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第1281話 『イーサン・ローグの世界 その3』



 イーサンの心と記憶の世界――そこへ入った。入るなり、言葉を失ってしまった。


 ダニエルさんの時は、馬車で街へ向かう途中の街道。ミルトの時は、とても広い草原にある彼の屋敷だった。でもここは……


 辺りには、濃い霧で何も見えない。歩く事すらままならない。しかもその霧は、緑色をしていてとても薬品臭かった。それで彼が薬屋だった事を思い出した。



「セシリアー!! ローザ!! アロー!! 何処にいますかーー!!」



 急に心細くなって叫んだ。すると肺にその緑色の霧が入って、咳き込んでしまった。うう、やっぱり薬品臭い。なぜ、どうして? 明らかにここは、ダニエルさんやミルトの世界と違う。私の時のフォクス村だって、現実ではないと言っても、もっとちゃんとした世界だった。


 なぜ、彼の中はこうなってしまっているのだろうか。


 考えても解らなかった。それもそのはず。よく考えてみたら、ラビッドリームで誰かの心と記憶の世界に入ったのなんて、自分自身を含めてこれで4人目なのだから。たまたまこういう世界に当たらなかっただけで、これから他の十三商人も調べる事になれば、こんな世界の人がイーサン以外にもいるのかもしれない。


 急に不安になって、背負っている涯角槍に手を伸ばそうとして、やめた。ここは視界が悪すぎる。自分がどんな場所にいるかも解らない。それで武器を手にして歩いていたら、間違ってセシリア達を傷つけてしまうかもしれないから。



「ううーー!! セシリアーー!! ローーザ!!」



 もう一度、叫んだ。思い切り出せるだけの力を込めて、叫んだ。でも声は誰にも届いていないのか、返事は帰ってこない。頑張って出せるだけの声で叫んでみても、その声は緑色の霧の中へと吸い込まれて消えていく。


 イーサン……彼の心と記憶の世界は、どうしてこんな事になっているのだろうか。



「こ、このままこうしていても、何もならないし……でも調べるとしても、こんなのどうしていいのか解らない。この世界のイーサンにせめて出会う事ができたら、彼に『狼』かどうか問いかける事はできるけど……でも調べるならちゃんと調べた方がいいし、それならアローを見つけて、彼にイーサンの深層心理を直接調べてもらった方がいいかもしれない……」



 セシリアもローザも傍にはいない。不安な気持ちになっているせいか、まるでそこに誰かがいるかのように声に出してしまった。


 すると直ぐ横に、誰からの人影が見えた。



「ひ、ひいい!! だだだ、誰ですか⁉ 誰かいるんですか!?」



 怖くなって声をあげた。セシリアか、それともローザか。もしくは、イーサンかもしれない。


 そうだ。ラビッドリームは、できるだけ私が望んだ場所へと飛ばしてくれる。ダニエルさんや、ミルトの時も同じだった。なら、私の直ぐ近くにはイーサンがいる……かもしれない。



「だ、誰ですか? もしかして、イーサンですか?」



 緑色の霧。その中に見えた人影は、どんどん濃くなってきた。こちらに誰かが近づいてきているという事だった。イーサンかもしれないし、セシリアかローザかもしれない。だけどもし別の誰かなら……



「イーサン? セシリア?」



 何度、聞き返しても返事をしてくれない。こちらに近づいてくる影に対して、急に恐怖を覚える。もしかして、何か恐ろしいものかもしれない。もし恐ろしい何かだったら……



 ブワアッ!!


「きゃあああ!!」



 霧の中から腕が飛び出してきた。そしてその手が私の腕を掴んだ。



「きゃああ!! おおお、おた、お助けえええ!!」


「うるさいわね!! ちょっと黙りなさい!!」


「へ?」



 女の人の声。辺りは、相変わらず緑色の霧が充満していて何も見えない。だけどその人は、私にこれ以上ない位に近づいてきてくれたので、姿を確認する事ができた。私は、彼女の姿を見るなり、名を叫ぶ。まさか、そんな!?



「え? シャノン!!」


「そうよ、私よ。それが何か不思議な事だとでも言いたいの?」


「え? いや、その……」



 こんな場所で、あり得ない人物との遭遇に驚きを隠せない。っというか、ラビッドリームの力を使って誰かの心と記憶の世界に入る度に、驚いている気がする。ここは、イーサン・ローグの心と記憶の世界。現実世界ではないのだから、現実ではあり得ない事が当たり前に起きるのかもしれない。


 でも……でもなぜ、イーサンの心と記憶の世界の中に、シャノンがいるの? このシャノンは、本物じゃないはず。彼女は確かに交易都市リベラルにはいたはずだけど、このイーサンの中にいるのは彼の記憶……


 ……ううん、違う。私が術者だから、私の心と記憶も作用してしまっているのかもしれない。どうしてそうなったのかは、ラビッドリームでないと解らない事かもしれない。それなら今いくら考えても、確かめる術はないのだ。



「シャノン! こんな所で何をしているんですか?」


「何をしている? 私がこんな所で何をしているのかって? そんな事を聞いて、どうするの? テトラ、あなたが知りたい事ってそんなつまらない事なの?」



 やっぱり、普通じゃない気がした。イーサンは、あの時シャノンに会っている。だから今、目の前にいるシャノンは、その時のイーサンの記憶が造りだしたもの……もしくは、私自身の記憶が造りだしたものかもしれないと思った。


 ミルトのお兄さんや、ダニエルさんの奥さんや子供達と同じ、本物のシャノンじゃない。



「ふーー、相変わらずしけたつらね、あなた。まあ万年下級メイドの私だって、あなたの事をとやかく言える立場にはないけどね。ふう、それじゃ、特別用がないのなら私はこの辺で失礼するわ。私には大事な目的があるから。でもこの変な緑色の霧のせいで、かれこれずっとそこに辿りつけない。あーー、嫌になるわ」


「え? かれこれってどのくらいなんですか?」


「かれこれ……かれこれは、かれこれよ。そんなの解らない位、長い間よ」


「…………」


「じゃあね、可愛い狐ちゃん。また会いましょう」


「ちょ、ちょっと待って! シャノン、ちょっと待ってください!!」



 緑色の霧の中へ、消えて行こうとするシャノン。私は慌てて、彼女の後を追った。

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