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第1285話 『イーサン・ローグの世界 その7』



 現実の世界へ戻って来た。市役所にある倉庫部屋。私達は目を覚ますと、目の前に座っているイーサン・ローグに視線を向けて注目した。


 イーサンも目は覚ましている。でも彼は私達がイーサンの心と記憶の世界で、どんな事になっていたのかを知らない。シェルミーは私達の表情から、事が上手くいかなかったのではないかと察したようだった。



「どうだった? もしかして、上手くいかなかった?」


「はい……実は――」



 緑色の濃い霧。これまでとは、違う世界。イーサンに会う事すらできなかったが、クラインベルト王国でメイドをしていた時の同僚のシャノンには、幻影といえど会えた事。途中でアローの具合が、緑色の霧で悪くなった事などを話した。イーサンは、それを聞くと険しい顔で俯いてしまった。



「イーサン……」


「ううう……ぼ、ぼぼぼ、僕は潔白だってテトラ、君に解ってもらいたかったのに……ここ、これじゃ、どうしようもないじゃないか……」


「落ち着いてください、イーサン。緑色の霧がなぜ、イーサンの中で発生していたのかも解りませんが、それはイーサンのせいじゃないじゃないですか。イーサンは、悪くないですよ。どうすればいいか、これからまた皆で作戦を練って、もう一度トライしてみましょう」


「うう……」



 そう言ってイーサンの肩に触れた。でも彼は、小刻みに震えて俯いている。私達に協力してくれようとしているのに、それが上手くいかないから、悔しがっている。でも震えている理由については、それだけではなく身体の何処か具合が悪いのかもしれないとも少し思った。なぜなら彼の心と記憶の中には、薬品臭い緑色の濃い霧があんなにもかかっていたからだった。



「ふう、まあまずはあの緑色の霧の正体を明らかにする所からだな。アローが具合が悪くなったのも、イーサンの世界でイーサン自身に会えなかったのも、あの霧が深く関係していると思ってほぼ間違えないだろう。ならまずは、それから解決するのが先決だろう」



 ローザは、腕を組んでそう言った。セシリアとシェルミーも同感している。



「どうだ? イーサン、君は私達の話を聞いて、その緑色の霧について何か思い当たる事はないか? あれば、些細な事でもいいから教えてくれ。なんでもいい。まずは解決の為に、手がかりが必要だ」


「ううう……」



 ローザの質問に、イーサンは更に蹲るような姿勢をとった。両手で頭を抱えている。イーサンに思い当たる事があるのかどうか、解らない。その時、扉が開いた。


 ガチャリッ。


 誰が入って来たのか、全員が注目した。するとそこには、ミルトが立っていた。彼は椅子に座ったまま蹲っているイーサンを見て、呆れたような顔をした。



「ミルト!」


「ごめん、テトラちゃん。ちょっと失礼するよ。おい、イーサン! 君は、テトラちゃん達に協力すると言ったんだよな? 忘れたのか?」



 顔をあげるイーサン。ミルトを見る彼の顔は、先程より少し疲れて見えた。



「ミルトか。なんだ? いい、今は、ぼぼ、僕の番だろ。き、君はもう終わって疑いが晴れたんだから、部屋の外へいろよ」


「ああー、出ているよ。でもその前に言わせてもらおう」


「な、なんだ? 何をだ?」


「本当に君が、このリベラルから『闇夜の群狼』を追い出したいと思っているのなら――テトラちゃんに、本気で協力していると思っているのなら、本当の事を話すべきだと僕は思うがな」



 本当の事? 皆、ミルトの言葉を聞いて彼に視線を向ける。言葉の意味を考える。



「…………」



 でもやっぱり、彼はしゃべりたくないという様子だった。セシリアが私の脇腹を突いてきた。



「あう……」


「ほら、行きなさい」


「え?」


「え? じゃない。あなたが言えば、イーサンは答えてくれるわ」



 セシリアは私にそう言った。私はイーサンに、聞いてみた。



「イーサン、何か知っているんですか? その事は、緑色の霧と何か関係のある事なんですか?」


「そ、それは……」


「ダニエルさんやミルトもそうでしたが、イーサンも私に凄く親切にしてくれました。こんな私に色々と気を遣ってくれて……」


「こ、ここ、こんなって……テトラは、とても可愛いと思う……す、少なくとも僕はそう思っている」


「はあ!? おいおい、君だけが特別にそう思っている訳じゃない! 僕もだよ!!」



 イーサンに続いてミルトが言った。セシリアやローザ、シェルミーにデプス市長。ここにいる皆の視線に当てられて、私は顔が真っ赤になった。だって、男の人にこんなふうに言ってもらった事なんて……今までにないから……


 だから嬉しいけれど、どうしていいか解らずに戸惑ってしまう。本当にミルトとイーサンは、私の事をそういうふうに思ってくれているのだろうかと考えてしまう。どうしても、まさかそんな事はありえないという気持ち。


 きっと、気を遣って良く言ってくれているのかもしれない。でも……それでも、そういう事を人に言われ慣れていないせいか、嬉しくて顔や態度に出てしまうのが恥ずかしかった。



「お願いです、イーサン。私達に協力をしてくれているのなら、あの緑色の霧の正体を教えてください。例え解らないとしても、思い当たる事があるのなら、なんでもいいです。どんな小さな事でも、思い当たる事があれば教えて欲しいんです」



 また俯くイーサン。するとセシリアが、私の後ろに忍び寄って背中を強く押した。



「ほら、あなたはイーサンに好意を寄せられているのだから、それを使いなさい!」


「きゃあっ!!」



 体勢を大きく崩し、イーサンの方へ倒れてしまった。けれど倒れこむ寸でのところで、彼に支えられた。それを目にしたミルトは、部屋に凄い勢いで入ってくると、私とイーサンの間に割って入った。ミルトは、助けてくれたはずのイーサンを睨みつけたので、悪いのは私と私の背を押して来たセシリアだと説明をした。


 するとイーサンは、また自分の椅子にゆっくりと腰かけると、何か意を決した目で私を見て、ポツリと話し始めた。



「こ、これを話すと……な、なな、何より君に嫌われると思った。で、でも、話さないと、ぼ、僕の潔白は証明できない。そ、それに君が困っているのなら、全力で力になりたい。だ、だから決めた。話すよ」


「イーサン……」


「ぼ、僕は……実は……僕はね、ジャンキーなんだ」

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