第136話 『光の矢』
ホワイトヌーに何本もの矢が突き刺さった。だが、痛みに反応するどころか何も感じていないという様子だった。カルビが唸り、飛び掛かる為に身を低くしたのを見て、制した。嫌な予感がするのは勿論の事、得体が知れないからだ。
「ルシエル! ここは、アチキに任せろー!!」
「お、おい! チギー!」
チギーが突撃して、ホワイトヌーの首元に槍を深々と突き刺した。槍を引き抜くと同時に、血が噴き出す。明らかに致命傷の一撃、腹からも内臓が飛び出しているのに倒れる気配は全くない。
「なんだあ⁉ こいつー? こりゃあ、ただ事じゃねーぞ」
「チギー、少し離れろ!」
一旦距離を取ろうとしたチギーに向かって、血に染まったホワイトヌーは角を向けて突進してきた。驚くチギー。一瞬、突き刺されたかと思ったが、チギーは槍を捨てて両手で角を掴んで堪えた。
カルビがチギーを助けにいこうとしたが、「待て!」と言って止める。カルビを、あの得体のしれないものに近づかせてはいけないという直感が過ったからだ。弓を構えて矢を放つ。ホワイトヌーに矢が刺ささったと思った刹那、死角からオレに何かがのしかかって来た。
「なっ!! なんだ!!」
――――ヘルハウンドだった。
ガルウウウウウ!!
仰向けに倒れた所を上にのしかかられ、牙で喉をかみ切ろうとしてくる。吠え続けるカルビに向かって、叫んだ。
「大丈夫だ!! カルビ!! なんとかするから、お前は手を出すな!!」
ナイフを取り出して、上からのしかかってくるヘルハウンドの首に突き刺した。しかしまったく動じない。ホワイトヌーと一緒だ。こいつらいったいどうなってんだ?
チギーは、ホワイトヌーの角をがっちりと掴んで踏ん張っている。そこから、上手に突進を横にそらして再び槍を拾う。――前転。ホワイトヌーの側面を捉えた。
「これでも喰らえ!! 長雨突き――――!!!!」
チギーの連続突きが炸裂した。ホワイトヌーの身体を槍で何度も素早く突いて、穴だらけにする。この攻撃には、不死身とも思われたホワイトヌーもドサリと音を立てて倒れた。
チギーの奮闘を見て、オレも上にのしかかってきているヘルハウンドを、下から思い切り蹴とばした。ヘルハウンドは、ひっくり返ったまま地面に叩きつけられた。
「ルシエル!! アチキ、解ったよ。間違えない、こいつらゾンビだ」
「ゾンビだと?」
「こんだけやって死なないなんて、ありえない。もうこいつらは、はなから死んでいるんだよ!」
「マジか……じゃあ、どうやって死んでいる奴を倒すんだ?」
「ゾンビを倒す為には、再び襲ってこれない位にダメージを与えるか、神聖系の魔法で攻撃とか、聖水をふりかけるしかない」
なるほど。ようやく、理解した。道理でおかしなヘルハウンドだと思った。受け身も取れない訳だ。こいつは、ゾンビになりかけていたんだな。そうだと分かれば、倒す事は造作もない。
ヘルハウンドは、起き上がると牙を剝きだして、オレの方を向いた。オレは、それに対して弓を構える。
「ルシエル! 矢じゃ、そいつは止まらない。アチキに任せろ!!」
「いや、大丈夫だ」
「大丈夫っつったって、矢じゃ無理だし……それに、矢を放つにしても矢を取り出さないと……」
そう、チギーが言ったようにオレは矢を取り出していない。弓だけで構えていた。
「矢ならあるぞ!!」
オレは、片手で弓を構えたまま、もう片方の手を頭上に掲げた。掲げた手に眩いばかりの光が集まる。
「ええええ!! なんだそりゃああ!!」
驚くチギーに笑って見せる。集まった光は、やがて光の矢になった。オレは、その光の矢を構えている弓に添えた。
「魔を貫け!! シャイニングフェアリーアロー!!」
叫んだと同時に矢を放つ。オレの喉笛を狙って、こっちに向けて疾走するヘルハウンドを一撃のもとに撃ち抜いた。ヘルハウンドの身体を光の矢が突き抜けると、貫いた傷穴から光がほとばしり、周囲を照らすと同時にヘルハウンドを灰にした。その瞬間、ヘルハウンドの身体からおぞましくドス黒い闇が流れ出て、消え去ったのを目撃した。
チギーに穴だらけにされても、未だヒクヒクっと動いているホワイトヌーにも光の矢を撃ち込んで浄化した。
「ななな……なんだよ、ルシエル!! いったい、その弓はなんなんだ? 物凄いじゃんか!! お宝か! お宝なのか!」
「アルテミスの弓っていうんだけどな、こういう事ができる」
「うーーん、ルシエルが凄いのか、この弓が凄いのか解らんけど、少なくとも一級品の武器だよね、それ。カッサスの街でレースした時にも、目にして立派な弓だなとは思ってたけど。それ! それ、ほしーなー。ねえねえ、売って? それ売ってよ。言い値で買い取るからさ」
「ヤダ!! そんなの駄目にきまってるだろー」
「ええーー!! いいじゃーーん」
「ダーーーメ!!」
空を見上げると、もう夕方になっていた。
「とりあえず、狩り勝負はまた今度だな。今回はこのくらいにしておいて、ロッキーズポイントへ戻ろう。いくぞ、カルビ! チギー!」
ワンワンッ
結局、狩りに出てはみたものの、獲物を仕留める事はできなかった。残念な結果だったけど、それでも大怪我とかしなくて良かった。
カルビとの出会いがあったから、たまに友好的な魔物に対して注意が甘くなってしまうけど…………これからは、人懐っこい感じの魔物がよってきても、もう少しよく考えて観察してからじゃないと駄目だなと思った。うん。でないと、またアテナに怒られるぞ。
ロッキーズポイントに戻り、狩りに出てあった事をアテナ達に話すと、アテナはその魔物の事を知っていた。オレ達が出くわしたヘルハウンドのゾンビは、ビーストアンデッドという魔物だったそうだ。冒険者の間では、通称ゾンビーストとも呼ばれていて、魔物や動物の死骸に悪霊のようなものが乗り移ると、そうなるのだそうだ。
因みに、ゾンビーストに噛まれると、人間は大丈夫だそうだが動物や魔物が噛まれると、徐々にその噛み跡が悪化していって死に至り、ゾンビーストとして復活するのだそうだ。
幸いな事にあそこで第六感が働いて、ゾンビーストになったヘルハウンドやホワイトヌーに噛みつこうとしたカルビを止めたけど…………
本当に危なかった。もしもカルビが奴らに噛みついて、その体液を取り込んでしまっていたら間違いなくカルビは死に至り、ゾンビーストとして復活していただろう。
「その場合、カルビゾンビっていうのか、ゾンビカルビって言うのかは知らんが、兎に角そうならないで良かった……ハア」
肝を冷やしながらも、胸をなでおろす。カルビを見ると、カルビは特に何も気づいている様子はなく、バーテンからミルクをもらって美味しそうに飲んでいた。
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〚下記備考欄
〇ゾンビ 種別:アンデッド
ゾンビ―とも言う。呪いや死霊が乗り移って徘徊する動く死体。人を襲う。中には、噛みついた相手を自分と同じくゾンビにするタイプもいる。ただただ彷徨い、生きている者を見つけては、襲って食べようとする。身体は腐れていくだけだが痛みも感じず、完全に倒す為には頭や頸椎を破壊するしかない。心臓は、潰しても効果がない。
〇ビーストアンデッド 種別:アンデッド
冒険者の間では、通称ゾンビーストとも呼ばれている。悪霊が動物に乗り移り、人や他の動物を襲うといったものらしいが、最近になって発見された魔物で真相は不明。ゾンビーストに襲われ噛まれた獣や魔物は、その毒でやがて死に至りゾンビーストになる。
〇アルテミスの弓 種別:武器
一級品、もしくは特急品かそれ以上と思われる弓。ギゼーフォの森でルシエルがアテナと初めて出会った時からずっと携帯している弓。見るからに価値のある立派な弓で、傷もまったくつかないのでルシエルは戦いにおいて敵の攻撃をこの弓で受けたりする事もよくある。それでも傷がつかない。ルシエルは、なぜこのような弓を持っているのか? また何処で手に入れたのか?
〇長雨突き 種別:槍術
ポピュラーな槍の技。素早い突きを、暫く繰り出す。2~5発位の、小雨突きという技もある。因みにこの技の名前は、「長雨」はながあめとは読まず、ながさめと読む。
〇シャイニングフェアリーアロー 種別:弓術?
ルシエルが愛用のアルテミスの弓で放った光の矢。聖なる光の矢を作り出して、放つ大技。威力も絶大だがアンデッドや魔の力に対して凄まじい効果がある。




