第133話 『ノクタームエルド 入国』
――――ノクタームエルド。
私達は、ガンロック王国から国境を越えて、いくつもの険しい岩山が連なる国、ノクタームエルドに入国した。この国には、ドワーフ達の王国があるという。
ドワーフと言えば、たまにクラインベルト王国でも、見かける事があるけどほんとに稀だ。エルフよりも珍しいかもしれない。見る事はあっても会話もした事がないので、この国でそのドワーフ達とも交流できるかもしれないという事を考えると、凄く楽しみだ。
馬車が停車した。御者をしているチギーが、声をあげる。
「お疲れさーん。到着したぞーー! 皆、降りろーー!」
私達は、馬車から飛び降りた。目の前に現れた、圧倒的な風景に声をあげる。ルキアの目が丸くし、はしゃいで飛び跳ねる。
「凄い、凄い!! 見渡す限り、巨大な岩山だらけですね。こんな所、どうやって進むんですか? まさか、このいくつも連なっている岩山を登って越えていくんですか?」
ルキアの表情には、好奇心と不安が入り混じっている。そんなルキアに、私とチギーは大笑いした。ルシエルは、私とルキアの顔を交互に見ている。フフフ。さてはルシエルも、ノクタームエルドという世界を、よく理解していないな。まあ私もこのリンド・バーロックが書いた本の知識しかないんだけれど。
「冒険者の中には、あえてピッケル片手にロープやフックなどの登山用のアイテムを使って、ロッククライミングする強者もいるらしいけどね。私達は、そう言う事に慣れていないし、そうする為の用意も無いから別のルートで先に進もうと思うの」
「別のルートですか! も、もしかして、洞窟とかですか!」
ルキアも気づいたようね。ルシエルも、洞窟と聞いてはしゃぎ始めた。
「洞窟ってあれだろ? ダンジョンだよな!! なっ!」
「そう、ダンジョンよ。飛び切り大きいダンジョンだけどね。このノクタームエルドのほとんどは、巨大な岩山で埋め尽くされている地帯なの。だけど、いくつもの大小様々な洞窟が山々の内側で連なっているらしくて、そこを通ればドワーフの国にもいけるそうだよ。因みに旅人は普通こちらを通るらしいけど、何といってもダンジョンだからね。洞窟内には魔物も沢山生息しているし、十分な準備が必要だね」
「わーー!! ダンジョン! ドワーフに洞窟内の魔物か! それはかなり、ワクワクするなー!」
あれ? そう言えば、エルフってドワーフと相性が良くないって聞いた事があるような。3000年程昔、この世界には魔王がいたそうだ。魔王は世界征服を企んで、世界を混沌の渦に巻き込んだ。でも勇者が現れて魔王を倒したという。この世界では子供から大人まで誰もが知っている物語。
その物語に登場する勇者一行の、エルフとドワーフが常に犬猿の仲で、そのエピソードも有名だ。そしてそのエピソードが一般的に定着してしまって、今でも人々の間ではエルフとドワーフって仲が悪いものだと認識されている。まあ3000年も前の話だし、本当に魔王がいたのかどうかも解らないし、実際はエルフとドワーフは仲が良いのかもしれないし。だからそういった事は、勝手な偏見なだけなのかもしれないけど。
「おい! あれを見てくれ!」
チギーが、指をさした。
沢山の岩山がそびえ立っている、そのふもと。そこに建物が見えた。酒場……? それに、その隣にはモーテルもあって酒場とは一体型になっている。チギーが続けて言った。
「ここはもうノクタームエルドだな。大洞窟に入ると、中は延々と続いているから、旅人はきっとここで一旦休息をとったり、必要な物を買い揃えたりして準備を整えるんだろうね」
「そうみたいだね。私達も物資とか準備が必要だろうから、あそこに寄っていこうと思う。チギーはどうするの? これ以上は、馬車で進めないだろうしね」
「そうだな。送ってやれるのは、ここまでだな。ここでアチキのアテナ達との旅は、終わりかな。ガンロックの王都へ引き返させてもらうよ。でも、折角だからアチキもちょっとだけ、ここに寄っていこうかな」
チギーとの馬車での旅ももう終わりか。短い旅だったけど、意外と気もあって楽しかった。だからチギーがもう少し一緒にいると言ってくれたので、嬉しく思った。もちろん、ルシエルもルキアも喜んだ。
再び馬車に乗り込むと、チギーが手綱を握った。酒場の前まで行くと、表には店にいる客のものだと思われる馬車が何台かあり、設置されている馬小屋にはクルックピーや馬が何頭も繋がれていた。どうやら、この酒場とモーテルは大繁盛しているみたいだ。
店の看板には、ロッキーズポイントと書いてある。
店に入ると、やはり中は賑わっていた。冒険者や商人、それにドワーフも二人いた。
「いらっしゃい。カウンターでもテーブルでも、何処でも好きにかけてくれ」
バーテンが声をかけてきた。4人と、ウルフが1匹。テーブルの方がいいかな? そう思った時に、後ろから男に声を掛けられた。こんな所で声をかけられるなんて、なんとも意外。
「アテナ? もしかして、アテナじゃないですか?」
商人風の男。髭を生やしているけど、その顔と身なりからは、清潔感が漂う。あれ? この人! 思い出した! 私は、この人を知っている。
「モルトさん! モルト・クオーンさん!! こんな所で再会するなんて!! 懐かしい! 元気だった? もう、驚いたよ!!」
「こちらこそ、こんな所でアテナに会えるなんて、驚きが隠せませんよ。これはなんとも、天のお導きでしょうね」
「ん? ん? どちら様?」
ルシエルとルキア、それに一応チギーにもモルト・クオーンを紹介した。まだ私が冒険者になって一人で旅やキャンプをしていた頃の話。丁度、ルシエルと出会ったほんの少し前位に、モルトさんとは出会った。
旅の途中、街道でオーク達に襲われているモルトさん達に偶然遭遇して、助けた。すると、モルトさんはそのお礼にと、その場で倒したオークの装備品の買取と、極上のブラックバイソンのお肉のブロックをくれた。
あの味は今も、忘れられない。ブラックバイソンの中でも特に厳選されたブラックバイソンのお肉。今、再びあの時の焼肉の味を思い出すだけでも、唾液が溢れてくる。じゅるる……ごしごし……
「ここでアテナと再会できたのも、何かの縁ですし、良かったら一緒にお酒でもどうですか?」
「ううー、ごめんなさい。せっかくだけど、お酒は遠慮しとくよ。これから、冒険に出かけようという時だしね」
「なるほど。ノクタームエルドに挑むのですね。ノクタームエルド、それは国自体がダンジョンみたいなものです。つまり、万全の準備が必要ですよ。」
ルシエルと顔を見合わせて、ニヤリと笑う。ルキアは、国自体がダンジョンみたいなものと聞いて、震えている。
「やっぱり、色々知っているみたいだね。お酒は遠慮しておくけど、食事なら大歓迎なんだけど、どう? 一緒に食べよう。色々情報も知りたいし」
モルトは笑って頷いた。
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〚下記備考欄
〇魔王 種別:魔族
アテナ達のいるヨルメニア大陸、3000年前に世界征服をしようとしていたという魔王。本当に存在していたかどうかは定かではないが、色々と伝説が残っている。魔王を倒したのは勇者で、そのパーティーにドワーフとエルフもいたという話があり、仲が悪かったという逸話がいくつもある。
〇モルト・クオーン 種別:行商人
本作2話で、アテナが襲い来るオークたちから救った行商人。その時、アテナは彼からお礼にブラックバイソンの肉のブロックをもらい、美味しく食べた。その時の事は、二人とも覚えている。
〇ピッケル 種別:アイテム
つるはしに似た形状の小型の登山用アイテム。それを岩壁やらに突き刺して、登ったりする。もちろん突き刺せえるので武器としても仕様できる。
〇ロッキーズポイント 種別:ロケーション
ノクタームエルドの入口付近にある、酒場とモーテルがある休憩場所。クラインベルトやガンロックからのルートから向かうと、最初に通るところとして定番の場所。ノクタームエルドに向かう旅人はここに立ち寄って準備をする者が多い。行商人達もよく立ち寄る場所でもあるからか、ここで食べられる料理のメニューは豊富で、しかも美味しい。




