第1294話 『屋上バトル その2』
「なんてーー、女共だあああ!!」
「リッカー! いい加減に諦めたらどうだ。ここでもし私達を抜けたとして、下の階には他の仲間達がいるし、間もなくここへ押し掛けてくるぞ」
ローザの言葉にリッカーは、後ずさる。しかしここは屋上で、これ以上何処へも逃げる場所はない。それはリッカーも理解しているはず。なのにまだ諦めようとはしない。もしかしてその理由は、リッカーが『狼』だから……そうなのかもしれない。涯角槍を握る手に力が入る。
「さあ、観念しろリッカー。自供するなら聞いてやるが、どのみち先に調べさせてもらった十三商人と同様に、ラビッドリームでお前の心と記憶の世界に入り、調べさせてもらう事にはなるぞ。そうすればお前が『狼』かどうかハッキリする。そしてもしもお前が『闇夜の群狼』と関係性があったなら、それも暴かれる」
関係性は兎も角、ラビッドリームの能力なら、彼が『狼』かどうかは確実に解ると思った。でも盗賊団『デビルウォーズ』を雇い、私達のいる市役所に彼らを乱入されて、そこから自分は逃走しようとしていた所から、彼が『狼』である可能性は濃厚だと思った。
でも1つだけ、疑問がある。なぜ最初にリッカーは、わざわざデプス市長の招集に応じて、ここへやって来たのだろうか。
『狼』の事で、自分が色々と聞かれる事は解っていたはず。デューティー・ヘレントにも同じ疑問がつきまとうけれど、それだけが解らなかった。
もしかしたら、ラビッドリームが人の心と記憶に侵入し、その奥底に触れて調べる事ができる土の精霊だという事、そしてそれを私達が持っている事を知らなかったからかもしれない。
市役所にまで来て、ダニエルさんから調査が始まって行き、ラビッドリームの存在が明らかになったから、慌てて逃げ出した。唯一今、思いつく理由があるとすれば、それしかないかもしれない。どちらにしても、それについても間もなく明らかになる。
ローザと共に、リッカーをジリジリと追い詰める。
「ふーー、残念だったなーーー」
「何がだ」
「俺はーー、メルクト共和国一番の情報屋だーーー。お前の事も既に調べたぜーーー。ローザ・ディフェイン。クラインベルトの国王直轄の騎士団、団長様だーーー」
「よく知っているじゃないか。お前に最初会った時に、変装していたのは仲間の案だ。私はどちらでも良かった。端から身分を隠すつもりもないし、普段から恥ずべき道も歩んではいない」
「なーるほどーー。本当に情報通りの女騎士様だーーー。ならーー、あんたの実力も噂通り本物だろーーしーーー、ここまで追い詰められたらやりあうつもりもねーーー」
「なら大人しくし……」
バサササ!!
夜の闇。大空から何かがこちらに急降下してきた。それは、馬程の大きさの鳥。そう、鳥系の魔物だった。ローザが驚きの声をあげる。
「あれは、ルフだ!! ルフ鳥とも呼ばれている魔物だが……まずい!! テトラ、あいつを捕まえるぞ!!」
「え? あ、はい!!」
ビターーーン!!
「っきゃあ!! あうーっ!!」
リッカーの方へ駆けだそうとしたら、前のめりに倒れてしまった。片足に鎖が巻き付いている。振り返ると、さっきやっつけたと思っていた鎖使いの男が、跪いた態勢でこちらに鎖を放っていた。私は急いで引き戻し、鎖の男を涯角槍で打ち倒した。
「テトラ、何をしている!! リッカーを急いで捕まえないと――」
ローザとリッカーには、距離があった。まさかこんな方法で逃げようとしていたなんて、私はおろかローザですら思ってもいなかった。だから距離があっても、優位に立っていると思い込んでいた。それが油断となってしまった。
リッカーは大笑いしている。ルフには男が騎乗していて、リッカーの方へ近づくとそのまま彼の腕を掴んで引き上げた。そしてルフの背にリッカーを乗せると、そのまま夜空の彼方へと飛んで行ってしまった。
私とローザは、リッカーをあと一歩の所まで追い詰めて、逃がしてしまった。
ここでやっと屋上にシェルミーとチギーが現れ、続いてロドリゲスなどシェルミーの配下達が駆けあがってきた。
「テトラ、ローザ!! リッカーは⁉」
「すいません、あと一歩のところまで追い詰めたんですが、逃げられてしまいました」
「う、嘘!? に、逃げられたって!? ここは、8階建てのビルの屋上だけど?」
「ルフです。リッカーの仲間が鳥の魔物ルフに乗ってここまでやってきて、そのままリッカーをつれて逃げてしまいました」
説明すると、シェルミーも驚いた顔をした。誰だって、リッカーのこんな逃走経路は予想できなかった。てっきり追い詰められた事から、無我夢中で屋上に逃げてきたと思っていたけれど、そうじゃなかった。逃走経路。彼には、ちゃんと考えがあったのだ。
「まあ、逃がしてしまったものは仕方がないよ。多分、こいつらだって金で雇われた盗賊団なだけで、リッカーが今向かっている場所までは解らないだろうしね」
シェルミーがそう言うと、彼女の護衛の者達と、チギーやロドリゲスが屋上で転がっている男達を取り押さえた。私とローザがさっき倒した者達だった。
私は、はっとしてシェルミーに尋ねた。
「そ、そう言えばデューティー・ヘレントは、どうなったのですか? 彼女も騒動の間に逃げだしたんですよね!」
「それなら今、セシリアとファーレが追ってくれているよ。リッカーと同じく逃げられたかもしれないけれど……とりあえず、デプス市長に警備兵を手配してもらったから、テトラとローザが倒したゴロツキと、会議室に押し入ってきた者達は皆逮捕したみたいよ」
「そ、そうですか」
「とりあえず会議室に戻ろうか。リッカーやデューティー・ヘレント以外にも、調査の終わっていない十三商人は、まだいるしね」
残っている十三商人……リッカーやデューティー・ヘレントが逃げているのに、その理由も確かめないで、残っている十三商人の調査を続けていてもいいのだろうか。
でも冷静になって今一度考えてみると、シェルミーの言っている事は正しいと思った。リッカーを追うにしても、今はその方法が無いし、デューティー・ヘレントについてはセシリアが追ってくれている。
それらを踏まえて合理的に考えるなら、私が今すべき事は、ここに集まってくれている十三商人から協力を得て、彼らの心と記憶から調べるべきだろう。




