第1298話 『友達ができた』
地下への階段を降りて、正面にある扉を開ける。中に入ると、そこはとても雰囲気のあるバーだった。
店内に入ると、まず最初に目に入ったのは、カウンター。数人のお客さんが座っていて、お酒や会話を楽しんでいる。店の照明は薄暗くて、とても落ち着いた雰囲気。
カウンターの向こう側には、入店するなり出迎えてくれた店員とは別のバーテンダーと思われる男性が2人立っていた。そのうちの1人がバースプーンを手に、お洒落なグラスに注がれたお酒をくるくるとかき混ぜて、何かのカクテルを作っている。それを見て、とてもそのカクテルが美味しそうに見えた。だけど私はとてもお酒が弱いから、もしもキツいお酒なら一口二口で酔っ払ってしまうだろう。
でもカウンターの内側にある棚。そこに飾られている如何にも高価そうな数々のお酒は、興味を引いた。お酒は弱いけれど、美味しそうだしどんな味がするのか、一口だけ飲んでみたい……とは思う。
「ふむ、いい雰囲気のバーだな。流石は十三商人御用達の店というだけの事はあるな」
ローザは、私に負けない位にキョロキョロと店内を見回して言った。
「ローザは……」
「ん?」
「ローザは、こういうお店によく来たりするんですか?」
「そうだな。来たりは……するな」
ローザの懐の深さにすっかりとあまえてしまい、すっかりと友人のように話しかけたりさせてもらっているけれど、実は彼女はクラインベルト王国の騎士団長だった。しかも国王直轄の騎士団という事だし、国に対する忠義心や名声においても名高きディフェイン家のご令嬢だった。
本来なら下級メイドの私なんかが、会話などできるはずもなかった。圧倒的に身分が違う。もし彼女に声をかけられる可能性があるとすれば、彼女は王都やその近郊の街に治安維持の為にパトロールをしていたみたいなので、その時に不審者として声をかけられるかもしれない……それ位しかないと思った。
あれ? でもそう言えば、ローザが冒険者として行動をしていたアテナ様に初めて会ったのって……エスカルテの街でパトロールをしていた時で、アテナ様とそのお仲間の方々を、不審者と思って声をかけたのがきっかけだって、ローザは以前話してくれた。
「ん? どうした、テトラ? 何を笑っている? 何か楽しいものでも見つけたのか?」
「い、いえ。それより、ローザはこういうお店にどういう時に入るのかなと思って」
「どういう時? そんなの考えた事もないが……まあ、1人で入る事はあまりないかな。入る時は、そうだな……部下達と一緒にかな。部下のブレンダは、いつも何か相談事を私のもとへ持ってくるし、副官のドリスコとは部下達の事を語らったりもする」
「そうなんですね。羨ましいです」
「羨ましい? テトラは、こういうバーには来ないのか?」
「私は……私は下級メイドですし、バーに行くお金があったとしても、私のようなお城に住み込みの下級メイドが夜にそっとお城を抜け出して、バーに行くなんてあまり印象が良くないですから……」
「そうか……そう言えば、テトラはメイドだったな。ははは、いつもメイド服を着ているはずなのに、もうすっかりなんていうのか……普通になってしまっている」
「普通……ですか」
「そうだな。最初は、メルクト共和国を救う為に、一緒にエスカルテの街から旅立った仲間だった。でも色々と一緒に旅をし、苦難を乗り越えて……今は、テトラやセシリアの事を良き友人だと思っている」
「え? わ、私の事を!? 友人!? ローザのですか⁉」
「私はそう思っていたが、もしかして迷惑だったか?」
ローザはそう言って苦笑した。私は、慌てて両手を前に突き出して激しく振って否定すると、ローザに言った。
「い、いえ!! 違います!! わ、私……今まで友達なんてシャノンしかいなくて……」
「セシリアはそうじゃないのか?」
「いえ、セシリアやマリンの事は、私は大親友だと思っています。ううん、それ以上に信頼しています。でも……なんとうか私は、シャノンに会うまでずっと友達と呼べる人はいませんでしたし……こんな私に友達ができるのかなって……この場合というか、なんていうか……友達は友達でも、本当の友達って意味なんですけど、とてもあつかましいかもしれないですけど、ローザは私の事をそういうふうには言っていないと理解はしていますし……でも……それでも嬉しいというか……えっと、何言っているんだろう私……」
「おいおい、私はそんなふうに言っているぞ。はは、言い方が悪かったかな。はっきり言った方がいいな。私はテトラを大親友だと思っている。もちろん、セシリアの事もだ。テトラ、君は私との身分を考えているみたいだがな、それを言うなら私とアテナ様の友情もあり得ないとは、思わないか。アテナ様は私の事を親友だと言ってくれたよ。私も最初は、その事に戸惑った。けれど言われて嬉しさを感じない訳はないし、アテナ様にそう思って頂いている幸せを、素直に受け取らせてもらったよ」
ローザは、微笑んで私にそう言ってくれた。ローザが私の事を大親友って言ってくれているなんて……こんな私の事を……とても幸せに感じた。
「わ……私もローザの事を……」
「ちょっと、2人共何をしているの? そんな所で長々と立ち話をしていないで、ロレント・ロッソに会うわよ。準備はいいわね」
「は、はい! すいません!」
「すまない。準備はできているぞ」
セシリアに怒られた。2人で謝った後、ローザが私の脇を突いた。
「あひんっ?」
「おっとすまない。いや、なんというか……クラインベル王国に戻ったら、テトラには私のおすすめの店に招待するから。セシリアも加えて、一緒に飲みに行こう」
「え、凄い嬉しいです! 是非、お願いします!!」
私の生まれ育ったフォクス村では、私は出来損ないと呼ばれて、誰もまともに相手をしてくれなかった。その後も、散々孤独だけがあった。
でもセシル陛下とモニカ様に救われてからは、私の人生は大きく変わった。王宮メイドという仕事を頂いただけじゃなくて、シャノン、セシリア、マリン、そしてローザ。
沢山の親しい友達ができた。
あのフォクス村にいた頃の私に、今の私の話をしてもきっと信じないかもしれない。でも今は、こんなどうしようもない私にも本当の友達ができた……
…………
私のたった1人の妹、ノヴェムが今はどうしているか解らない。けれどもし何処かで生きているのなら、あれから私も大きく変わった事を知らせたいと強く思った。




