
む! 気づいたな!
「あのーー、魚を釣るのになんだけど…………このブドウ虫を餌にするんだよね?」
「勿論! ブドウ虫…………それは魚の餌だからね」
一生懸命に笑顔を作って答えた。ローザの顔は、先程までと変わらず、引きつっている。
「え? じゃあ、このブドウ虫にこの針を刺すの?」
「そうだよ。だって、餌が釣り針についてないと、魚が食べないよ。な……なんで?」
「え? え? だって、この虫……生きているじゃない。針で刺したりなんかしたら」
「そりゃあーーもうーーあれよ。大暴れするかな?ロックンローール?」
「ヒイイイイイ!! ロックンロールとか、言わないでええええ!!!!」
ローザは、その場でのたうち回った。
うーーん、王国国内には芋虫タイプの魔物だっているだろうし、騎士団ならそんな魔物と戦ったりだってありそうだけど…………よっぽど、苦手なんだなあ。
「ローザ、虫苦手?」
「うん! 特に芋虫が苦手!」
寝言でパパって言ったり、虫が苦手だったり……普段、騎士団団長だと言って堂々としているローザと比べると、かなりのギャップ萌えだなあって思う。フフ……
「アテナ~~!! 私にはできんかもしれん! この芋虫を針に刺すなんて、恐ろしくてできんかもしれん!! はーーーん」
子犬みたいにすり寄ってくるローザ。ルシエルがいないと最近特にこんな感じだけど…………うーーん。こうやって助けを求められて迫られると、助けない訳には行かないよね。
「しょうがないなあ。じゃあ、最初の1回だけ私が餌を針に付けてあげるからよく見ててね」
「え? 見ててって……見てないといけないの?」
「うん。この次は、自分でちゃんと餌を付けるんだよ」
プスリッ
「ヒィギャアアアア!!!!」
針に餌を付けた直後――――暖かい日差しに鳥の声。穏やかな森の中に、ローザの絶叫がこだました。
そこから、少し離れた場所――――別の渓流で釣り場を見つけたルシエルにも、そのローザの絶叫は微かに聞こえていた。
「くっくっくっく。ローザのやつ、張り切ってるなあ。これは、負けていられないな。大物を釣り上げて驚かせてやるぞ」
そこには、笑いを堪えながら、釣りの仕掛けの準備しているルシエルの姿があった。
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〚下記備考欄〛
〇アテナ 種別:ヒューム
Dランク冒険者で、物語の主人公。キャンプが趣味で、今は薬草を使用したお茶作りもマイブーム。ギゼーフォの森で知り合ったルシエルと、エスカルテの街で知り合ったローザとパーティーを組む。エスカルテの街の冒険者ギルドでマンティコア討伐依頼を受注し、達成。その後、ルシエルやローザと共に釣りを楽しむ事にした。本命はもちろん、キャンプ。
〇ルシエル・アルディノア 種別:ハイエルフ
Fランクの冒険者なりたてのホヤホヤで、クラスは【アーチャー】。精霊魔法も使える。外見は少女だが、実は114歳。長い髪の金髪美少女エルフだけど、黙っていればという条件付き。一人称は、「オレ」。とても立派な弓を所持しており、ナイフ捌きに関してもなかなかの腕を持つ。ギゼーフォの森でアテナと知り合い、それからはエスカルテの街で正式に仲間としてパーティーを組む。一緒にパーティーを組むローザとは、出会いは刃を交えた。その為、仲はアレだったがマンティコア討伐を一緒に達成し、それ以来ローザの事を楽しい仲間と思っている。でも、対抗心もあり。
〇ローザ・ディフェイン 種族:ヒューム
クラインベルト王国、王国騎士団の団長。現在はアテナが自家製の薬茶を売る為に立ち寄ったエスカルテの街の治安維持の任務についているが、アテナと出会った事により任務を副長のドリスコに放り投げてアテナについて行った。外見は赤い髪のショートヘアで凛々しい感じ。20匹程度のゴブリン相手なら、一人で倒せる程の剣術の持ち主。マンティコア討伐では、いい所は見せられなかったので、釣りで挽回しようと意気込む。しかし、ローザはその釣り餌になる虫が苦手だった。気持ち悪いというよりは、恐怖している。
〇ミャオ・シルバーバイン 種別:獣人
猫の獣人で、言葉の語尾などに「ニャ」ってつける。猫の獣人が全てニャンニャン言葉ではなく、ミャオはたまたまそういう種族というだけ。アテナとは同年代で16歳。16歳にして、商人でエスカルテの街で古道具屋を経営している。一応「ミャオの店」という名前があり、古道具屋っていうのはアテナがそう呼んでいる。金にがめつく、利益で動くが時には情でも動き、友情を大切にするなんだかにくめない少女。アテナと友人になった経緯は、謎。もちろんミャオの店には釣り竿などの釣り道具も売っていて、アテナの持っているそれは彼女のお店で購入したものだ。
〇イユナ 種別:魚
イワナとアユを掛け合わせたようなハイブリットな川魚。空気の綺麗な森にある渓流に生息しているので、どちらかというとイワナよりの魚なのかも。塩焼きにすると美味しい。警戒心が強い魚で釣るためにはそれなりの熟練がいり、味も美味しいので釣り人に人気の魚。
〇ブドウ虫 種別:虫
釣り餌。アテナは、エスカルテの街でミャオの店によった時に彼女から購入していた。ミャオ自体は、この虫を養殖している知人から入手したものらしい。実は、蛾の幼虫で魚の好物。ルシエルにとっての、ステーキみたいなもの。ローザはこの虫を芋虫と呼んだ。
〇タユラスの森 種別:ロケーション
渓流がいくつもある、釣り好きの冒険者の間では有名な釣りスポットの多い森。日中は、木漏れ日が差し込む実にのどかな森。
〇釣り道具
アテナがエスカルテの街にあるミャオの店でそろえたもの。釣り竿に浮き、糸、オモリなどが入っている。




