第149話 『ロックブレイク その3』
ノクタームエルドに突入する前に、ロッキーズポイントでモルトさんから購入した腕時計の重要性が、時を重ねるごとにひしひしと思い知らされた。
洞窟内にずっといると、本当に時計でもないと今が朝なのか夜なのかも解らない。懐中灯もそうだけど、モルトさんと再会できた事は、私達にとって本当に幸運だった。
私達の現在のランクを親切に教えてくれた冒険者ギルド関係者のラコライさんは、「君達に頼みたい依頼がいくつかあるから、良かったらまた後で俺の所へ受注しに来てくれ」と言っていた。
時計を確認すると、18時を回っていた。私達は早速手に入れた、薪茸を使って焚火をしてみた。着火の際に、一応予め持ってきていた着火剤になる乾いたスギの葉を使用してみたが、薪茸はすぐに火に包まれ燃え始めた。しかもなかなか火持ちもする。こんなキノコが世界に存在しているなんて、本当に世界は不思議で溢れている。
「石を並べたから、ルシエルは網を乗せてくれる?」
「ほーい」
「次にルキアは、あのイエロースマッシュにこのタレを薄く塗って、網にのせて焼いてくれるかな?」
「はい。解りました」
「……!! おい! アテナ! 今なんて言った?」
ルシエルが急に何かに反応した。
「え? なにが?」
「言ったろ? この今ルキアが焼いている黄色いキノコの名前だよ! 何て言ったか、もう一度言ってみてくれよ! なあ、頼むよ、重要な事なんだ!!」
「やっ! 言わない!!」
「頼むよーー!! 後生じゃあああ! 一回でいいから、もう一度言ってくれよー!」
あまりに、ルシエルがしつこいのでもう一度だけ、のってあげる事にした。
私は立ち上がり、ルシエルの方を向いてファイティングポーズをとった。そこから、軽くジャブ……そしてジャブ、ワンツーと素振りでパンチを華麗に打ったあとにその場で一回転して、掛け声と共にエルボーで空を斬った。
「イエロースマーーッシュ!!」
…………
…………え? 反応が返ってこないんだけど?
恐る恐るルキアを見ると、目が点になっている。その後ろでカルビは、眠ってしまっている。……ルシエルは?
ルシエルの方を見ると、ルシエルも同じようにファイティングポーズをとっていて、その手には黄色にキノコが握られていた。
「ヘイヘイヘーーイ!! こいつを喰らいな!! このオレが飛び切り美味しく焼いてやるぜ!! イエローーースマッシューーー!!!!」
周囲でどっと笑い声が沸いた。私達の周りでテントを張っている人達に注目されて見られていたみたい。っもう!! 恥ずか死ぬーー!!
「ヘイヘーーイ!! これがとどめだ!! イエローースマーー……」
調子に乗って悪ノリを続けるルシエルの腕と襟首をつかんで、背負い投げた。地面に叩きつけられたルシエルは、その衝撃に声をあげたが握っている黄色いキノコは決して離さなかった。周囲の人の笑い声。
クスクスクス……
「もう、ルシエルはーー!! 恥ずかしいーーなーーもう!! さあ、遊んでないで晩御飯作るよーー」
「わ……私は遊んでないですよ!」
大きな黄色いキノコ、イエロースマッシュを食べやすい大きさにカットして、タレを塗りながら網に丁寧に並べていく作業をするルキア。そんなルキアの頭を撫でると、私も食器を準備し始めた。
うーーん。そう言えば、食材がキノコだけだった。ザックには、干し肉とかあるけれど欲を言えばもう少し気の利いたものが欲しい。…………しょうがないか。
「ルキア、食材がキノコだけって流石に寂しいから、ちょっと他に何か売ってないか見てくるね」
「え? あっ……はい!」
ルキアが返事したその時だった。私達のキャンプに、色々なキノコを売っていたあのマッシュヘアの女の子がやってきた。緑色の髪の子もいる。
「どーーもーー。何かさっき、そっちの転がっているエルフの女の子がイエロースマーーッシュっとか言っているのが聞こえてさ。それで爆笑しちゃったんだけどさー。楽しそうだから、来ちゃった」
「聞こえてたんだ? ごめんね、うるさくて」
やっぱり、あんな大騒ぎしてたら聞こえるよね。声が響いているよね。だってここ、洞窟だもんね。恥ずかしいよ、ホントに!
「いやーー、いいんじゃないかな。この辺の人達、皆それ聞いてウケてたみたいだしね。お姉さん達、メチャクチャ美人だし、子猫ちゃんは可愛いし、不快に思う人なんていないんじゃないかな? 少なくとも僕と、ファムはそう思ているし」
ルキアは、先に言った
「ファムって?」
「そうだった、紹介がまだだったね。ファムは、この緑色の髪の子だよ。僕の妹だ。そして僕の名前はミューリ。よろしくね」
「私はアテナ、この子がルキアで、あそこでキノコを握って転がっているエルフがルシエル。テントで寝ているウルフがカルビよ」
自己紹介をすると、ミューリが大きな袋を目の前に置いてみせた。カルビの鼻がスンスンしている。何だろう。これは何か聞こうとしたら、ファムが袋の中から美味しそうな肉のブロックを取り出した。
「お肉――!!」
「お、美味しそうなお肉のブロックですね!」
肉という言葉に反応して、ルシエルが復活した。
「フッフッフ。美味しそうでしょ? 見た所、アテナ達はこれから晩御飯のようだし食材も僕たちから購入したキノコしかないようだ。良かったら、楽しいお喋りでもしながらこのブラックバイソンの肉、焼き肉でも一緒にしないか?」
ブラックバイソンの肉で焼肉ですとーー!!
ルシエルがこっちへ戻ってきた。
「アテナ!! 肉のニオイがするんだけど!! ものっそいするんだけど!!」
「ちょっとお喋りでもしながらって所が、何の話をするのか気にはなるけれど、焼き肉は食べたいし、うーん誘惑には勝てない。いいわ! 一緒にご飯しましょう!!」
私はミューリとファムと握手を交わした。
二人が焚火の近くに座ると、ルシエルが早速ナイフを取り出してブラックバイソンの肉を切り分け始めた。
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〚下記備考欄
〇ミューリ・ファニング 種別:ヒューム
赤髪マッシュヘアの女の子。ノクタームエルドを中心に活動する冒険者。だけど、キノコを収穫してポーションなどと共にロックブレイクで売っていた。人懐っこい性格。
〇ファム・ファニング 種別:ヒューム
緑色の髪の女の子。ノクタームエルドを中心に活動する冒険者。ミューリの妹。口数が少なく大人しいように見られがちだが、意外と博識で興味のある事にはものっそい喋り出す。
〇ブラックバイソン 種別:魔物
黒い牛の魔物。主な生息地は、草原地帯や荒野。黒い身体に少し、黒い毛が生えている。頭に大きな角があり、追いつけられると突進して襲い来る。追い詰められなくても、興奮している時には人を襲う。だけど、その肉は物凄く美味しくて商人達や商人ギルドでも高値で取引されている。一番親しまれている食べ方は、焼き肉やステーキ。




