第152話 『キノコ5種の採取依頼 その3』
陽の光の届かない真っ暗な洞窟の中では、通常灯りがないと前に進むのも危険だ。私は左手に持つ懐中灯で、辺りを照らし出しながらも剣を構えた。
目前にいる人間程の大きさのマイコニッドが、怪しく笑う。その重そうな身体で一歩一歩、こちらに近づいてくる。ドワーフが叫ぶ。
「気を付けろ!! マイコニッドは、毒の胞子を散布するんじゃ! それを吸い込んじまうと、儂やそこに転がっているエルフみたいになっちまうぞ!」
毒を散布する魔物。ちょっと厄介な相手だな――――
「なるほど。……要は胞子を吸い込まなければいいのね?」
「そうじゃ!! 逆に言えば吸い込むというか、体内に入れなければ毒には侵されない」
毒攻撃は、魔物によっては触れるだけでも毒に侵されるものもある。そう思うと、毒の胞子を散布してくるマイコニッドは、まだいくらかは戦い易い相手かもしれない。私は、大きく息を吸い込むと剣を構えて目前に迫る大型のマイコニッドへ突貫した。
ヌハアアアアアアア!!
接近するとマイコニッドは、思いっきり頬を膨らませ、口から胞子を吐き出してきた。黄緑色の霧のようなものが辺りに散布され空気中に漂う。
この胞子は、絶対に吸ってはいけない!!
私は息をしっかり止めて、マイコニッドに斬りかかった。
グオオオオオン!!
あれ? 大きいから警戒したけど、弱い? マイコニッドは、私の振った剣であっさりと真っ二つになった。
そこから前転し、再び距離を取る。散布された胞子の外へ飛び出て呼吸を整えた。
「はあ……はあ……ぜんぜん、大した事がなかったけど……呼吸ができないのがちょっとね」
私の場合は、簡単に斬り倒せた。でもルシエルの場合は、この魔物が毒をまき散らすなどの情報は知らなかったんだもんね。それを考えると、やられてしまったのも納得はできる。
「まだ他にもいるぞ、油断するな! 危ないっ!! 避けるんだ!!」
――――氷の矢が私目がけて、宙を飛んできた。ドワーフの声のお陰で、難なく避ける事ができた。
「まだ別の魔物がいるの? しかも氷属性魔法⁉」
「ああ、同じキノコ型の魔物だが魔法を使う奴がいる。マジカルコニッドって魔物だ!」
倒した大型のマイコニッドの後方に、そのマジカルコニッドらしきキノコ型の魔物を見つけた。3匹もいる。その魔物達は、再びこちらに魔法攻撃しようと、手を翳したので再び魔物目がけて突っ込んだ。
氷の矢が再び発射されたが、その全てを剣で払い落とした。この魔法はウィザードなんかもよく使用するポピュラーな魔法、『氷矢』。マジカルコニッドは、氷属性魔法を得意とするのだろうか?
グエエエエエエ!!
やはり耐久力は無い魔物だ。接近して剣で斬りつけると、簡単にその身体を切り裂く事ができた。あっという間に3匹全てを斬り倒した。
でもまだこの辺りには、他にも魔物の気配がしている。周囲を確認すると、手に乗りそうな位の小さなマイコニッドがその辺を走り回ったり、岩の上でぼーーっとしてマイコニッドがいる。残っているキノコの魔物は、特に刺激しなければ大丈夫そうね。
「大丈夫? ルシエル? 回復魔法が効けばいいけど……《癒しの回復魔法》!!」
生憎、解毒魔法を私は使えない。回復魔法の『癒しの回復魔法』でも、少しは毒に効果があればいいんだけど。
「やめろ、無駄じゃ。解毒魔法じゃないと、マイコニッドの毒を浄化できないだろう」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「うう……吐きそうだし、身体もなんだか痺れているような感じがする……あれ? アテナ……助けに来てくれたんだ」
ルシエルが、気が付いたようだ。ちょっと『癒しの回復魔法』の効果はあったのかもしれない。でも解毒しないとドワーフが言うように、根本的な解決にはならない。
私は何か使える物がないか、ザックの中を漁った。薬草が少しある。クラインベルト王国を旅していた頃は、森や草原もあって至る所で色々な種類の薬草が採取できたんだけどな。ガンロック王国から、そういう薬草が自生するような所は殆どなくて、これだけになっちゃった。
あ! そう言えば……ミューリとファムから購入した、回復効果のあるキノコで生成したポーションというのがあった。これは、だめなのだろうか? 手に取り見つめると、ドワーフが言った。
「それは、あれか。ミューリとファムという姉妹が販売していた……キノコで生成したポーションか?」
「え? なんで知っているの?」
「知り合いなんじゃよ!! ミューリとファムは、儂の知り合いじゃ! っていうか、そんな話はあとじゃ!! そのキノコポーションは、解毒作用がある。それをそのエルフに使ってやれ! それと、予備があるならすまんが儂にも1本譲ってくれ!」
私はロックブレイクでミューリから購入したキノコポーションを1本、ドワーフに手渡すと、もう一本取り出してルシエルに飲ませた。すると、ルシエルの青かった顔はみるみる本来の肌の色へと戻っていった。
「助かったぜ。ありがとー、アテナ」
「まったくもー、もうちょっと気を付けないとー」
ルシエルは、もうすっかり大丈夫のようだ。マイコニッドの毒に侵されていただけだから、その毒を解毒できれば復活するのは当たり前かもしれないけど。ドワーフも回復したみたいで、立ち上がるとその場に落としていた自分のウォーハンマーとザックを掴み上げた。
「すまんな! 感謝する! 儂の名前は、ギブンだ。ドワーフの冒険者だ」
「私も冒険者。アテナよ」
「同じく、ルシエルだ」
私とルシエルは、助けたドワーフのギブンと握手を交わした。
「じゃあ、脱出するか」
「そうね。上で、ルキアやミューリが心配していると思うしね」
「ちょ……ちょっと待ってくれ!」
ギブンはそういって、そこら辺に生えるキノコから赤いキノコを探して採取した。
「それは?」
「いや……実は儂はある特殊なキノコを探しにきていてな。それでこのキノコ、レッドマッシュを見つけたはいいが、マイコニッドに襲われ不覚をとってしまった訳だ。すぐに採取し終わるから、ちょっとだけ待っていてくれ!」
レッドマッシュ? 確かそれ、ミューリとファムの依頼で今探している5種のキノコのうちの1種だよね。
「ルシエル! ギブンが探しているキノコ、私達が探しているキノコのひとつだよ」
「おおーー!! じゃあ、願ったりじゃねーか。オレ達も採取してから、上に戻ろう」
私はその辺にまだいるマイコニッドを刺激しないように注意して採取に取り掛かり、ルシエルにもそうするように強く言った。そして、私達がミューリとファムからキノコ採取の依頼を受けているという事をギブンに話した。するとギブンは、レッドマッシュを見せてくれたので、それと同様の物を探して採取した。
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〚下記備考欄
〇ギブン 種別:ドワーフ
ノクタームエルドを中心に活動する冒険者で、ミューリやファムとは顔なじみのよう。ウォーハンマーを武器として持っている。白く長い髭が、よりドワーフっぽさをかもしだしている。ギブンもどうやら、アテナと同じ種類のキノコを集めているようだ。
〇マジカルコニッド 種別:魔物
キノコの魔物、マイコニッドの上位種。毒の胞子を散布するうえに、黒魔法を唱える。しかも攻撃的な性格をしている。キノコだけど、焼いても食べられない。
〇氷矢 種別:黒魔法
下位の、氷属性魔法。氷の矢を生成し、目標へ飛ばして射抜く。でも、氷の矢というよりは見た目的には、つららに近い。
〇癒しの回復魔法 種別:神聖系魔法
黒魔法とは異なり、怪我など癒すことができる魔法。クレリックやプリースト、シスターなどの聖職者が一般的には使用できる。




