表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1284/1347

第1284話 『イーサン・ローグの世界 その6』



 ローザは、私達の前に現れた。彼女が無事だったのを見て、緊張が解ける。でもそれは一瞬の事だった。ローザは、小さな何かを腕に抱えていた。アローだった。



「アローー!!」



 ぐったりとしているアロー。私とセシリアは、ローザが抱きかかえているアローのもとへと近づいた。ローザの顔を見る。



「アローが、凄いぐったりとしています。な、何があったんですか?」



 ローザは、顔を左右へ振った。



「解らない。見つけた時には、霧の中で既にこうなっていた。それからこうして抱きかかえて、何度も声をかけているが……うなされているような声をあげるだけで、まともな会話もできない」


「ど、どうしたのでしょうか、アローは……」



 アローに触れようとした私の手が震えている事に、私自身が気づいた。アローは、私にとって大切な仲間であり友達。アローにもしもの事があったらと、欠片でもそんな事を思うと怖くて仕方がなくなる。



「セシリア……アローが……」


「そうね、確かにかなり具合が悪いようには見えるけれど……」



 そう言ってセシリアはアローに、優しく触れた。するとアローは、微かに閉じていた眼を開いた。それを見たローザは、明らかに驚いた顔をしている。アローは、本当に今の今まで、完全に意識を失っている状態だったのだろう。



「アロー!! 大丈夫ですか?」


「…………アロー?」


「アロー!!」


「……はて。それは、誰のこと?」


「何を言っているんですか? アローは、あなたでしょ! 私達の事やレティシアさんの事、覚えているんでしょ?」


「レティシア……」


「ラビッドリームの事も、思い出してください。あなたは、アローですよ!!」


「ラビッドリーム……? それは……いや、そうか……なるほど」



 セシリアとローザ、2人と顔を見合わす。するとぐったりしていたアローは、身を起こしてローザの腕から掌へと移動した。



「ふう、もう大丈夫。僕は、アローだ」


「解っていますよ! それで、大丈夫なんですか? 意識が……」


「ちょっと毒気にあてられてね。意識が混濁していたようだ。でももう大丈夫だよ、レディー」



 セシリアが、アローの言った言葉に反応をする。



「毒気? 毒気って、あなたはいったい何の事を差して言っているのかしら? もしかして、この緑色の霧の事?」


「ああ、そうだね。説明が必要だね。毒とは、ずばり君達が今まさに目にしているものだよ」


「やっぱり、この緑色の霧の事なのね」


「イグザクトリー! そう、この霧の事です」


「確かにこの霧は、薬品臭いわ。でも本当に有毒なら、今頃私達もやられてしまっているのだと思うのだけれど……」


「ふむ、そうですね。普通に考えるとそうなるでしょう。この霧は、何か不思議な力を放っているようです。イーサン・ローグ。彼の心と記憶に僕がダイブした時、僕は彼の深層心理に触れて、彼が『狼』であるかどうか、もしくはそれが解らなくても、それに関係する者かどうか調べようとしたんだ」



 セシリアは、強い眼をアローに向ける。



「あなた1人で?」


「ええ。もちろん、レディー。だって目的は、既にはっきりしているでしょう。僕だって理解しているから、僕一人でできる範囲で先行して調べようとした訳さ。でも予想外の事が起きた」


「予想外ってなんの事ですか?」


「どうやらこの濃い霧は、ラビッドリームの精霊力に悪影響を及ぼしているようだ。なのにその事にも気付かず、霧の中で僕はラビッドリームの力を使ってしまった。その瞬間、身体が何か暴走するような感覚に襲われて、次第に動けなくなった。それから僕はその場で意識を失ってしまって、気づいた時にはローザの腕の中にいたという訳さ」



 ラビッドリームの力を使おうとしたら、身体が暴走したような感覚に襲われて、次に動けなくなったって……アローは、この緑色の霧のせいでそうなったと言った。緑色の薬品臭い霧。



「そ、それはなぜ、どうしてそうなったのですか? ただ単に、アローの具合が悪くなった訳ではないのですよね?」


「レディー。僕は間違いなく、この緑色の霧のせいでそうなったのだと確信している」


「じゃあ、この緑色の霧ってなんなんですか? もしかしてこれが、イーサンの心と記憶の世界そのものなんですか? だとしたら、ラビッドリームを再び使う事はできないですし、私達はこのまま……」


「いや、それなら大丈夫。ここから抜け出す事は、おそらくできる」



 アローとの会話を聞いて、ローザがピクリと反応した。



「それは、おかしいな? この緑色の霧のせいで、ラビッドリームの力が使えないのであれば、もとの世界へだって戻れないんじゃないのか? もしかしてアローは、既に戻れるかどうかを試したのか?」



 ローザの質問に頷くアロー。それなら……イーサンの深層心理に潜る事はできないけれど、ここから脱出する事は可能だということ。



「僕の具合が悪くなったのは、イーサン・ローグの深層心理に触れようとした時だった。この霧は、きっとそういう力に対して敏感に反応するようだ」


「……なぜだ? なぜそうなるのだ?」


「それは、僕にも解らない」



 イーサンの心と記憶の世界。そこに出入りする事は出来ても、ダニエルさんやミルトを調べた時のように、深層心理に直接潜って調べるという同じ方法はできないとアローは言った。


 深層心理にアローが直接触れて調べれば、相手が『狼』であるかそうでないか、はっきりと判明させる事ができる。でも今回は、緑色の霧に邪魔されてできない。


 何か別の方法を考えれば、他に何かいい手はあるかもしれないけれど……今ここにいる全員が黙ってしまっているという事は、現時点では誰も何も思い付かないという事だった。



「じゃあ、どうするか? アローには頼らずに、私達だけで調べてみるか。ダニエル・コマネフやミルト・クオーンのように、この世界にもイーサン・ローグはいるのだろ? まずはイーサン自身を見つけて、声をかけよう。そして彼が『狼』かどうか、質問などして直接確かめてみればいい。それで答えてくれるかどうかは解らないが、私は試してみる価値はあると思う」



 ローザの案は、現時点ではとてもいいように思えた。けれどアローは、残念そうに顔をまたしても横に振る。



「それは、駄目ですね」


「なぜだ? この濃い霧の中では、彼は見つけ出せないって事なのか? ならばなぜ、そうだと言いきれる? 試してみる価値はある。探せばすぐに、見つかるかもしれない」


「そうですよ、ローザの言う通りです、アロー。私もこんな緑色の他に何も見えない世界で、シャノンという……私の同僚なのですが、会う事ができました。もちろん、本物じゃないですけど……でも会えたんです」


「レディー、そうじゃないのですよ。この世界でイーサン・ローグに会おうとしても、彼は今こちら側にはいないのです」


「え? こちら側って……」


「もっと解りやすく説明すると、この緑色の霧が彼との接触を邪魔している。そう言えば解ってもらえますかね? まあ、だからと言って、何も仕様がない。この霧の正体を掴まなければ、対処のしようもないという事なのですよ」



 そ、そんな……


 困ってセシリアとローザの顔を見た。専門知識が最もあるアローに、絶望的とも言える事を言われ、困惑している。


 それでも考えれば、何か他に手が……そう思っていると、また唐突に気分が悪くなってきた。アローと同じ症状が私にもでたのかもしれないとも思ったけれど、直ぐに本当の原因に気付く。


 そう、これは魔力量の少ない私が、ラビッドリームの力を使い続けているせいで引き起こしている状態異常。セシリアはそんな私の身体の具合に気づいたみたいで、重い溜息をつくと言った。



「仕方がないわ。どうやら、ここまでみたいね。脱出する事が可能なら、ここは一旦出直しましょう」



 このまま無理をしても、気を失う可能性もある。術者の私がそんな事態に陥ったら、この世界にいる皆もどうなるか解らない。


 ここまで来て何の手掛かりも得ないまま、引き返すのは凄く無念に思う。けれどこれは仕方のない事だと思い、私達は今一度出直す事を決断した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ