表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1287/1347

第1287話 『イーサン・ローグの世界 その9』



 イーサンは、私達に自分の事を告白してくれた。


 イーサン・ローグは、薬物中毒者だった。それで今は、そこから脱出して健康を取り戻せるように、別の薬を飲んでいる。でもその薬はイーサン自身が調合した劇薬で、イーサンの心と記憶の世界にも大きく作用していた。


 イーサンが『狼』ではないと、はっきりと証明をする為、彼の世界に入るとそこは薬品臭い緑色の濃い霧で覆われた異常な世界だった。


 イーサンの告白を耳にして、セシリアはある事に気づいたようだった。



「そう言えば……リッカーの住処。私達は交易都市リベラルにやってきて、『狼』を探し出して倒す為に、まず最初にこの都市で一番の権力者である十三商人であり、情報屋でもあるリッカーのもとへ行ったわ」



 私とローザとシェルミーも、そこへ行った。その時の事を、もう一度思い返してみる。



「そこはリッカーの住処で、彼の子分達が大勢いたわ。しかも皆、お酒を飲んだり煙い位に煙草を吹かせていて、シーシャみたいな珍しいものも見かけたけれど……今にして思えば、あそこにいた人達も、もしかして薬物中毒者だったんじゃないかしら」



 セシリアの言い出した事に、驚きを隠せない。でも思い返してみると、確かにあそこで屯っていた人達……不自然に窪んだ眼に、こけた頬。痩せた身体に、荒んだ目。言われてみれば、そうだったかもしれない。


 セシリアにじっと見つめられながら質問されたイーサンは、深く頷いて口を開いた。



「……リッカーなんだ」


「え?」


「ぼぼ、僕はリッカーに利用されて……」



 思いもよらなかったイーサンの告白に、私は驚いた。そしてセシリアとローザ、シェルミーとも顔を見合わせる。今度は、シェルミーがイーサンに迫った。



「イーサン・ローグ。あなたが情報屋リッカーとどういう関係にあったのか、教えて欲しい。確かにリッカーは、今この市役所の同じ階の会議室にいるわ。後程、ラビッドリームの力を使って、彼の心と記憶の中へ入る。そして他の人と同様に、彼が『狼』なのか調べさせてもらう。その事に変わりはないんだけど、有益な情報があるなら知っておきたいのよね」


「ああ、そうだね。そ、それなら答えよう。ぼぼ、僕は今、目の前にいるテトラの事を……」



 イーサンに見つめられて、顔が赤くなる。彼の顔は、リッカーのもとで屯っていた人達と同じく痩せこけていて、まるで病人のように見えた。でもその目は、まっすぐに私を見つめている。今までになかった力強い意思を感じる目。



 ガチャ!!


「イーサン!! 言ったはずだ! 抜け駆けは許さないと!!」



 外に出ていたミルトが、また倉庫部屋に入って来た。会議室に戻らずに、またドアの直ぐ外でこちらの話を聞いていたみたいだった。



「ちょ、ちょっと待ってくれ! ミ、ミルト、君の番はもう終わったろ! いいい、今は僕の番だ!!」


「うぐ……」



 イーサンは、ミルトにも今までに見せなかった強い目と、はっきりとした口調で言った。それだけの事を今から彼は、告白しようとしているのかもしれない。

 

 シェルミーが私に目配せをした。彼女が何を言いたいのか解っていた私は、頷いてイーサンに近づいて言った。



「お願いです。『狼』の手がかりになる事を知っているのなら、教えてください」


「……『狼』の正体は、ぼぼ、僕には解らない。で、でも……」


「でも……なんですか?」


「そ、それを言う前に、さ、先にひ、ひとつ聞いておきたいんだ」


「何をですか?」


「お、『狼』は、とても危険だ。な、なぜならこのヨルメニア大陸全土に蔓延っているという巨大犯罪組織、『闇夜の群狼』の幹部だからね。や、奴に目をつけたら、ど、どうなるか解らない」


「大丈夫です。私達が、守ります。もちろんイーサンとミルトの安全も保証します! 約束します! だから重要な情報があるなら、教えてください!」


「そ、それでも奴はきっと甘くない。だ、だから僕らは、僕らと同じ十三商人の中に、『狼』が潜んでいる事ももっと前に気づいていたけれど……そそ、その正体を探ったり、これまで探ったり近づこうとしたりはしなかったんだ。ゆ、唯一、リッカーだけがどうも奴と繋がっているようで……」


「え? リッカーと『狼』が⁉ リッカーの正体が『狼』じゃないんですか?」


「しょ、正直、そそ、その可能性も否定はできない。ぼぼ、僕もリッカーは、十分に怪しい、怪しすぎると思っている。彼が『狼』だとしても、なんらおかしくはない。だ、だってきっと彼は、『狼』の正体を知っている。なのに殺されたりしていない。って言う事は、彼自身がそうなんじゃないかって……」


「…………」


「そ、それで質問したいんだ。テトラ……き、君達はどうしてここまでして、こんな危ない事に首を突っ込むんだ。ぼほ、ぼくはそれが理解できない。『闇夜の群狼』という組織は本当に大きくて、何処にでもいて、恐ろしい奴らなんだ。そそ、そんなのを敵に回して、ただで済むはずがない。や、奴らに逆らえば、き、きっと報復される。それも、見せしめの意味も込めて、きっとこれ以上ない酷い方法で……」



 イーサンは、私に自分の知っている事を全て話すべきか悩んでいる。なぜなら、本当に私の力になってくれようとしているから。でもその事を『狼』に知られれば、彼が言ったように、彼はとても酷い目にあわされるかもしれない。これからする告白は、そういう覚悟が必要なのだと思った。


 ダニエルさんは、愛する家族を『闇夜の群狼』に奪われた。だから彼は、『闇夜の群狼』を決して許さない。恐れもしない。きっと倒す為なら、どんな協力もしてくれるだろう。でもイーサンやミルトは……


 彼らが私達にこれから全面的に協力してくれようとすれば、もう後には引き返せない。それなりの覚悟が必要なのだ。


 イーサンは、私を見つめ……次にセシリア、ローザ、シェルミーの順で目を移した。



「ど、どうしてこんなリスクを顧みず、ここまでの事をするだ? テトラやセシリアやローザは、クラインベルト王国の者だし、シェルミーとファーレも、メルクトの人じゃない。ガガ、ガンロック王国の者だ。しゅ、首都グーリエは、賊によって陥落したと僕も既にリッカーから聞いたよ。メルクト共和国は、もう間もなくおしまいなんだ。そしたらこの交易都市リベラルも直に、狼に呑み込まれる。それなのに……どうして? その理由を僕に聞かせて欲しい」



 イーサンの言葉は、私達にも響いた。そう……『狼』を怒らせればただでは済まない。イーサンもそれを覚悟した上で、私達に手を貸してくれようとしてくれている。だから勇気を振り絞って、決意を固めようとしてくれているのだと思った。その為の、問い掛けなのだ。


 だったら私は、覚悟を示してくれようとする彼に、ちゃんと答えなければならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ