第1300話 『ロレント・ロッソ その4』
交易都市リベラル。その中心に位置する行政機関、市役所の近くにある一軒のバー。私達は、そのバーにいるロレント・ロッソに会いにやってきた。
最初はデプス市長の招集にも応じてくれて、市役所に集まってくれたロレント・ロッソだったが、『狼』を探し出す目的の為に招集をかけた事など、詳細については知らせていなかった。ロレント・ロッソはその事を知った後、私が土の精霊ラビッドリームを使って集まってくれた十三商人1人1人を調査し始めると、とても怪訝な顔を見せた。
それからデプス市長、ダニエルさん、ミルト、イーサンと調べて行く間、彼は長らく待たされていた事もあって、不快感は怒りへと変わって行った。そしてついに、もう付き合っていられないと怒りだして、市役所を飛び出してしまったのだ。
しかし幸いにも、ロレント・ロッソの行き先を知る者が、私達の協力者の中にいた。彼は十三商人の1人であり、ダニエルさんのように私達の『狼』探しに、積極的に協力を示してくれた。そしてデプス市長と同じく、シェルミーとファーレの正体が、実はガンロック王国のミシェル王女とファーレ王女だという事を知っていた。
アバン・ベルティエことアバちゃんは、怒って何処かへ行ってしまったロレント・ロッソを見つけることができると言って、私達をこのバーへと連れてきてくれたのだ。
このバーは、アバちゃんやロレント・ロッソが、客として日頃からよく来るお店のようだった。お店の人とも親しげな様子。店内に入って、直ぐに目に飛び込んでくるカウンター席。更にその奥に4つの個室があり、その中の1部屋に彼がいた。
「ねえ、ロレンピ! 中に入っていいって事よね。入るわよ。ってあら、やだ!」
アバちゃんは、驚いた声をあげると私達の方を振り向いて溜息を吐いた。どうしたのだろうか。
「ちょっと、やだ、もう! 皆、見てご覧なさいよ! この色男、こんな場所に女を連れ込んでいるわよ。しかもアチシ程じゃなーいけど、かなりの美人を3人もね。怒りを沈める為にここへやってきたのは、解っているけど……まさか女まで連れ込んでいるとはねー、ちょっと驚きじゃなーい」
女? しかも3人? 個室には、ロレント・ロッソの他に3人、女の人がいるようだった。
「ほら、いらしゃい。彼の気が変わらないうちに、お邪魔しちゃいましょ」
アバちゃんはそう言って、手招きをする。セシリアとローザに続いて、私も個室にお邪魔した。
個室は、8畳くらいのスペースになっていて、中心にはテーブルがある。それを囲ってソファーが3つ、向きあって設置されていた。
ロレント・ロッソは3つもソファーがあるにも関わらず、1つのソファーに3人の美女を侍らせて座っていた。口には明らかに高級そうな葉巻を加え、目前のテーブルにはシャンパンが置かれていた。それもまたとても高級そうなもの。下級とは言っても、一応王宮メイドである私には、それが解った。
ロレント・ロッソは、葉巻の煙を吐き出すと目を細めてその香りに鼻を傾けた。そして一呼吸置くと、私達に目をやる。
「驚いたよ」
「何がよ。あんたが実は女好きって事は、アチシは知っているけど、こんな時にもこんな美女を3人も連れ込んでいるあなたの行動にかしらね!」
「こんな時ってのは、どんな時だ?」
アバちゃんは、ロレント・ロッソの顔をじっと見た後に、彼の両隣にいる美女にも目をやった。
「はっはっは。安心していい。この子達は、信頼していい。ここで聞いた事は、他言しない。そーいう事をちゃーんと理解している頭のいい子達だ。そうだな、君達」
『はーーーい』
ロレント・ロッソの言葉に、3人の美女は声を揃えて返事をした。
「フッフッフ、いい返事だ。それで用件があるんだろ?」
「聞いてくれるの?」
「もちろん、普通ならば追い返す。そもそも私は十三商人なんだぞ、そんじょそこらの人間が、この私と会ってこうして話をする事自体、通常ならありえない事だ。それなのに、話を聞いてやると言っているんだ。もちろん聞くだけだが、それでも特例だ」
ロレント・ロッソはそう言って視線をアバちゃんから私達に切り替えた。
「君達、解っているな。市長を出汁にしてこの私を呼びつけておいて、あんな長く会議室に拘束した挙句、土の精霊を使って人の心と記憶の中を覗き見るだと? いったい何様だ!! 冗談じゃない! 寝言は寝て言えばいい!! だがな、こうしてそれでも少し話をしてやる気になったのはな、ここにいるアバちゃんの頼みだと言うからなのと、この美しい娘達に多少なりと荒れた私の心が癒されたからだ。君達は、アバちゃんとこの子達に感謝をするべきだな」
彼の言葉を聞いた3人の女の子達は、なぜか勝ち誇ったような表情を私達に対して向けた。それを見たローザは困惑した顔になり、セシリアは女の子達に対して何か文句があるのかとばかりに睨み返した。そして目の前にいたアバちゃんを、すっと横によせると前に出て――
「ちょっといいかしら」
「ほう、これは黒髪眼鏡の美しいメイドだ。市役所では気が付かなかったが、こういう落ち着いた雰囲気のあるバーで改めて見て、その価値が解った」
「そう、それはありがとう。でもね、ロッソさん。もうお解りになっていると思うのだけれど、私達は急いでいるの? どうか、協力して頂けないかしら」
「ほほう、急いでいると。それはなぜかな、お嬢さん」
セシリアから、プツリと何かが切れるような音がした気がした。彼女の気性からして、僅かでも馬鹿にされたと感じたら、突っかかって行くかもしれない。
彼の非協力的で挑発的な態度と、今の急いでいる状況から、セシリアは彼の足とか肩に向けて今にもボウガンを撃つんじゃないかって思ってしまった。彼女の背には、大型のボウガンが背負われているし、小型のボウガン『ワスプショット』も携帯している。
「ちょ、ちょっとセシリア……ぼ、暴力は絶対にダメですよ。彼は『狼』……悪い人じゃないかもしれないし……」
「そんなのいちいち言われなくても解っているわ。今は、私が話しているのよ」
セシリアはそう言って私を睨みつけた。私は、彼女の圧に負けて「ひい!」っと小さな悲鳴をあげてこの場で丸くなった。
「それでロッソさん。お話の続きだけど、今あなたは、そちらにいる3人のお嬢さんと、こっちにいるアバちゃんに免じて話を聞いてくれる気になったのよね」
「そうだが、人の気なんてものは、いついかなる時も変わるものだからな。そうやって改まって聞かれると、どう答えていいものか困るね」
「ひょっとして、私を馬鹿にしているの? だとすればこちらにも考えが……」
「はっはっは、まあ、待て。馬鹿にしてる訳ではない、君のような美人との会話を楽しんでいる。そう、ちょっとした遊びだよ。さあこちらに来て、ソファーにかけたまえ。話だけは聞いてやろうじゃないか」
ロレント・ロッソはそう言って、咥えていた葉巻を灰皿に置いた。




