第130話 『楽ちんな馬車の旅』 (▼アテナpart)
私達は、馬車でガンロック王国から、ドワーフの王国があるというノクタームエルドに向かって旅をしていた。
慣れ親しんだクラインベルト王国を出て、ガンロック王国に入った時の事を思い出す。最初に見る世界で、最初に着いた廃墟の村。旧マハリの村から始まって、色々な事が私達を待ち受けていた。まず早速、大変な事になった。自分の生まれ育った国しか知らない私達は、荒野で干からびて絶対絶命に陥って全滅しかけた。絶体絶命だった所を、ナジームに出会って助けてもらった。
そしてナジームが連れていたクルックピーという、馬のように騎乗できる可愛くて大きな鳥を目にした。ナジームとのキャンプは、忘れられない思い出だ。美味しいチャイを飲みながらも眺めた、夜の荒野に浮かぶ満点の星空は今も記憶から色褪せない。
助けてもらったお礼にナジームのお手伝いをさせてもらった、。それで、オアシスでクルックピーの捕獲をしたけど、追い掛けっこは凄く楽しかった。オロゴの村でのショッピング。カッサスの街では、以前クラインベルト王国で知り合ったヘルツ・グッソーとまさかの再会をして、クルックピーレースにも出て入賞した。ハリルは良くしてくれたし、ジェニファーは一見静かなようでとても熱く強い人だった。そうそう……そう言えばルシエルは、驚くべき事にそのレースで優勝を勝ち取ったけど、それには流石に驚いた。それからルシエルは、ちょいちょい自分はチャンピオンだとアピールしてくる。
それからガンロックの王都に向かうべく、カッサスの街を出発しようとしたら、鎖鉄球騎士団が追ってきて戦った。ゾルバ・ガゲーロに副長のガイ・メッシャー。ゾーイという、少女の一撃は強烈で、うかつにも一発もらっちゃったっけ。
サナスーラの村からは、目を疑うようなドラゴンのように巨大な鳥、ロック鳥に乗って王都まで飛んだ。ロック鳥のその背には、乗客の為の小屋まであってほんともう夢のような体験だった。
王都に到着してからは、ガンロックの王女、ミシェルやエレファとの出会いが待っていた。ミシェル達を誘拐しようとした、ヴァレスティナ公国の貴族と思われる者達との遭遇と撃退。
あと、そうだ。ミシェルの誘いで、音楽フェスにも参加して、アイドルのような事をやった。
今となってはいい思い出だけど、あの可愛いらしすぎるフリルのついた衣装に短すぎるスカートがちょっとあれだったし恥ずかしずぎて、もうちょっとできないなと思った。ミシェルやエレファとガンロックフェスで披露した歌とダンスは、短期間の練習にしては上手にできたと思う。ユニット名は、ワンダーデイズって言っていたっけ。あれは、ほんともう勘弁だけどフェスはとんでもなく大規模で色々な世界の音楽を聴くことができたのは、良かった。
最後に国王陛下ともお会いすることができた。最初、変な騎士だと思っていただけにびっくりだったけど。
…………色々な事があったなあ。何処までも荒野が広がっていて、昼間は暑くて夜は寒くて――――
私が育った世界とは、全く異なる世界。それに耐えられるかなと、当初は心配になった国だったけど、もうすぐこの暑さと寒さの両局面の顔を持つ、不思議で且つ広大な大地から去るのだと思うと名残惜しく思う。ナジームにハリルとジェニファー、ミシェル、エレファの顔を思い浮かべると寂しくなってしまう。
「ルシエル! また食べてるんですか? そんなに食べてばかりで大丈夫なんですか?」
「ムッシャムッシャムッシャ…………おん?」
ルキアがルシエルに言った。ルシエルを見ると、両手に林檎を持って美味しそうにシャリシャリと音を立てて食べている。私と目が合うと、ルシエルは林檎を差し出してきた。
「ムッシャムッシャ……ん? 食う?」
「そんな、さっきお昼ご飯食べたばかりなのに……そんなに食べて、お腹が痛くなってもしりませんよ。あと、私もアテナもルシエルみたいに、食いしん坊じゃないですよ……」
ルキアの言葉にルシエルは眉間にしわを寄せると、ナイフで林檎をいい感じのサイズにカットして、隙をついてルキアの口に押し込んだ。
すると、ルキアは口の中に林檎を入れられたからか、ルシエルに対して小言を喋らなくなった。その代わりに、美味しそうなシャリシャリという咀嚼音が聞こえてくる。それを聞いて、私も林檎が少し食べたくなった。
「私もひとつ、リンゴ頂戴」
「おっ! おう、いいぞ!」
ルシエルは、満面の笑みで傍らに置いている麻袋から林檎を取り出して私に差し出した。
「ありがとう! ……かぷりっ! ムシャムシャムシャ……美味しい!」
そのやり取りが聞こえてか、馬車の御者をしているチギーが振り返って荷台の中を覗き込んできた。
「アチキも林檎ほしーんだけど!」
「いいよ。じゃあ、チギーにもリンゴをひとつ。ほいっと!」
「おっと! サンキュー!」
ルシエルが放った林檎を、チギーが片手で見事にキャッチ。ワイルドに齧ってみせた。カルビが丸くなってあくびをしている。
そんなノクタームエルドまでのゆったりした楽しい旅を、存分に満喫する。これも馬車を手配してくれたミシェルとエレファのお陰だ。今度、また再開したら何かお礼をしないといけないね。
馬車に揺られているからか、林檎を食べた後、少しうとうとしてきていた。すると唐突に、チギーの叫び声が聞こえた。
「おい!! 敵襲だーーー!!!!」
ルキアとカルビも馬車に揺られこっくりこっくりと眠っていたみたいで、チギーの声に驚き飛び起きた。ルキアの口元からは、光るものが――よだれが滴っていた。慌てて馬車の中から表を覗き見ると、正面にゴブリンが10匹程行く手を遮っている。御者は、もういない。チギーは、槍を手に振り回しながら、すでにゴブリンに向かって行っていた。なんて、心強い娘なんだ。
私も外に出ようとしたが、ルシエルが止めた。
「オレが行ってくるよ。アテナとルキアは待ってろよ。あれ位じゃ、オレとチギーで十分だろ」
そう言って、弓矢を手に馬車から勢いよく飛び出したルシエルは、チギーと二人だけでゴブリンを倒してしまった。
もしかして、ノクタームエルドまで、魔物と遭遇するこういう問題が起きても、私やルキアは馬車でゆったりして、後方でルシエルとチギーの応援をしていれば全てやってもらえるんじゃ…………
だとしたらそれって、凄い楽!! 至れり尽くせりな旅が始まったと思った。でも実際はそうは甘くいかないだろう。それもまた、旅の醍醐味かもしれないけれど。
そんなこんなありながら、ノクタームエルド目指して私たちの馬車は、進み続けた。すると、丁度ガンロックとの国境辺りでまた問題が起きた。いや、問題を見つけたという方が適切かもしれないけど。
チギーが馬車を止めると、何かを見つけたと言った。ルシエルが馬車の外に出る。
「チギー。どうした? 何かあったのか?」
「いや、ほらあれ。馬車じゃね?」
「え? 馬車?」
私とルキアも馬車から降りて外を見た。チギーのさす指の先の方には、荒野が広がっている。そこに馬車があった。確かに馬車はある。だがその馬車は、ひっくり返っていて大破している。
その周りに大きな鳥のようなものが何羽か横たわっていた。恐らくクルックピーの死骸…………もしかして、何かに襲われた?
ルシエルは、私の方を見た。
「どうする?」
「何かあったんだろうけども、生存者がいるかもしれない。だとしたら、きっと助けを求めているかも」
「りょーかい! じゃあ、ちょっと行ってみてくるか!」
見に行くにしても、馬車で見に行かない方がいい。
私は、ルキアとカルビに馬車の見張りを頼んで、ルシエルとチギーと共に、そのひっくり返っている馬車の方へ見に行った。
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〚下記備考欄
〇アテナ・クラインベルト 種別:ヒューム
この物語の主人公。Dランク冒険者で、新たな冒険に胸をワクワク弾ませて旅とキャンプを続けている。二刀流の使い手で、ツインブレイドという武器を装備している。剣術と体術に加え魔法も使う事ができる万能型冒険者。でも、食いしん坊。
〇ルシエル・アルディノア 種別:ハイエルフ
Fランク冒険者。ギゼーフォの森でアテナと知り合ってからは、旅を続ける仲間となった。弓矢と精霊魔法の使い手。クルックピーレースではチャンピオンに輝き、その分調子に乗っているがピンチの時は誰よりも心強い。アテナを超える食いしん坊っぷり。
〇ルキア・オールヴィー 種別:獣人
猫の獣人でFランク冒険者。アテナに助けられた事から彼女に憧れ、仲間になって一緒に旅をする。優しく真面目な性格。だけど9歳なので、まだまだあまえたい年頃。家族や親しいものを盗賊に殺められたがそれでも、強く前を向いて生きている。
〇カルビ 種別:魔物
子ウルフ。ニガッタ村に向かうルシエルに遭遇し、それから使い魔となった、名目上は使い魔だが、それはうわべだけの扱いで、本当はアテナ一行の大切な仲間。ちょくちょくルキアとセットにされる事がある。可愛いコンビ。
〇チギー・フライド 種別:ヒューム
カッサスの街で行われたクルックピーレースに出場していた騎手。レースではアテナやルシエルと戦ったが負けた。その後、ガンロック王女のミシェルとエレファの依頼で、アテナ一行をノクタームエルドへ送り届ける御者として仕事を請け負った。早くもルシエルといいコンビ。一人称は、「アチキ」。
〇ゴブリン 種別:魔物
小鬼の魔物。群れで行動する事が多く、棍棒や剣、槍などを武器とし人間を襲う。残虐な性格で、敵をいたぶる事を好む。冒険者の一番の討伐対象。
〇ガンロック王国 種別:ロケーション
アテナ一行の現在地。今、ここから隣にある大洞窟が広がるエリア、ノクタームエルドを目指して旅をしている。




