第1275話 『ミルト・クオーンの心 その4』
「ふう……付き合っちゃいられん。ミルト、遊ぶのもほどほどにな」
「これは遊びじゃない。僕は真剣にテトラちゃんとお付き合いをしたいんだよ」
「結婚って言ってなかったか?」
「ああ、言ったさ。でも結ばれるにしても順序ってものがあるだろ? だから今から彼女と添い遂げる前に、まずは彼女の身体を清めないといけないからね。あはははは」
「ふう、やっぱり付き合ってられん」
ミルトのお兄さんは呆れた様子で首を左右へ振ると、ダイニングから出て行ってしまった。すると私は、何人もの私に押さえつけられて、無理矢理服を脱がされる。あっという間に、そうなってそのまま部屋から運び出された。
こうなったら、実力行使でなんとか逃げ出すしかない。それでなんとか体勢を立て直して、アローやセシリア、ローザと合流をする。そう思って尻尾の力を使った。私の尻尾の1本が光り始めると、身体に力が漲る。すると私を押さえつけて運んでいた何人もの私も、同じように尻尾が光った。凄まじい力。抗えない。
嘘⁉ これじゃ、どうやっても逃げられない!!
乱暴に投げ込まれた先は、大きなバスルームだった。
ドンッ
「きゃあああっ!!」
バスルームの出入口に、何人もの私が立ち塞がっている。そしてその間を抜けて、ミルトがひょこっと顔を出した。
「おおおーー!! なんて美しい姿なんだ。天使だ、僕の天使ーー!! テトラちゃん、やっぱり君は僕の理想の人だ。美しくて可愛くて、そしてその豊満な胸に僕はこの顔を埋めて癒されたい!!」
同じ十三商人でも明らかに、ダニエルさんと違う。
「さあ、それじゃその邪魔な布も外しちゃおうか。それ、皆で剝いちゃえ。生まれたままのテトラちゃんだ!! あははは」
「や、やめてええ!! やめてえええ!!」
「おっと、お楽しみ……というか、ここでテトラちゃんの全てを見るのは、もったいな……と言うか、紳士にあるまじき行為だね。テトラちゃんの生まれたばかりのその姿を見るのは、この後のお楽しみにとっておこう」
「こ、こここ、この後ってなんなんですか?」
ミルトはにこりと微笑んだ。そして私に群がっている、何人もの私に向かって言った。
「それじゃ、僕は先にベッドルームに行って準備万端整えて待っているから、テトラちゃんを綺麗綺麗にしたら連れてきてくれたまえ。いいかい、そのまま生まれたばかりの姿で連れてきてよ。あははは、うわーー、楽しみだなー。ついに今日、僕らは結ばれるんだね。わはーー」
「ひ、ひいいい!!」
ミルトはそう言って、弾むようにバスルームを出て行った。気が付くと、浴槽にはお湯。群がる何人もの私は、私が身に着けている下着に手をかけた。嫌。これも脱がされたら、本当に動けなくなっちゃう。
抵抗するも、多勢に無勢。ついにブラが剥ぎ取られた。
「いやああああ!! やめてえええ!!」
「大人しくしてください。今日、あなたはミルト様と結ばれるのですよ」
私の顔をしたメイドが私にそう言った。なにこれ、気持ち悪い……
「で、でも私はまだミルトと知り合ってぜんぜん……」
「誰かと恋を始めるにしても、誰かを愛するにしても、時間は関係ないですよ。一目惚れって言葉もありますからね。ミルト様はテトラ・ナインテールに、一目惚れをされたのですよ。さあ、受け入れましょう」
「い、嫌です!」
「なぜです?」
「だ、だって……だって、私を好きになってくれた人なんて、今まで誰も……」
「そんな理由ですか。それなら何も問題はありません、フフ。ならミルト様は、そういう意味でも初めての方ですね。さあ、下も脱いじゃいましょ。そしたら、身体を隅々まで綺麗に洗ってさしあげますからねー」
「や、やめてええええ!!」
抵抗しようと暴れて叫んだ。だけどどうにもならない。
「さあ、観念してください」
一番近くにいる私と会話している私。その私が急に、前のめりになって湯舟の中に倒れ込んだ。なぜと思っていると、その湯舟に倒れ込んだ私を、上から押さえつけている別のメイドがいる。しかもそのメイドは、明らかに私じゃなかった。凛とした顔に、可愛いショートの赤い髪。
「ローザ!!」
「っふう、ギリギリ間に合っ……」
そこまで言って、ほぼ全裸の私の姿に目が釘付けになる。私は慌てて、剥ぎ取られたブラを手に取って身に着けた。
「胸が大きいとは思っていたが、かなりの……」
「もういいです! それよりローザは、何処にいたんですか? セシリアは? アローは?」
「セシリアとアローの事なら、心配はいらない。ちゃんとこの世界に入り込んでいる。私達はこの世界にとんだ時に、だだっ広い草原に放り出されてな。それから彷徨い歩いて、途中でアローとも合流できた。まあ、そこまでは良かったが、ここに来るまで少々時間がかかってしまったようだ」
「アローと合流できたんですね! でも、よくこの場所を見つけ出せましたね」
「ああ、私だけだったら、お手上げだったかもしれん。と言うのも、アローが大空にあがって、だだっ広い草原地帯にポツンとあったこの屋敷を見つけてくれたんだ」
「そ、そうだったんですね。でも助かりました」
「そうだな、間にあって良かった。しかしまだ、助かったって安心するのは、少し早いかもしれんな。なんとかここから、無事に脱出しないといけないからな」
バスルームには、私とローザがいる。そしてそのバスルームの出口を、しっかりと固めている何人もの私。それが一斉に、私とローザを睨みつけていた。ここから逃がさない、そういう目。
「ここからは、逃げられませんよ。あなたは今日、ミルト様と結ばれるのです」
「そうです。そして夫婦になって、幸せな家庭を築くのです」
「解りました? 解りましたよね。じゃあ、今すぐお風呂に入って、身体を隅々まで綺麗にするのです」
じりじりと、にじり寄ってくる。私はヒーローのように助けに来てくれたローザに対し、すがるような目で見つめた。
「ローザ」
「大丈夫だ。私が来たからには、心配はない。必ず、どうにかする。だがとりあえずは、ここから脱出する方法を考えないといけないな」
実は、ローザもいつもと違うように見えていた。別に偽物だとは、思っていない。ただ見た目がいつもとは、かけはなれていたので印象もかなり変わって見えたのだ。
本来の彼女は、クラインベルトの騎士である。このメルクトへの旅でも常時、冒険者のような戦いやすく、身のこなしの良い服装をしていた。でも今は、私やセシリアと同じくメイド服を着ている。
そんなメイド姿のローザが、いつもと違ってとても珍しくて見えて、貴重に感じられた。
「ちょっと、こんなところで何をしているの? しかも下着姿で……もしかして変態さんかしら?」
「へ、へへへ、変態さんって、これは無理やり服を剥ぎ取られて……って、セシリアじゃないですか!!」
今度はバスルームの外側、廊下の方にセシリアの顔が見えた。その肩にはアローがとまっている。
「2人共、こちらに強行突破しなさい!! テトラとは、合流したばかりだけれど、もうここに用はないわよ。さっさと、脱出するわ!!」
もうここに用はない。そしてセシリアの肩にとまっているアローが見える。
察するに、私がここで戸惑っている間に、セシリア達はもうミルトが、『狼』であるかどうかを調べ終えたのだと思った。そして彼はやっぱり、ダニエルさんと同じく『狼』では無かったのだ。




