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第1283話 『イーサン・ローグの世界 その5』



 イーサンが薬屋だからなのかは解らないけれど、薬品臭い緑色の霧が辺りを包んでいる。その中で私は、シャノンと見合っていた。


 先程までは普通に会話をしていたけれど、今はなぜか彼女の目に狂気を感じる。私は警戒して、背負っていた涯角槍に手を伸ばした。緊張。額から冷たい汗が流れる。現実世界ではないはずなのに、彼女がそこにいるのだとリアルに感じる。



「テトラ!!」



 霧の中から声がした。セシリアの声。私は、彼女の声がした方を振り返り、ここにいるのだと声をあげた。



「セシリア!! ここです!! 私はここにいます!!」


「テトラ、そこにいるのね!!」


「はい、います!! でもこの霧で何も見えなくて!!」


「声であなたがいる位置は解るわ。こちらからそっちに行くから、動かないで」

 


 動きたくても、今は動けないと思った。シャノンと見合っているから――


 そう思ってシャノンの方へ再び目を向ける。あれ? するともう彼女の姿は、忽然と消えていた。



「シャノン?」


「どうしたの、テトラ?」


「セシリア! あれ? 今ここにシャノンがいて……」


「シャノン? シャノンはお尋ね者になった後に賞金稼ぎに捕らえられて、檻に入れられ護送されていたのよね。この交易都市リベラルで、それを見たとあなたが話してくれたわ。そのシャノンがいたの?」



 シャノンを見た時の話は、セシリアとローザには既に話していた。



「はい……いえ……でも、本物ではありませんでした」


「そう……でもなぜこの世界に、シャノンが現れたのかしら?」


「解りません。この世界は、イーサンの心と記憶の世界ではありますが、術者である私や、今も力を使っているラビッドリームが大きく作用していると思います。だから……」


「ここはイーサンの世界だけれど、あなたの心と記憶にあるシャノンが現れてしまった。そういう事かしら」


「……はい」



 イーサンもシャノンには会った。リベラルの街中で、護送されているシャノンと――


 でも見ただけで会話もろくにしていないと思うし、あの後に何か話をしていたとしても僅かに違いない。さっき私が会話したシャノンは、本物そのものだった。イーサンの心から現れた彼女であるなら、本物と変わらないシャノンが現れるのはおかしい。だったらやっぱり、イーサンの心と記憶に私の心と記憶も、混じってしまっているのだ。



「そんな事よりも、この緑色の霧……いったいどうなっているのかしら。さっさとローザやアローと合流をして、すべきことを終わらせてしまった方がよさそうね」


「はい、合流すればきっと脱出できます。でもローザとアローは、何処にいるのでしょうか?」



 私のそのセリフを聞いて、ポカンとするセシリア。あれ? でもあの顔は、たいてい私が見当違いの事を言ってしまっている時の呆れた表情。何か、変な事を口走ってしまったのかと考える。



「あなた、解っていないみたいね」


「え? 何かですか?」


「何がって……私達がここへ来た理由以外に、何かあるのかしら?」


「そ、それは……あっ!!」


「やっと気づいたようね、私達のするべき事は一つよ。それとローザやアローは、心配しなくても向こうからきっと私達を見つけてくれるわ。ラビッドリームだって、今は協力的でしょ。それならきっとローザやアローの事だって、この近くに飛ばしてくれているはずよ」


「は、はい、そうですよね! アローは、この世界にも凄く慣れているようでしたし、ローザは凄く頼りになりますから」


「ええ、そうよ。私達がまず合流しなくてはならないのは、イーサン・ローグよ。イーサンに会って、あなたは『狼』ですか? って質問をしないといけないでしょう」


「ううー、そうでした。流石は、セシリアですよね」


「まったくもう、仕方がないわね」



 セシリアはそう言って、私のお尻をぎゅっと鷲掴みにした。いつもみたいに胸を叩かれなかったけれど、いきなりそんな事をされたので跳び上がる。



「ひゃああ!!」


「喜んでないで、探すわよ」


「よよよ、喜んでなんていませんよ!!」


「フフ」


「なんですか、その笑いは!!」



 セシリアをポカポカと叩こうとしたけれど、後が怖いので頬を膨らませるだけで我慢した。でも彼女とのやりとりで、不安になっていた気持ちが凄く楽になった。



「それでセシリア。イーサンを探すと言っても、この霧ですし……おまけにどっちにいるのかも解りません。あては、あるんですか?」


「そんなものある訳ないでしょ。適当に進むしかないわ」


「適当なんかでいいんですか?」


「適当じゃなきゃどうやって進むの? 他に何かいい案があるなら聞きたいわね。じっとしているよりは、何か行動をする。いい手を考えるにしても、行動しながらすべきでしょ」


「うっ!」



 セシリアに正論を言われて、慌てて今一度辺りを見回す。手をこまねいて動かないでいるよりは、何か行動をした方がいい。


 辺りは緑色の濃い霧で視界は悪く、数メートル先がどうなっているのかも全く解らない。このイーサンの心と記憶の世界の広さも解らないのに、無闇に歩き回ってもいいのかとも不安になる。


 あれ?



「あっちの方から、何か聞こえた気がしたわ。行ってみましょう」


「え? ちょ、ちょっと待って下さい、セシリア!」



 こんなに視界の悪い所で、セシリアとはぐれたりしたら大変な事になる。私は急いでセシリアの後ろにくっつくと、彼女の腕を掴んだ。セシリアに鬱陶しいという視線を向けられる。だけど私は、彼女の腕を離さなかった。


 セシリアもそんな私から、「やめなさい」と言って腕を振り払うような行動はとらなかったので、許してくれたのだと思った。こんな時なのに、ちょっと甘えてしまっているような感覚。


 緑色の濃い霧の中を歩く。なんの薬か解らないけれど、間違いなくなにかしらの薬品のニオイ。


 私やダニエルさん、ミルトとは明らかに違う異常な世界……でもイーサンが『狼』でないと証明する為には、このまま進むしかない。



「おおーーーーい……」



 何処かで声がした。セシリアがさっき何か聞こえたと言った方向から。



「おおーーーーい……」


「セシリア! これはローザの声じゃないですか?」


「そうね、ローザね。行ってみましょう」


「ローーーザ!! 私ですーーーーう!! 今、セシリアと一緒にいますーー!! そっちに行きますから、声を発していてもらえますかーーー!!」


「テトラかーーー!! 解ったーーーー!! こっちだああーーーー!!」



 やっぱりローザだった。良かった。


 私とセシリアは、警戒をしながらもローザの方へと向かった。

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