第15話 『マンティコア討伐依頼 その2』 (▼バーンpart)
――――俺達は、マンティコアと対峙していた。いきなりピンチに追い込まれているといった感じだ。このままでは、アテナが危ない。ここで見ていろと言われたが、手を出すしかない。
マンティコアの口から高熱ブレスが放たれる前に、この大剣をマンティコア目がけて投げて仕留めてしまおうとした。俺の腕力なら、このデカい剣も投げられる。それしか、高熱ブレスを止めてアテナを救う手立てがないと思った。
「避けろおおおおお!! 俺が仕留める!! くっそがああ!! 間に合ってくれ――――ぬおおおおおお!!!!」
大剣を投げる為に振りかぶった。刹那、アテナはこちらを振り向く。そして、笑みを浮かべてウインクした。
なんだと⁉ 手を出すなという事か? しかも目前に激昂したマンティコアがいるっていうのに、なんて余裕をかましているんだ。正気なのか?
アテナの顔を見ると、やはり少し笑みを浮かべている。
…………フッ。まあいい。あんな表情をしているんだ。自信があるのだろう。
兎に角、アテナはマンティコアの攻撃を避ける……もしくは防ぐ術があるという事だ。それなら俺は、邪魔しない方がいい。アテナを助けに行こうとしたルシエルとローザを制した。
「おい!! 離せ!! アテナを助けないと――――」
「まあ、待て! アテナは、大丈夫だ」
言った直後に、マンティコアの口から高熱のブレスが放たれた。アテナに襲い掛かる。――直撃。アテナは、ブレスを真正面から浴びた。
何だ? 避けずにブレスを浴びちまった。大丈夫なんだろうな? 何か手があったんだろ? いや、アテナは絶対に大丈夫だと確信していた。そういう目をしていた。きっと大丈夫なはずだ。
マンティコアがブレスを吐き終わると、青く輝く光のシールドを纏ったアテナが姿を現した。
「マジか……【全方位型魔法防壁】なんて使えたのかよ。剣士って感じだから、魔法が使えるなんて思ってなかったぜ。完全に盲点だったな」
「へっへっへ。びっくりした? でも、ちゃんと大丈夫だからってウインクしてみせたでしょ?」
「はっはっは! 確かにそうだな。大丈夫だろうとは思ったが、魔法を使えるとは、思ってなかったし盾も持たず鎧も着込んでいないから、ブレスが直撃した時は、一瞬ヒヤッとしたぜ」
ルシエルもホッとした様子だし、ローザは腰を抜かしている。一緒にいる仲間だってこれだけ焦ってんだから、この俺が見誤るのも当然だ。驚かしやがって。
まあ、でもなるほどな――――ランクD冒険者でも、マンティコア討伐を全く恐れない理由は理解した。
だが、ギルマスとしての立場があるから、一応は聞いておく。
「アテナ。任せても大丈夫なのか? なんなら、助けに入るが」
アテナは、首を振った。助けはいらない、自分ひとりで倒すそうだ。当初は、仲間と倒すつもりだったろうに…………完全に防いだとはいえ、ブレスを浴びせられた事で闘志の方が熱くなっちまったようだな。
「アテナ! オレに任せろお!!」
飛び出そうとした、ルシエルを捕まえてひょいっと持ち上げた。足をバタバタして、抜け出そうとして藻掻いている。
「何をする⁉ 離せ! 離すんだ!」
「まあまあまあ、待てって。アテナが独りでやりたくなったようだから、今回は譲ってやれよ。仲間だろ? な?」
仲間という言葉を聞いて、ルシエルの長く尖った耳はピクリと動き大人しくなった。
「ああ、仲間だ」
「じゃあ、察してやれよ。ここで応援して、アテナの活躍を見ていようぜ」
こういうのを見ると、ギルマスなんていっそ辞めちまって、俺もまた誰か仲間を探して、パーティー組んで冒険者がやりたくなる。
……っと、そんな事より――――アテナがマンティコアに攻撃を仕掛けた。
「はああああ!!」
アテナは、剣を構えて突っ込んだ。マンティコアが再びブレスを吐こうとしたが、狙いを絞らせない。アテナは、跳ぶようにサイドへも素早く動いて相手を翻弄させながら距離を詰める。
近距離にまで迫る。マンティコアが腕を大きく振りかぶり、その鋭い爪でアテナを攻撃する。――が、瞬時に避けてマンティコアの顔の下へ移動。もう一振りの剣を抜いて二刀流の状態で攻撃の的を喉に絞る。
「ほう。二刀流か。もしかして、こっちがアテナの本気モードといったところか」
マンティコアが、もう一方の腕を振り上げてアテナを引き裂こうとしたが、振り上げた所でアテナの方が先に踏み込む。マンティコアの喉を二本の剣で何十回も突いた。
流石のマンティコアもこの攻撃には耐えられず、血を吐いてその場にドスンっと崩れ落ちた。
「アテナーーーー!! やったな! アテナ!!」
ルシエルは大興奮し、ローザはアテナの圧倒的な戦闘技術に見惚れている。
「見事としか言いようがねえな! とんでもねー腕だ」
褒めるとアテナは、頭を摩りながら「えへへ」と笑ってみせた。こんな華奢な身体なのに、凄まじい身のこなしと剣の速さ。魔法も使える…………おまけに、実は二刀流の使い手だったなんてな。もはや、普通の冒険者じゃねえぞ、こいつ。
武器もかなりいいもんだ。確か昔何処かで見た記憶がある。……『ツインブレイド』。あの剣は、二振りで1セットだったはずだ。…………この仕事をやっていると、武器も山ほど見るからいったい何処であの剣を見たんだったかは思い出せんが――――兎に角、その辺の一冒険者が持っている武器じゃねえ。
「お嬢さ――――いや、アテナ。マンティコアの討伐、ご苦労だった。しっかりと、その力量がおまえ達にあるというのは見届けた。今後、エスカルテの冒険者ギルドでの依頼は、特に制限は無しという事でおまえ達に回してやろう」
「うそ? やったーーーー。ありがとう!! バーンさん!」
「良かったねー、アテナー」
アテナとローザが、手を取り合いながら飛び跳ねて喜んでいる。若いってのは、いいねえ。ルシエルは、まだ俺が抱きかかえたままなので喜ぶ事よりも先に抜け出そうと必死に藻掻いている。可愛い奴め。マンティコアとの決着はついたが、暫くは離さんぞ。こんなベっぴんのハイエルフを抱きしめられるなんてなかなかないからな。
「おい! 離せ! 離せよ! もういいだろ?」
「えー? もうちょっといいだろ?」
「離してくれーー!! おい、アテナ! ローザ! 助けてくれ! この、おっさん物凄い力だ!!」
ルシエルが脱出しようとバタバタ藻掻いている様子を見て、アテナとローザが腹を抱えて爆笑する。
「あはははは。バーンさん、いつまでルシエルを抱っこしてるの? もう、そろそろ離してあげてよ」
「嫌だ! 嫌に決まっているだろう。こいつは、持って帰る」
それを聞いてぐったりするルシエル。そろそろ勘弁してやるか、ずっと抱っこしていたいけどな。ワハハと笑い、冗談だと言ってルシエルは解放してやった。ルシエルは、自由になるとすぐさま走ってアテナの後ろに隠れた。嫌なら抱っこされていても、両手は自由なんだから俺の顔を殴ってでも脱出すればいいのにな。
冒険者ギルドで初めて会った時から、只者ではないような感じがして見極める為にも同行したが…………
俺は、いつの間にやらこのお嬢さん達の事を、凄く気に入ってしまっているようだ。
「アテナ……おまえは、何者なんだ? その異常なまでの強さ……何処かで剣を習ったんだろ? 誰に教わった?」
アテナは、人差し指を口につけて言った。
「個人情報なので、秘密です。仲間にもまだ話していないのに、答えられませーん」
まだ……ね。なるほど。
「確かに、答える必要がないと言われればないな。だが、冒険者ギルド登録者としては、登録内容に嘘偽りがあった場合は登録解除になるぞ」
アテナは、うんうんと平静を装っている。っが、心が波立っているようだ。こう見えても、ギルドマスターだからな。そういうのは、解る。
……なるほど、ギルド側としてはあれだが個人的には気に入ってしまったのも事実だしな。この件は、特に今は触れないでいるかな。
「まあ、解った。答えなくていい。じゃあ、別の質問なんだが、その持っている剣――――ツインブレイドだろう? 名剣のはずだ。何処で、手に入れた?」
「お父さんから、もらったものなの。盗んだものじゃないから、もういいでしょ」
困っているな。これ以上、自分の事は話したくないし話すつもりもないようだ。
うーーん。しかし、あんな剣をいくら腕の立つ冒険者だからといっても、普通は持っていない。親父さんから貰ったってのも、どーーもなあ。例えば偉大な剣の師匠から譲り受けたとか、ハイレベルなダンジョンで見つけたとか、伝説の魔物から手に入れたとかそういうエピソードがあって証明できれば多少は真実味があるが。…………犯罪性は無いとは思うが、何処で手に入れたかは、やはり気にはなる。
すると、ローザが俺の袖を引っ張ってきた。
「クラインベルト王国騎士団団長が、保証する。アテナは、ちゃんとした冒険者だ。問題はない。もともと今回は、本当にマンティコアを倒せるかどうかの話だったろう。立場も解るが、詮索はこの辺にしておくのだな」
「はっはっは! 確かに、その通りだわな。すまん、これ以上は野暮だった。王国騎士団団長を怒らせても、怖いからな。詮索はここまでにしよう」
アテナは、アハハハと笑って申し訳なさそうにしていた。
マンティコアは、かなりの重量があるので、あとでギルドに連絡して運びに来させることにした。そして、報酬の金貨9枚は、俺がもう持ってきていたので、特別にこの場で報酬を渡して依頼完了とした。
「あれ、報酬は金貨8枚じゃなかったっけ?」
「3人いるんだから、9の方が山分けしやすいだろ? 今回は、サービスだ。ルシエルも、随分の間……堪能……抱きしめさせてもらったしな」
アテナとローザは、それを聞いて目を丸くした後飛び跳ねて喜んだ。金貨1枚は大金だからな。ルシエルは、アテナの後ろに隠れている。
「金貨1枚サービスって凄い! でも、確かにこれなら1人3枚ずつで分けられる。ありがとう、ギルマスからのご厚意、遠慮なく受け取らせて頂きますね」
ルシエルは、初めて稼いだ金貨3枚を何度も確認しては、大事にしまって……っていうのを繰り返している。よほど嬉しいのだろう。
現地解散――――俺は、とびっきり勇敢なお嬢さん方に手を振って見送った。報酬も受け取ったアテナ達は、これから夜に備えて何処かでキャンプをするそうだ。宿に泊まるなら宿代も出してやるぞって言ったが、どうやら3人ともキャンプするのが大好きだそうだ。本当に変わったやつらだ。
………………
マンティコアを運ぶのに、一度街に帰ってギルドのやつらを連れてこなきゃならないんだが、それがなければもうちょっとアテナ達に同行したかったな。
色々気になっている事は別としても、3人ともかなり可愛かったからな…………なんて考えながら、我慢していた煙草を取り出して、口に咥えて火を付けた。
煙草をひと吸いして、煙を吐き出す。
…………ふーーー
「キャンプ好きの冒険者か…………んっ……そういや、ランクSSで伝説級の冒険者なのに、自分はキャンパーだって言い張っていた変なキャンプ大好き冒険者がいたな……まてよ……確かそいつも二刀流だった記憶があるぞ。…………そうだ。ヘリオス――――ヘリオス・フリートって名前の老練な冒険者だ」
煙草を吸って灰になった部分が、ぽろっと地面に落ちた。
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〚下記備考欄〛
〇バーン・グラッド 種別:ヒューム
エスカルテの街の冒険者ギルド、ギルドマスター。自分も同行するという条件でアテナ達がマンティコア討伐依頼という高額報酬の仕事を受注する事を許可した。大きな身体で筋肉モリモリの腕から繰り出される大剣の一撃は強力。ギルドマスターは、冒険者ギルドの中でも地位は高く今回みたいにいっかいの冒険者に同行して一緒に依頼をこなす事など普通にはない。トロルをも、簡単に倒す彼の強さをアテナは見て、Sランク冒険者ではないかと予測。
〇アテナ 種別:ヒューム
Dランク冒険者で、物語の主人公。キャンプが趣味で、今は薬草を使用したお茶作りもマイブーム。ギゼーフォの森で知り合ったルシエルと、エスカルテの街で知り合ったローザとパーティーを組む。金貨8枚と言う高額報酬を狙ってエスカルテの冒険者ギルドにてマンティコア討伐に挑む。帯刀している二振りの剣を二刀流として使用し、マンティコアを討ち取った。斬り込む剣速は、剣術に長けているローザも驚く程。
〇ルシエル・アルディノア 種別:ハイエルフ
Fランクの冒険者なりたてのホヤホヤで、クラスは【アーチャー】。精霊魔法も使える。外見は少女だが、実は114歳。長い髪の金髪美少女エルフだけど、黙っていればという条件付き。一人称は、「オレ」。とても立派な弓を所持しており、ナイフ捌きに関してもなかなかの腕を持つ。ギゼーフォの森でアテナと知り合い、それからはエスカルテの街で正式に仲間としてパーティーを組む。マンティコア討伐後、報酬を受け取れば色々と美味しいものを買い食いできるのではと思いを巡らせている。
〇ローザ・ディフェイン 種族:ヒューム
クラインベルト王国、王国騎士団の団長。現在はアテナが自家製の薬茶を売る為に立ち寄ったエスカルテの街の治安維持の任務についているが、アテナと出会った事により任務を副長のドリスコに放り投げてアテナについて行った。外見は赤い髪のショートヘアで凛々しい感じ。20匹程度のゴブリン相手なら、一人で倒せる程の剣術の持ち主。アテナとパーティーを組んでマンティコア討伐に乗り出したが、冒険者ではない。
〇ヘリオス・フリート 種別:???
冒険者なのに、自分の事をアテナと同じくキャンパーと名乗っていた。SSランクの伝説級冒険者。これもアテナと同じく、二刀流使いだったようだ。アテナと何か繋がりが……?
〇マンティコア 種別:魔物
大きな獅子の身体を持ち、鬼のような頭を持つ。牙や爪もも大きくて、その一撃で冒険者の命を簡単に奪う。噛みつくと、肉を引き裂き骨をかみ砕く。獰猛な魔物で、森や遺跡などのダンジョンに生息している。口からは、鉄をも溶かす高熱のブレスを吐く。通常のマンティコアよりも凶暴であったが、アテナの剣術の前にやられた。
〇全方位型魔法防壁 種別:防御系魔法
強力な防御系上位魔法。自分の周囲にドーム状(実は球体)の光の幕を張り、物理攻撃や炎や冷気などの攻撃も防ぐ。とても強固な防御魔法で、なんとアテナは瞬時にこの魔法を発動できる。
〇ツインブレイド 種別:武器
アテナの持つ、二振りの特別な剣。斬れ味も抜群で、物理攻撃が有効でない魔族系のレッサーデーモンをも、一刀で斬り殺すことができる。アテナは、この剣を二刀流として使用する。




