第132話 『ジャイアントスコルピオン』
いきなり、魔物との戦闘に突入した。ジャイアントスコルピオンに、手を翳して魔法を詠唱。ルシエルも後に続く。
「喰らいなさい!! 《火球魔法》!!」
「斬り刻むぜ!! 《風の刃》!!」
ジャイアントスコルピオンに火球が着弾し、爆炎が巻き起こる。そこに続けてルシエルの精霊魔法、風の刃が走った。
「ひええええ!! す……凄いっ!! 魔法か!! あんた達、もしかして凄腕の冒険者かー⁉」
岩の上の男がひっくり返って驚いている。
「ほっほー、やったか! 残念だけど、アチキの出る出番はなかったな!」
「油断しちゃだめ! さがって、チギー!!」
叫んだと同時にチギーは後ろへ跳んだ。そこへ爆炎で巻き上がった土煙の中から、不意を突いたように蠍の尻尾が飛んできた。だが一足早く行動したチギーは、難なく回避する事ができた。
火球魔法の威力で巻き上がった土煙の中から、ジャイアントスコルピオンがその不気味な姿をゆっくりと見せる。
しかしようやくその姿がはっきりと見えかけた所で、ジャイアントスコルピオンは消えた!
――いったい何処へ行った⁉ ルシエルが前に出る。
「もしかして、実はさっきの魔法攻撃で消し飛んでいたとか?」
「そんな訳ないでしょ。私とルシエルの魔法が着弾してから、尻尾で攻撃してきたのに。土煙を利用して、きっとまた地面に潜っている」
周辺を見ると、この当たりの地面はボコボコと土が盛り上がっていた。この辺りは他と違って、地面が特に柔らかいようだ。…………なるほど。きっとここは、さっきのジャイアントスコルピオンの狩場なんだと悟った。
「こんにゃろ!! てめーー!! 何処へ隠れやがったー!! 卑怯だぞ!! 正々堂々とアチキの前に出てこーーい!!」
チギーが叫びながら槍を振り回し、地面を突き刺す。次の瞬間、チギーの真後ろにジャイアントスコルピオンが土煙を巻き上げて飛び出してきた。危ないっ!!
ジャイアントスコルピオンが片方の爪で、チギーを挟みこもうと突き出してきた。今度は、避ける暇がない。チギーがその攻撃を受け止める為に、槍を構えたのと同時に、私も二振りの剣を抜いて飛び込む。勢いのついた大きな爪を一緒に受け止めた。――衝撃。
「くっ!! 重い!!」
「こなくそーー!!」
「アテナ! チギー! 大丈夫かーー! ちょっと耐えてくれ。今、援護する!」
ルシエルが弓を構えて、素早く連射する。しかし、ジャイアントスコルピオンの身体にはあまり刺さらない。装甲が厚いのだ。だけど、ルシエルの放った矢はジャイアントスコルピオンの気を一瞬引くという事には、成功した。それは、私とチギーが大勢を整えるのに、十分な攻撃だった。
「装甲がいくら丈夫でも、ここならどうだ? 喰らえ!! そりゃああ!!」
チギーがジャイアントスコルピオンの腕の付け根の辺りに、渾身の力で槍を突き刺した。その隙を利用して、私は剣を一旦鞘に納める。――――集中。
重心を落とし、瞬時に抜刀!! 閃光が走る。ジャイアントスコルピオンの爪を斬り落とした。
グオオオオオオ!!
「チギー!! ここで、決めるよ!!」
「よっしゃー!! 任せろい!! 行くぜーー!!」
再びもう一振りの剣も抜いて二刀流で構えると、チギーの槍の攻撃と同時に、ジャイアントスコルピオンの顎の辺りに接近して深々と二振りの剣を突き刺した。
グオオオオオオーー!!
その攻撃に、ジャイアントスコルピオンは、絶命し崩れ落ちた。
「やった!! やったなー、アテナ!!」
チギーが、抱き着いてきた。チギーからはいい匂いがしたけど、その匂いの中に僅かに酒の臭いもした。さっき、飲んでたからだ。うっ……
「ちょ……ちょっと離れてよ、チギー」
「やったやったー!」
だが、岩の上にいる男はまだ恐れている様子だった。目の前で恐ろしい魔物は倒して見せたというのに、いったいどういう事だろう。
すると男は、絶命したジャイアントスコルピオンを避けるように、岩から飛び降りて街道の方へ走り出した。しかも、大声をあげて叫んでいる。
え? どういう事? 恐怖で、混乱しているのだろうか? どうした事かと、ルシエルが男に声をかけた。
「おいおいおい、どこ行くんだ? 怪我とか大丈夫なのか?」
「お嬢さん達も早く逃げろおおお!! そいつらは、1匹じゃないんだあああ!! まだ、2匹いるんだよおおおお!!」
――――え?
今、何て言った?
まだ2匹? うそ?
「嘘!! 待って! それって、まだこの辺りに別のジャイアントスコルピオンが2匹潜んでいるってこと? だったら、駄目だよ!! 危険だから、戻ってきてー!! 私達から離れないでーー!!」
だめだ!! 恐怖で取り乱してきて、全く止まってくれない!! どうすれば…………
ルシエルやチギーと、顔を見合わせる。再度、逃げていく男の方を振り向いて叫ぼうとした。だが、もう間に合わなかった。次の瞬間、男の上半身と下半身が別々に離れた。血が巻き散る。男がいた場所の辺りの地面から、もぞもぞとジャイアントスコルピオンが顔を覗かせた。
「うそ!! そんな……」
「諦めろ、アテナ!! あれこれ考えんのは、後にしろ! じゃないと、オレ達もああなるぞ」
動揺した私に声をかけてくれたルシエルの真後ろからも、別のジャイアントスコルピオンが這い出して来た。私の慣れ親しんだクラインベルト王国には、いなかった魔物。遭遇した経験がなく、よく知らないというだけで、こんな事になってしまうなんて。
私は再び剣を構えると、男を爪で両断した方のジャイアントスコルピオンに向かって駆けた。
「目の前のそいつは、ルシエルとチギーに任せる!! あっちのは、私が倒すから!!」
「おう。りょーかい! アテナが強い事は十分に知っているが、それでも気をつけろよ」
「うん……そっちもね」
男を助けることができなかった。もう少し、注意深く辺りを観察していたら。そしたら、あの人を助けることができたかもしれないのに。
ジャイアントスコルピオンの爪や尻尾攻撃をかわす。その度に、二振りの剣を突き刺し斬りつけた。徐々に攻撃の回転をあげていくと、1分も経たずにジャイアントスコルピオンは動かなくなった。
ルシエルの方を見ると、そっちの方も仕留めたようだった。無数の矢と槍が1本深々と刺さっている。
チギーは、倒したジャイアントスコルピオンに飛び乗り槍を引き抜くと、手を軽く上げて先へ行こうと合図した。でも私は、両断された男を埋葬してあげたいと言って、その場所に少し留まって男を埋葬した。
「…………あの男の人、怯えてた。私がもう少し、しっかりしていれば絶対助けられたのに……」
ルシエルが私の肩を、ポンポンと優しく叩いた。
「しょうがないよ。オレも初めて見た魔物だ。アテナのせいじゃないよ」
私は頷いて、ルキアとカルビの待つ馬車に戻った。
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〚下記備考欄
〇ジャイアントスコルピオン 種別:魔物
蠍の魔物。小型の者でも、鹿位のサイズはある。尻尾には毒針があり、両腕には人間の身体をも切断できる鋏(爪)がある。荒野や砂漠などに生息しており、地中に潜って獲物が現れるのを待ち構えている。一度獲物を目にすると、執着するので旅先などで見かけるととても危険な魔物。
〇火球魔法 種別:黒魔法
火属性の中位黒魔法。殺傷力も高く強力な破壊力のある攻撃魔法だが、中級魔法の中では、まず覚える一般的な魔法。
〇風の刃 種別:精霊魔法
下位の、風の精霊魔法。かまいたちを放ち、風で相手を斬る魔法。切れ味鋭く。ロープなどなら簡単に切断できる。言わば、飛ぶ刃。




