表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1289/1346

第1289話 『疑わしき者達 その1』



 イーサンは、決心したようだった。なぜそれが解ったかというと、彼は目でそれを語っていたから。何かを決断した強い目。



「な、なるほど……ままま、まさかこの国を救おうとしているレジスタンスの中には、他国の王女様もいらっしゃったなんて……それなら確かに、メルクトやリベラルの問題をどうにかできるかもしれない。ミミ、ミシェル殿下! ぼ、僕は……」


「私は今はシェルミーだよ。そして普通に話して欲しいかな。これまでと同じくね。デプス市長にもお願いして、そうしてもらっているから」


「は、はい……じゃなくて、ああ解ったよ」


「それで……話の続きをしたいんだけど、いいかな? 私達は、遥々とガンロック王国からやってきた。余計な危険を回避する為に、身分も装い、そうまでしてこの国を救いたいって強く思って……だから信じて欲しい」



 シェルミーの言葉にイーサンは、身体を震わせた。そしてもう彼の内側にある迷いは、消えたようだった。



「は、話そう。ぼぼ、僕の知る限りの事を話そう。ま、まずこれは、もう知っているかもだけど、じ、実は、僕やミルトは新参者なんだ。こ、このリベラルを仕切っている、十三商人としてどけどね。そ、それで僕が今の地位を得た時に、間もなくしてそっと近付いてきて声をかけてきた男がいたんだ。そそ、それがリッカーだったんだ」



 私達はイーサンの言葉に耳を傾ける。この倉庫部屋と同じ階には、会議室がありリッカーは今そこにいる。だからここでそのリッカーの話をしているのは、なぜかとても変な気分がした。



「リッカーは、いきなり2人で話がしたいって言ってきた。お、同じ十三商人として断る理由もないし、新参者だった僕は、とうぜん「うん」と頷いたよ。そして会って話をしたんだ。そしたら、かか、彼は単刀直入に言ってきたんだ。麻薬の精製を手伝えと言ってね」


「リッカーが麻薬の精製を!?」



 ローザが身を乗り出す。するとセシリアとシェルミーが、話の続きを聞こうと言ってローザを落ち着かせた。


 クラインベルト王国の治安維持にも大きく活動をしているローザにとって、麻薬精製なんて悪行はとても聞き逃せない事だったのだろう。



「や、『闇夜の群狼』は、大規模な麻薬の栽培場を既にいくつも所有しているらしくて、その中でも特に貴重な種類の麻薬があって、その精製を、ぼぼ、僕に頼んで来たんだ。もも、もちろん、断ろうとしたけれど……」



 ローザが、イーサンよりも先に言った。



「断ると言えば、殺すと脅されたのだろ。そしてイーサン、君自体も麻薬漬けにされた。奴らから、決して逃れられないように。麻薬犯罪には、よくある話だ」



 イーサンは、力無く頷く。そして私の顔を見上げた。



「そそ、その通りだ。そして、む、無理やりとは言え……ぼぼ、僕は薬物中毒者になってしまった。そ、その事をテトラ……君に知られたくなかった。もし、知られたら、絶対に嫌われると思ったんだ」


「わ、私はそんな理由で人を嫌いになるとかないです! だってイーサンは、無理やり薬を身体に入れられた訳ですし……決して自分から望んだ事じゃないじゃないですか」


「で、でも、そ、その後で、ぼぼ、僕は麻薬を何度も……今だって抜け出せないでいる。あれがないと生きてはいけない。だ、だからリッカーの言いなりになって、麻薬を精製し続けているんだ」



 悲痛の目。麻薬は、人の心も身体もボロボロにする。最後に行きつく所は、虚無ととてもつらい死。麻薬は、人から健康や正常な判断だけでなく、人生や全てを奪う。彼にどう言葉をかければいいのか困っていると、ローザが私の肩にそっと手で触れた。



「麻薬というのはな。一度試せば、そこから身体も心も蝕んでいく。そして最後には死へ誘う、恐ろしい死神の薬なのだ。そして一度服用すれば、たちまち中毒になってそこから抜け出せなくなる。辿り着く先が死だと悟ったとしても、決して容易には薬をやめられなくなってしまうんだ。だからイーサンは……」


「ででで、でも僕はテトラ……君と知り合ってから、この麻薬を完全に身体から追い出す事ができる薬を開発したんだ。いや、正確にはしている途中だけど……リッカーが僕に精製させた麻薬はとても強力なもので、それを中和する為の薬の開発は、かなり労力も時間もかかる。でも完璧なものを造るつもりだ。だからそれまで待って欲しい……」


「や、やっぱり……やっぱり、イーサンはそうじゃないですか」


「そ、そうじゃないとは?」


「あなたは、『狼』の手先でも、リッカーの仲間でもありません。麻薬を使用しているからと言っても、それは無理やりやらされてやめられなくなっているだけです。それを良しとせず、そこからなんとか薬を身体から追い出して、もとの健康的な本来の自分に戻ろうとしている。上手に言えませんが、現状から這いあがろうとしている人は、頑張っている人なんです!」


「僕もそう思う。イーサン、君が病弱なのに良からぬ薬に手を出しているのは知ってはいたし、心配だった。だが、まさか麻薬精製までやっているとは思わなかった」


「……ミルト」


「でも今の君は、自分の間違いを正そうとしている。それなら僕と一緒に全力で、テトラちゃんの力になろうじゃないか。このリベラルは、僕らがここまで大きくした都市だ。なら僕達が守らないとな」


「た、確かにそうだな……その通りだ。だ、だからこそ、ぼぼ、僕も全部話して、ダニエルや君と同じく戦う気になったんだ」


「ありがとうございます、イーサン。それで……話を戻しますが、リッカーが『狼』なのですか?」


「わ、解らない。でも彼は、麻薬の栽培から精製、販売に関する事までを話していたよ。か、彼は誰かのつかいでそれをやっているみたいな事を言っていたけれど、そ、それは組織のもっと上の人間の事であって、ぼぼ、僕は、彼が『狼』だと思っている」


 …………



 …………沈黙。


 それを破るようにデプス市長が言った。



「リッカーなら、同じ階の会議室で待たせているはずだが……ここへ連れてこようか?」


「そ、それは、ちょ、ちょっとま、待ってくれ!! まだぼぼ、僕の調べが完全に終わっていない!! ぼぼ、僕は皆に……う、ううん、本当はテトラ! 君だけには、僕の潔白を証明しておきたかったんだ!!」



 デプス市長が、現時点で『狼』の可能性が高いリッカーをここへ連れてこようかと言った途端、あの緑色の霧で調査を途中で切り上げるしかなく、そうして中断してしまったイーサンが慌ててすがり付くように言った。



「た、頼む!! ぼぼ、僕はテトラに証明したいんだ!! リッカーが怪しいって言ったのは僕自身だけど、それでも先に僕を調べて欲しい!!」


「おい、もうお前は必要ないだろう。既に証明されている。違うか?」



 ミルトがイーサンに対し、面倒くさそうな顔をして言った。これはミルトの彼に対する優しさだった。イーサンの調査は、中断するしかなかった。



「だ、駄目だ! ミルト。君のように僕もちゃんと調べて、完全な潔白を証明したいんだ!」


「いや、だからもう必要な……」


「待ってください、ミルト、イーサン。解りました、後で調べます!」


「あとで?」


「はい。だって今は、どちらにしてもイーサンの心と記憶の世界には入れません。あの緑色の霧がかかっているからです。でもあの正体は、イーサンが自分の事を正直に話してくれたお陰で解りました。ですよね、セシリア」


「そうね。あれは間違いなく、薬による影響ね。あの霧自体が、何かしらの薬品臭かったし、まず間違いないと思うわ。イーサンが使用した麻薬のせいか、もしくはそれを中和しようと今作っている薬の効果か、その副作用。おそらく、それが邪魔をしているんじゃないかしら」


「う……そ、そうかもしれない」


「ならイーサンの調査をするなら、薬が抜けてからの方がいいわ。その方が合理的だと思うし、その前にリッカーを完全に黒だったと証明する事になれば、自動的にイーサンの疑いは晴れる。まだ調査をしていない他の十三商人に関しても言える事ではあるけれど、一番それが合理的な考えだと思うわ」


「そういう事です。イーサン、これが一番ベストな考えだと私達は思っています。だから、イーサンは頑張って自分の身体から悪い薬を追い出してください。そして、もとの健康な身体に戻って下さい」


「うう……わ、解った……そ、それじゃ早速だけど、リッカーに脅されて、麻薬を精製する事になったその精製所に案内したい。じ、実はデューティー・ヘレンとも少し絡んでいて……」



 え? デューティー・ヘレント!! 私は彼女の名前を聞いて、驚いてセシリアを見た。彼女の事は、セシリアとファーレが調べてくれていたから。


 そう言えばセシリアは、彼女に拘束されて自白剤を射たれかけたと言っていたけれど……でも結局、デューティー・ヘレントも『狼』をどうにかしようとしていたって聞いていたけれど……


 あれ? 彼女の家にリッカーが現れたとも、セシリアとファーレは言っていた。それっていったいどういう……あれこれありすぎて混乱していると、セシリアが代わりにその事をイーサンに突っ込んで聞いてくれた。



「どういう事なのかしら? もしかして彼女も『狼』の仲間って事?」


「わ、解らないけれど、ぼぼ、僕と同じで利用されているんだと思う。恐らくリッカーが『狼』なら、彼にかな。デューティーは、フルーツディーラーと言われているだけあって、植物などに関する知識も豊富にあるし、栽培や研究施設も所有している」


「確かに彼女は、農園をいくつも持っているみたいだったわ。現に私とファーレは、そのうちの1つに行って、そこで彼女に会っていたから。そこには、リッカーとイーサンもいたわね。後は、変わった感じのする白衣の女がいたけれど……もしかして……」



 セシリアはあの時の記憶を思い出して、色々と考えているようだった。


 そう言えば私もそうだ。私もダニエルさんの家に行って、彼に会って話をしたのだ。


 そしてそう……十三商人の中で、『狼』の可能性があると怪しんでいる興行師のボム・キング。彼の開催するコロシアムに参加して、なんとか彼に近づいて『狼』かどうかを調べること。その計画があった事も思い出した。


 でも先に、リッカーの件をなんとかしないと。彼がはっきりと黒だと判明すれば、ボム・キングの開催するコロシアムに参加する理由もなくなるし、イーサンの潔白も直ぐに証明されるのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ