第1277話 『ミルト・クオーンの心 その6』
ミルトは、納得してくれたのかそうでないのか解らない。そんな判断が難しい表情をしていたが、やがて立ち塞がっていた屋敷の出口である扉の前から、横に移動してくれた。
私は、ミルトが話を理解してくれて、道をあけてくれたのだと思いホッと胸を撫で下ろした。直ぐ後ろまで迫ってきている、私の姿をしたメイド達も、近くまでは来ているけれど距離を保ち襲ってこようとはしない。
「ミルト……あの……」
彼にお礼を言おうとした所で、彼はノブに手をかけて扉を開いた。
ガチャ……ギイイイイ……
開いた扉の隙間から、誰かが外にいるのが解る。完全に扉が開かれると、そこにはまた別の私が立っていた。しかも3人。服装はメイドではなく、なんと言っていいのか……
バニーガールと、ボンテージ姿の私、そしてとてもきわどい水着を身に着けた私!!!! な、なにこれ……
「あはーーーっはっはっはっはっは!!!!」
突然笑い出したセシリアに、ミルトさえも驚いている。
「あはーーはっはっはっは!! 見て、テトラ、ローザ!! セクシーダイナマイト、テトラーズよ!! あはははは、なにこれ、最高じゃない!!」
「なななな、なにが最高なんですか!! わわわ、私は恥ずかしいです!!」
「恥ずかしいってそんな……ほら、あれ見てみなさい。バニーちゃんテトラ。頭には狐の耳があるのに、兎の耳をつけているわ。あの子は、どうしても兎ちゃんになりたかったのね。あははは、傑作」
これはミルトの妄想なのに、まるで私にそういう願望があるみたいで、なぜか見せられているこちらがとてつもなく恥ずかしくなる。ミルトに目をやると、彼が自分でこんな私を呼びだしておきながら、頬を赤くして照れていた。な、なんだろう、これ!!
「ボンテージは、なんのつもりかしら。もしかして、お嬢様とお呼びっていう奴なのかしら。まさかこんなテトラがいるなんて、かなり貴重だわ」
「ちょ、ちょっとセシリア!! そんな事より、今は脱出しないと……」
セシリアの袖を引っ張ると、彼女は私の手を振り払った。そして私に意地悪する時のとても悪い笑みを浮かべて、最後のきわどい水着を着ている私に向かって指をさした。
「でも、最後のこのテトラは頂けないわね」
「え? 何が? 何がどう頂けないんですか?」
「ちょっと露骨すぎるわ。挑発しすぎる姿っていうのも、ちょっと駄目ね。それに胸もあんなにアピールしているし、下の方だってあんなにきわどい……」
「あーーあーーーあーーーー!! もう、いいですって!! もういいです!! さあ、先を急ぎましょう!! ミルトの次はローグさんが待ってくれているんですし!!」
「許せないわ、テトラの癖に……あんなきわどい水着、そもそもあんな紐みたいなの、つけていてもつけていなくても、一緒だと思わない。それならいっそ、剥ぎ取ってやろうかしら。そして木に逆さに張り付けて……」
「やめてください!! セシリアはこんな時にいったい、何を考えているんですか!!」
「あら、聞こえなかった? 何を考えているのか、口に出していたつもりだけれど」
「もうもうもう、やめてください!! もう、いじめないでくださいよ」
「フフフ、そうね。それじゃテトラをいじるのは、この位にしてそろそろお暇しようかしら」
やっとセシリアがその気になってくれた。ローザは、私とセシリアのやりとりを聞いて呆気にとられてしまっている。恥ずかしい……ミルトはなんでこんな姿をした私を……
……男の人って、こういう事ばかり考えているのかなって思って不安になってしまう。
「それじゃ、テトラ、ローザ、アロー。行くわよ。ミルト・クオーンさん。あなたへの疑いはこれで晴れましたわ。それじゃ私達は、この辺で失礼致しますわ」
ミルトが呼び出した、あられもない姿をした3人の私。それをすり抜けて、扉のノブにセシリアが手をかけると、その腕をミルトが掴んだ。
「何かしら?」
「おっと済まない。でもちゃんと言ったつもりだったんだが」
「言った? あら、何か言いました?」
「とぼけないでもらいたい。君達が帰る分には構わないが、テトラちゃんにはここに残ってもらうと」
「なぜ? ここには既に沢山のテトラちゃんがいるでしょう。それで十分じゃない?」
「十分? それはどうかな」
ミルトはそう言って私を見つめた。ちょっと怖い。
「そちらにいるテトラちゃんから、何かを感じるんだよね。それが何か解らないけれど……なんとなく、解るような気もする。僕の屋敷にいる、どのテトラちゃんよりも……テトラちゃんらしい何かというか……」
「ふう、解ったわ。いいわ、それじゃテトラはここに置いていってあげる」
『ええええ!!!!』
これには、私だけでなく当然ローザも声をあげた。アローは、なぜか平然としている。もしかして、何かセシリアに考えがあるのかな……そうは思っても、すんとした彼女の顔を見ていると凄く不安になる。
ミルトは、掴んでいたセシリアの腕を離した。セシリアは、「どうもありがとう」と言って扉を開ける。そして次の瞬間、私の腕を掴むと、ローザと一緒に扉の向こうへ飛び出した。屋敷の外は、とても広い草原地帯。草の香りが、鼻を突き抜ける。
「え? セシリア!!」
虚を突いたセシリアの咄嗟の行動。
「さあ、外に出たわよ。アロー、どうすれば帰れるのかしら?」
「そうですね。それでは、戻る術を使おうと思います。ですが……」
「ですが?」
「残念ながらこのままでは、きっと上手く術を発動できませんね」
「それは、どういう事なのかしら。あなたは、屋敷の外へ出たらもとのあの市役所の倉庫部屋に戻れると言ったわ」
「言いましたよ。確かに言いました。ですが今は、それができない問題が発生しています」
「問題? それはなんなの? ハッキリと言ってくれるかしら。それに対応するから」
「セシリア、危ない!!」
ゾクッとした。私は、慌ててセシリアの腕を掴んで引いた。彼女は、体勢を崩す。すると何かが、セシリアの頭上を抜けて行った。同時に、周囲に生えていた草がバサバサバサと音を立てて刈りとられる。
「大丈夫ですか、セシリア!」
「え、ええ。でも、刃物のような、何かが飛んできたわ」
「レディー、これはミルト・クオーンのテトラに対する執着……いえ、この場合は愛と言った方がロマンチックですかね。それが凄まじく強く、僕達をそう易々とは逃がしてくれないようです」
「なら、私達はどうすればいいのかしら?」
「そうですね。まずは、僕達をあの屋敷に連れ戻そうとしている、あの3人を撃退してください。そうすれば、僕はきっと術を使えるでしょうね」
私達をあの屋敷に連れ戻そうと、草原地帯に飛び出してきた3人。バニーガール、ボンテージ姿、きわどい水着姿の私……
この場から脱出する為には、私達に迫る私の顔をして3人をどうにかするしかない。
撃退すれば、アローは術を使ってここから脱出できると言った。やるしかない! 私達はここで戦う覚悟を決めると、目の前にいる私の顔をした3人と向かい合った。




