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第1282話 『イーサン・ローグの世界 その4』



 今、目の前を歩いているシャノンは、本物じゃない。イーサンか……ううん、おそらくは私だろうけど、私の心と記憶がつくりあげたシャノン。つまりシャノンの姿をした幻影……


 だけど、この薬品臭く何も見えない緑色の霧の中で見つけた知っている顔。シャノン。


 彼女は以前、ルーニ様を誘拐した挙句、その罪を私に追わせて逃げた、かつての同僚であり友人。本物でもなく、そんな事をされた相手なのに、彼女に会えて私の心は少し弾んでいた。


 謝っては欲しい……謝ってルーニ様にも、ちゃんとお詫びをして欲しい。そのつもりがあるのなら、少しでもその罪が軽くなるように、私も一緒に陛下やゲラルド様、ルーニ様にも頭をさげて許して下さいとお願いをするのにと思った。


 そう……これだけ酷い事をされたというのに、私はまだシャノンの事をかつての同僚で、仲の良い友人だと思っている。


 王宮でメイドの仕事を彼女としていた時の記憶、思い出、色々な事があったし沢山会話もしてきた。笑ったり、泣いたりもした。


 一度、裏切られたからって、シャノンとの思い出全てが嘘だったとは、私にはどうしても思えなかった。


 私は緑色の霧の中、前を歩いて行くシャノンを見失わないようにずっと後ろについていた。



「ちょっと、なんでついてくるの。鬱陶しいわね」


「え? だって……」


「だってってなーに? 私はあなたに構っている暇なんてないんだから」


「そうだ! それですよ、それ! シャノン! シャノンは、何か用事があるんですよね? 何処へ向かっているんですか?」


「え? 私? 私が向かっているのは……王宮……」



 シャノンの王宮という言葉を聞いて、クラインベルト王国の王宮メイドであった時の事を思い出す。


 あの頃は、上級メイドでいつも陛下や王妃様の傍にいたセシリアとは、言葉すら一度も交わした事がなかった。そう、何かある度に、話ができたのはシャノン……



「フフフ、そうだ。王宮じゃないわよ」


「ええ!?」


「なによ、なぜそんな残念そうな顔をするのよ。当たり前でしょ。あんなところにいたって、私の人生は変えられない。最悪のままなんだから」


「え? そんなに、最悪だったでしょうか?」


「最悪も最悪。知っているでしょ? 私はもともとスラムの出。なんとか王宮の下級メイドになる事はできたけれど、下級は下級ね。上級メイドと違って、お給金だって微々たるものだし、努力したからってそんな都合良く、上に這い上がれるものでもないわ。この先の人生、お先真っ暗って奴よ」


「そうでしょうか? 頑張れば、きっとよくしてくださいますよ。私も……思い出したくない環境で育ちましたが、そこから助け出してくれたセシル陛下やモニカ様は、とても慈愛に溢れた優しい方だと思っています。頑張れば、きっと認めてくださいます」


「そうかしら? その保証が何処にあるっていうの? あるのなら、今すぐにでも見せてくれる?」


「そ、それは……今は無理ですけど……」


「はあーー、どうだっていい。そんな事より、今の私には大事な事があるのよ」


「大事な事? それってなんですか?」


「え? なぜそれを、あなたにいちいち答えなくちゃいけないの?」


「ええ!? だってもしかしたら、一緒に探してあげられるかもしれませんし」



 そう言うと、前を歩いていたシャノンは足を止めた。こちらを振り返る。



「私はね、楽園を探しているの」


「楽園……ですか?」


「そう、楽園。その名の通り、パラダイス!! スラム育ちで、どうあがいても下っ端メイドで人生が終わってしまう私が、大きく綺麗な花を咲かせるとすればそこへ行くしかないの」



 何を言っているのか解らない。そもそもここは、現実世界ではないのだから、ここにいるシャノンだって本当には存在しないシャノンで……


 そこまで思って、はっとする。


 ダニエルさん……ダニエルさんの心と記憶の世界に入った時に、会った彼の奥さん。スザンヌさんはとても綺麗で優しい人だった。トマス君やシェレイちゃんも可愛くて、にこにこしてて……


 ふいに、あの人達は偽物だったのだろうかと考える。


 私の時には、あの頃のフォクス村であの時の無慈悲なドルガンド帝国兵に会った。恐ろしいドルガンドの悪魔……ハイン・ハイドリヒは、本物としか思えなかった。あれは私の心が生み出したものだったのだろうか……


 違う。全ては現実にあった事。確かにこの世界は現実世界ではないし、どういう仕組みなのか、細かい仕組みまでは解らない。けれど、ラビッドリームが具現化したものだとしても、現実にある事や関係する事でもある。


 全くの嘘とは、言えないのだ。


 だからこそ、この心と記憶の世界の奥の奥のそのまた奥まで潜って、深層心理のようなものにラビッドリームが触れると、その者が『狼』かどうか判別する事もできる。その人の真理が解る。


 私には術の発動しかできないけれど、ラビッドリームとその知識豊富なアローなら、その術も可能なのだ。


 なら、ここにいるシャノンからも、何か彼女の一部に触れる事ができるかもしれない……



「シャノン!」


「え? なに? 急に真顔になってどうしたの?」


「そのシャノンが行きたいって言っている楽園ですけど、もしかして『闇夜の群狼』と大きく関係がある場所なんじゃないですか?」



 質問に対して、キョトンとするシャノン。



「え? なぜいきなりそんな事を言うの?」


「え? だってあなたは、このヨルメニア大陸全土で最も巨大な犯罪組織、『闇夜の群狼』に入りたいって言っていたから。シャノンは、その組織で幹部になりたかったんじゃないですか?」


「…………」



 顔つきが明らかに変わるシャノン。



「驚いた。なぜ、そんな事をあなたなんかが知っていのか……」


「私みたいないつもぼーっとしているメイドが、そんな事を知っているのが不思議ですか? でもシャノン、あなたが言っていた事だから」


「私が?」


「そう。あなたはそれで、組織に認められようとしてルーニ様を誘拐した。そしてドルガンド帝国にルーニ様を引き渡し、帝国に対しても自分を売り込んだ。そうでしたよね。忘れましたか? あの時のこと。そしてそれを阻んだ、私とセシリアのこと」


「セシリア……セシリアってもしかして、あのセシリア・ベルベットのこと?」


「何を言っているんですか。セシリアは、他にいません」


「ふーーん、そうなんだ。あの上級メイドのセシリア・ベルベットが……」



 シャノンは、そう呟くと口元に不敵な笑みを浮かべた。私を見るその目には、狂気が走っている。


 私は少しだけ彼女と距離を取り、背負っている涯角槍をいつでも手に取れるように身構えた。

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