第1280話 『イーサン・ローグの世界 その2』
ダニエルさんとミルトに続いて、次に私達が『狼』かどうか調べる相手。それは薬屋イーサン・ローグだった。
イーサン・ローグに初めて会ったのは、この交易都市リベラルにやってきたばかりの時で、場所は情報屋リッカーの住処だった。
リッカーの住処は、何と言っていいのか……とても陰鬱な感じのする場所で、やさぐれた人達というか……ちょっと怖い人達の吹き溜まりになってしまっているようだった。
皆、ぼーーっとした虚ろな表情をしていて、お酒を飲んでいるようだった。そして大量の煙草の煙で、屋内が真っ白に煙がかっていて気持ちが悪くなった。更にそこで目にした不可解なもの。なんだか解らない怪しげな薬……そんなのがいくつもあって、何処を向いても目についた。
だからそこに現れたイーサン・ローグも、怖い人のように思えた。それが彼に対する私の最初の正直な印象。
…………だけど違った。実際は、とてもいい人だった。ミルトとよく言い争っているように見えるけれど、それは私の事でだったりするだけで、普段はとても仲が良い感じがした。そう、他の十三商人よりも気が合う感じ。友人。
そしてこの交易都市で、檻に入れられて護送されているシャノンを見かけ、無我夢中で追いかけていた時には、ミルトと一緒に私の力になってくれた。彼がそこまでしてくれる理由なんて、何もないはずなのに……
だからダニエルさんやミルトと同じく、イーサン・ローグの事を私は誰よりも信用したかった。
イーサン・ローグの心と記憶の中へ入るのは、私と共にセシリアとローザがついて来てくれる。だから私達は、3人揃ってイーサン・ローグと向かい合う形で椅子に座り、その間にシェルミーとデプス市長が立って、見守ってくれていた。
「それじゃ、ローグ氏もこう言ってくれているし、始めちゃおうか」
「はい、解りました」
シェルミーの言葉に、部屋にいる全員が頷く。そして私は先に調査した2人の時と同じように、イーサン・ローグの方へ両腕を伸ばした。そこで、はっとする。物凄い何か突き刺すような視線を感じたからだった。隣を見ると、セシリアが何とも言えない冷淡な目で私を睨んでいた。
「え!? は、はわわわ!!」
私は慌てて椅子から跳び上がると、部屋の隅に置いていた愛用の武器、涯角槍を手に取って小走りで戻って来た。そしてその槍を背負うと、椅子に再び座った。
「あ、あははは……危ないところでした。また忘れちゃうところでしたね」
「忘れちゃうところでしたね、じゃないでしょ。私が気にしていなければ、また忘れてしまっていたんじゃないの?」
「ひ、ひいい!! すいません!! セシリアの言う通りです。ごめんなさい」
素直に謝る。するとセシリアは、溜息混じりに首を振る。「気づいてくれて良かったわ」と一言、イーサン・ローグの方へと向き直った。私はセシリアにもっと怒られるかもと思って、心臓がドキドキとしてしまっていた。
ううー、もっと落ち着かないと。これからまたラビッドリームを呼び出して、イーサン・ローグの心と記憶の中に入るんだから……気持ちを落ち着けないと……
「テトラ……」
「え?」
イーサン・ローグだった。術を使うのに、気持ちを落ち着けないといけないと思い、必死になってそうしようとしている私の姿を見ていた彼は、優しく私の名を呼んだ。
「ぼ、ぼぼ、僕もこの通り、直ぐ緊張する性格だし、そ、そそ、そうなると言葉もどもってしまうし、行動だってちゃんとしているつもりなのに、きょ、挙動不審になってしまうんだ」
「わ、私も同じだから解ります」
本当にそうだと思ったから、共感できる。すると彼は、相変わらず同様しているような表情をするも、にこやかに笑ってくれた。
「あ、あの……」
「え?」
「ぼ、ぼぼ、僕の事は、イーサンと呼んで欲しいんだ」
「私もそう呼んでいいのかしら?」
返事をする前にセシリアが横槍を入れる。ちょっと意地悪だと思ったけれど、怖いから口には出さない。
「も、も、もちろん! いいよ、セシリア。ぼ、僕もテトラの事は、既にテトラって呼んでいるけど、セ、セシリア、ロ、ローザ、シェルミー……皆の事も親しみを込めてファーストネームで呼びたい」
デプス市長がもじもじしている。彼もそう呼んで欲しいのかもしれないと思ったけれど、ローグさん……イーサンは、市長の方へはまったく視線をやらなかった。とうぜん、デプス市長は仲間外れにされてがっかりしている。
「は、はい。それじゃ、イーサンって呼ばせてもらいます」
「う、うん。そう呼んでくれると嬉しい。ミミミミ、ミルトはミルトって呼ばれているのに、ぼ、僕だけローグさんじゃ、ちょ、ちょっと寂しいからね」
「フフフ、そうですね」
「なんでもいいけれど、早く始めてもらえないかしら。後がつかえているのよ」
「ひい! は、はい!! そうですね、直ぐ始めます!!」
「ひ、ひい! わわ、解った!! そそ、そうだね、すぐ始めよう!! 心の準備はできているから、やってくれ!」
確かにイーサンと私、少し似ているかもしれないと思った。臆病なところ、直ぐ慌ててパニックになってしまうところ。やっぱりこの人が、『狼』であるはずなんてない。ローザとシェルミーも、セシリアに怒られて萎縮してしまっている私とイーサンを見て、笑っている。
私はまた両腕を前に突き出し、イーサンへと向けた。そして掌を上に向けると、光が溢れる。眩しい程の光が部屋を覆った。
普通なら、こんな術を使うのだってとても怖い。でも私には、セシリアやローザがついてきてくれる。アローだってそうだし、皆がいてくれるなら、どんなことでもやり遂げられる――




