第142話 『カルミア村のあれから……』
キャンプに戻ると、セシリアはすでに起きており、焚火の前で眠そうな目を擦りながら紅茶を飲んでいた。そして、下着姿の状態でメイド服を小脇に抱え、背中に槍を2本背負っている私の姿を見て、その飲んでいた紅茶を噴き出した。ひっくり返って爆笑するセシリア。私はテントから毛布を持ち出すと、それを羽織った。
魚を焼いて朝食をとる。服も完全に乾いたので、ようやく着る事ができた。そして、テントを畳むと再びカルミア村へ向けて出発した。
「プ……フッフッフ!」
「ななな……なんですか?」
「……いえ、なんでもないわ。……っぷ」
「…………」
あれから…………あれからというのは、私が下着姿で魚を獲ってキャンプへ帰って来たのをセシリアが目の当たりにして、紅茶を噴き出した時からだけど…………それからずっと私の事をチラチラ見ては今さっきみたいに、口を塞いで笑いを我慢している様子を見せてくる。
「だだだ……だって、服を脱いで泳がないと濡れちゃうじゃないですか!」
「え? そうね。その通りだと思うわ。……ブフフ」
「うえーーーん! もう! セシリアーー!」
「ちょっと、触らないでもらえるかしら。下着姿がうつるから…………ブフフフフー」
「もう! なんなんですか、それー! 意味が解りませんよー!」
「やめて頂戴、テトラ! 離れて! あなた、体温が凄く高いからなのか、近くに寄られるだけで凄く暑いわ」
「ううーーーー!! セシリアの意地悪ーー!!」
セシリアがずっと意地悪してくるので、私はセシリアの腕を掴んで離さなかった。歩きにくいけど、カルミア村に着くまでずっとおもちゃにされるのは嫌だし、私だって時には抵抗するんだぞ! ってセシリアにも見せておかないと!
そんな小競り合いをしながらも、歩き続けているとリアが急に走り出した。そして、立ち止まり更に向こう側を指でさす。
「あれです! あれが、カルミア村です! 到着しました!」
「あれがカルミア村。リアが住んでいた村ですね」
「ここは一度、奴隷商と繋がる盗賊団に襲われている場所だから、警戒はしておいた方がいいわ」
「それは、その賊と遭遇する可能性があるという事ですか?」
「そうね。可能性は零ではないわ。だって、その賊は一度、ここを襲撃しているのだから。他の平和な村より比べても、可能性は極めて高いんじゃないかしら」
リアが俯いた。それに気づいたセシリアが、リアの肩に手を優しく置いた。
「お父さんやお母さん、お姉さんに村の人達。再びあなたがこの村を訪れるという事は、酷く辛い悲惨な過去を思い出す事になるかもしれない。だけど再び他の村で、賊に同じような事をさせないようにする為の、調査はできるはずよ」
「はい。でも、私の思いはそれだけじゃないんです」
「……それだけとは?」
「ルーニ様にもお話ししましたが、あの日この村にやってきた賊は、村の皆や私の家族の命を奪いました。でも、あの日。賊のやって来た日、皆必死になって逃げ惑っていたんです」
「もしかしたら、生き残っている人達がいるかもしれない。そういう事ね」
「はい。もしかしたら、無事に逃げ延びて、私みたいに助かっている人がいるかもしれない。少しでもそういう望みがあるのなら、私はそれに縋りたい…………」
「セシリア……」
「確かにそうね。村人達全ての亡骸を確認した訳ではないのだから、全員殺されてしまったと決めつけるのは、早計かもしれない」
トゥターン砦で、ルーニ様やリアを救出した時に、他にも奴隷として売り飛ばされそうになっていた人達がいて助けた。話を聞くと、このカルミア村以外の村の者で、そういった人里離れた村がいくつも奴隷商や盗賊団によって襲撃されていた事が解った。そして、その盗賊団の名前も。
盗賊団は、『闇夜の群狼』と言って、ギルド関係者や盗賊団なら名前位は必ず知っていると言われている、超巨大犯罪組織だった。その盗賊団の規模は、このヨルメニア大陸最大だという。
私とセシリアは思った。この組織が奴隷商などの商売に根をはり、様々な犯罪に手を染め続けている限り、平和は決して訪れない。組織自体を潰さないと、リアやこの村の人達が負ったような悲劇はずっと何処かで繰り返される。
……私の生まれ育ったフォクス村もドルガンド帝国の軍事侵攻で、悲惨な目にあった。誰かの利益の為に、罪も無いものが酷い目に合うだなんて、そんな事は許されない。許しては、ならない。
だから私は、そんな人を不幸せにするような組織を潰したいと思った。リアとカルミア村に来た事は、その一歩になるかもしれない。このカルミア村をしっかりと調査し、非道の組織の手がかりを少しでも掴みたい。
「では、村へ入りましょうか。一応念の為、リアは私とセシリアから、あまり離れないようにしてください」
「はい、解りました」
ゲートを潜り、カルミア村の中へ入った。すると、リアが走りだした。走っては立ち止まり、指をさしては別の方向へ走り出している。ずっと、住んでいた場所だから村の全てを確認したいのだろうと思った。
私とセシリアも村を歩いて、何か変わった事が無いか調べて回った。
村人が住んでいたであろう家は、黒くなってボロボロになっていた。半壊した家もある。壁だけが残っている場所もあった。そういえば、村は賊に焼かれたと言っていた。火を付けられたんだ。……なんてひどい事をするんだろう。
更に村の奥の方へ行くと、高台になっている場所があり、そこにいくつもの墓が造られていた。リアはそれを見るなり、そこへ一目散に走り出した。そして必死になって墓に刻まれた名前を一つ一つ確認していく。
「いったい誰が、お墓を造ってあげたのでしょうか?」
「エスカルテの街の冒険者ギルドと、リオリヨンの街の冒険者ギルドの人達が合同で、ここへやってきて殺された人達を、埋葬してあげたのよ」
「セシリアは、なぜそんなことを知っているんですか?」
「お城を出る少し前に、『青い薔薇の騎士団』のローザ団長にお会いしたの。それで、立ち話だったのだけれど、色々お伺いしたい事があったから、その旨を伝えたら、教えてくれたの。カルミア村の事もその時に、聞いたのよ」
青い薔薇の騎士団。国王陛下直轄の騎士団で、団長はローザ・ディフェインという人。私達がルーニ様救の際に、トゥターン砦に攻め込んだ時にも助けに来てくれた騎士団。正義の塊みたいな人だった。
全部の墓を確認したリアが、血相をかえた顔で戻って来た。
「何かあったのかしら? リア?」
「何かあったんですか?」
「お父さんとお母さん、近所のおじさんやおばさんのお墓もあったのに……それなのに、お姉ちゃんのお墓が無かった。それに、友達の名前も」
セシリアと顔を見合わせる。
「それは、ちょっとおかしいわね。いいわ。そこから、ちょっと調べてみましょうか?」
セシリアの言葉に、私とリアは返事をした。
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〚下記備考欄
〇ローザ・ディフェイン 種別:ヒューム
クラインベルト王国、国王陛下直轄騎士団『青い薔薇の騎士団』団長。アテナやルシエルとは、親友。もちろん、ミャオとも。
〇ドルガンド帝国 種別:ロケーション
クラインベルト王国よりも北方にある軍事国家。世界征服を目論んでいて、軍事による侵略戦争を始めようとしている。
〇カルミア村 種別:ロケーション
リアが住んでいた村。賊に襲われ、家も焼き払われたり荒らされたりして廃墟のようになってしまっている。賊が来る前は、平和な獣人達の住む村だった。
〇リオリヨンの街 種別:ロケーション
クラインベルト王国で、王都を含めなければ一番栄えている街。栄えている順位をあげると、次にアテナ達の馴染みのあるエスカルテの街の名があがる。




