第144話 『墓に刻まれた名』
村長の屋敷は、大きな炎に包まれて燃え上がった。近くにいるのは危険なので、村に設置されてある井戸の辺りに移動し、なりゆきを眺めた。
リアにカルミア村の住民台帳を手渡して、そこに並んでいるリストの名前を確認してもらった。
「どう? リア? 何か気になる所はあった?」
「はい……ちょっと待ってください」
この村に、エスカルテとリオリヨンの街の冒険者ギルドの者達がやってきて、賊に殺められた村人達の埋葬をした。だから、村の奥にある高台には、その冒険者ギルドの者達が造ったお墓が並んでいる。
村に着くなり、リアはそこで家族のお墓を探した。すると、おかしな事に気づいた。リアの両親の墓は見つけることができたけど、リアのお姉さん……ルキアの墓がなかったのだ。友達の墓も…………
テトラが首を傾げている。
「どういう事でしょうか? もしかしてこれって、ルキアちゃんは生きているかもしれないって事ですかね?」
リアがテトラのその言葉を聞いて、はっとする。セシリアが答えた。
「解らない。まだ、それは憶測でしかないのだから。希望を持つ事はいいかもしれないけれど、それに裏切られる事だってあるのだから、それはちゃんと理解しておいてね。リア」
リアは、頷いた。
「セシリアは、この事に気づいていたんですか?」
「ええ。この村に来てすぐにお墓を見に行った時に、いくつか気になる所はあったわ」
「いくつかですか⁉ そそそ……それってなんなんですか?」
テトラが狐の耳をピクピクさせながら、息がかかる位の距離に顔を近づけてきたので、ちょっと押した。
「あう……」
「まず一つは、お墓に刻まれたリアの家族の名前。実際、亡くなったというリアの家族のお墓はあるのかどうか? リアの話を聞いてなかった訳ではないのだけれど、折角カルミア村までやって来たのだから、確認はしておきたかった。結果、両親のお墓はあったけれども、お姉さん……ルキアの名前はなかったわ。そうよね、リア?」
「はい。そうです。何回も見て回りましたがありませんでした」
「あくまでも推測でしかないから、これまで話そうかかなり迷ったのだけれど……」
リアは、真剣な眼差しで私を見つめた。どちらにしても、もう話すつもりだったがそれでもリアはまだ幼い。それに混乱させるかもしれないので、もう一度確認をしておきたかった。
「私、覚悟はできています! セシリアさんが少しでも、気になっている事があれば何でも聞きたいです!」
「そう。後悔しない?」
リアは、頷いた。テトラはそんなリアをみてハラハラしている。
「そう、じゃあ話すわ。でも、これはまだ私の勝手な推測よ」
「はい」
「奴隷商と盗賊団がこの村を襲撃してきた時の話を、リアはしてくれたでしょ。その時に、もしかしてって思って僅かに引っかかっていた事があったのだけれど、賊はリアの両親の命を、あなたの目の前で奪ったのよね?」
リアにその話をすると、動揺しているのが伝わってくる。目の前で自分の両親を見せしめに殺されたのだ。動揺しない訳がない。つらくない訳がない。だけど、しっかりと私の目を見ている。できれば私の推測が、その通りであればいいと願う。
「はい。そうです。お父さんは、抵抗して……それでお母さんと一緒に見せしめとして殺されました」
「リアは、以前にお姉さんも殺されたって言っていたわよね」
「はい。賊は、私とお姉ちゃんの目の前で私の両親の命を奪いました。そして、私たちは泣き叫びました。すると賊の一人が、お姉ちゃんを何処かへ連れてって……お姉ちゃんの泣き叫び声がどんどん遠ざかっていきました。暫くしてから、お姉ちゃんの声が聞こえなくなって、それからお姉ちゃんを連れていった賊の男が戻ってきて、私に殺したと言いました」
「そう…………その賊は、それであなたに大人しくしないと、でないとおまえも姉のようになる……って言ったんじゃないかしら?」
リアは、驚いた顔をして頷いた。テトラも驚いている。私とリアの顔を交互に見て、何か口を挟もうとしたので、その口を塞いだ。
「如何にもっていう、定番なやり口ね……」
「え?」
「そういう奴らの定番なやり口。そう言った賊の常套手段があるのよ。希望を奪って、おとなしくさせる為にそういう嘘を吹き込む」
「え? それじゃあお姉ちゃんは!!」
「あくまでも可能性があるって話だから、それはちゃんと理解しなきゃだめよ。でも両親の惨い姿をわざわざ見せつけておいて、お姉さんの場合は見せないっていうのもかなり変だわ。お姉さんがもしかしたら、生きているかもしれないって事にかけては、希望を持ってもいいかもしれない」
「本当にそうだとしたら、私…………お姉ちゃんに会いたいです!」
「何度も言うけれど最悪の場合だってあるわ。だから覚悟はしておいて。でも、生きているかもしれないという希望も持って欲しいの。覚悟もしてって言っておいて、矛盾しているかもしれないけれど、お姉さんが無事でいるっていう思いも、きっと大切なものなのだから」
深く頷くリア。その隣で、私に口を塞がれていたテトラが、私の手を振り払って言った。
「ななな……なんでそんな事まで解っちゃうんですか⁉ もしかして、セシリアは王国メイドになる前は、盗賊団の一員だったとかですか⁉」
ムカッ!
再び興奮しながら顔を近づけてきた、テトラのその豊満な胸を平手で勢いよくぶった。テトラの悲鳴。そして、とんでもない弾力。私のものとは、比べ物にならない程のその大きさを見せつけられているかのようで、余計に腹が立った。
「そんな訳ないでしょ!」
「痛いっ! うううーー。なんか最近、セシリア……ちょっと私に乱暴じゃないですかー?」
リアが笑った。それを見て、私も口元が緩む。
「それともう一つ、お墓の数。村長の館で入手した住民台帳を私も確認したのだけれど、殺されてしまったと思われる住民と、そのお墓の数が会わないわ。30人分は足りない」
「それは……いくらなんでも、多すぎますね」
「そう、多すぎるわ。それに、奴隷を手に入れる為に一つの村を襲ったみたいだけれど、その収穫がリア一人っていうのも、ちょっと考えられないわ。間違えなくリア以外にも、奴隷として連れて行かれている者がいると思っていいと思う」
「確かに言われてみれば、私の友達の名前や他の知っている人も、何人かお墓が見当たりませんでした」
「お墓は、私も一通り見て回ったのだけれど、その全てに名前が刻まれている。それも気になったわ。埋葬しにやってきた冒険者ギルドの人達が、殺された村人全ての顔と名前を把握しているというのであれば、納得もできるけれど…………」
テトラの顔が急に強張る。村の外の辺りを見回している。
「何かあった? テトラ」
「セシリア。リア。何者か解りませんが、村の外に広がる森に何人かの人影が見えました! どうしましょう、一旦逃げますか?」
「そうね。賊かもしれないけれど、私の考えだとこの村の人達って可能性もあるわ。村が襲撃された時に、何人か森に逃げ込んで助かった人達がいるのだとすれば、お墓の事も含めて合点がいくわ。お墓に亡くなった人達の名前を刻んだ人の正体が解るかもしれない」
リアの顔が明るくなった。
「だけど、万一の事も考えて用心はしておくべきね。テトラが言うように賊の可能性もあるから、一旦隠れて様子をみましょう」
「はい! 解りました!」
「セシリア! リア! こっちです!」
私達はテトラが指した家の中に駆け込むと、2階へあがって隠れた。窓から外を覗くと、森から何人かが現れてこちらへ向かってきているのが見えた。
「どうやら、私達が村にいる事は完全に気づかれているようね」
すぐ隣でテトラがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
森から迫る者達――――その手には、全員武器を持っている。遠目にも、それは見て解った。
…………あれは、生き残った村人か。それとも賊か。




