第1274話 『ミルト・クオーンの心 その3』
ミルトの心と記憶の世界。そこに入ると、彼が昔住んでいたと思われる屋敷の屋根裏にいた。
そしてそこで、ミルトのお兄さんと出会った。彼に連れられて屋敷のダイニングへ。そこで私が目にしたのは、ミルトとこの屋敷のメイドをしている何人もの私の顔をしたメイドだった。
ミルトは嬉しそうな表情で、部屋に整列している私に向かって言った。
「それじゃーー、これから楽しい時を過ごしちゃおうかな」
「楽しい時を過ごすだと? ふう、お前の趣味には構っていられないな」
「何を言っている? 兄さんには、このテトラ達の良さが解らないのか? それこそ、どうかしている。あどけなさの残るこの可愛い顔に、狐の耳と尻尾。尻尾なんて、フサフサだ」
ミルトはそう言って近くにいた私の1人に手を伸ばす。そして尻尾を触った。触られた私は、顔を仄かに赤らめていた。
モフモフモフ!
触られて顔を赤らめているのは、私ではないけど私!! やめてくださいって叫びそうになっていると、ミルトのお兄さんが私より先に、呆れた顔で弟に言った。
「はあ……いい加減にしておけよ」
「なんで?」
「お前はさっき、この屋敷を継ぐ的な事を言ったばかりだろ?」
「言ったっけ、そんなこと」
「そこに座っているのが、何よりの証拠だろ。それよりも私はもう明日、この屋敷を出ていくんだぞ。そうなればお前は1人だ。もっとしっかりとしなさい」
「はははは、僕は1人ではないよ。ほら、こんなに可愛いテトラが何人も僕の傍についていてくれている」
「どうするんだ? こんなに……」
「どうするもこうするも、全員と僕は結婚するよ」
「メイドとか?」
「身分は関係ない。僕は商人として実力で昇り詰めていくからね。だからこそ、今はコンサルタント業の勉強をしている」
「しているようには見えないな」
「嘘?」
「嘘じゃない。毎日毎日、メイド達と遊び惚けているように見えるがな」
「はっはっはっは。今だけだよ。やる時はやる。そういう男さ、僕は」
「あふう……」
ミルトはそう言って、また近くにいる私の1人のお尻を撫でた。しかも触られた私は、あんな声まで出して……また顔を赤らめている。これには、もう流石に我慢できなかった。
「や、やめてください!! ミルト、それ以上、私をそんなふうに触らないでください!!」
「え?」
ミルトは私に反応して、手を止めた。そして本物である私を見て、驚いた顔でそのままじっと見つめる。ミルトの心が造りだした他の私そっくりな彼女達も、彼と同じようにじっと私を見つめていた。
「あ、あの……その、私をそうやって触るのは、やめてください」
「え? そうやってっていうのは具体的に?」
「えっと……尻尾とかお尻とか……」
「なぜ?」
「な、なな、なぜって、そんなの恥ずかしいからじゃないですか!!」
「恥ずかしい? でも君は、僕がこの世で愛してやまないテトラちゃんだろ? ならいいじゃないか。僕と君は、間も無く結ばれる。ちゃんとしたプロポーズはまだだけど、結婚するんだ。夫婦になったら、別にこの位いいじゃないか」
いったい何を考えているのだろうかと思ってしまった。やっぱり、ミルトはこんなどうしようもない私に好意を寄せてくれている。でもこんなのは、何かおかしい。間違っていると思った。
ミルトは椅子から立ち上がった。そして右手を掲げると、そのまま私の方へと降ろした。それを合図に一斉に整列していた何人もの私が、私に対して群がってきた。慌てて抵抗する。
「きゃ、きゃああ!! な、なんなんですか!! やめて!! やめてください!!」
皆、笑っている。私と同じ姿に私と同じ笑い声。同じ顔。そんなのに囲まれてしまって、気持ちが悪くなってくる。囲んできた私は、一斉に私の服に手を伸ばして脱がそうとしてきた。
「きゃああああ!! や、やめて!! やめてください!!」
抗おうとしても、できない。私を押さえつけて、服を脱がそうとしてくるのも私だから。それに一斉にこられたら、何も……何もできない。私に群がる何人もの私の間から、ミルトの顔が見えた。とても幸せそうな顔をしていた。
「ミルト!! やめさせてください!!」
「はは、それはできない」
「なぜですか?」
ここで、もしかしてという思いが一瞬頭の片隅に浮かんだ。それなら、聞いてみるしかない。それで何か明らかになるかもしれないし、私はその為にここへ来たのだから。
「逆になぜ、こんな事をするんです!! 私が『狼』の正体を暴こうとしているからじゃないですか? だとしたら、ミルト・クオーン!! あなたが『狼』なんじゃないですか?」
「『狼』? ああ、『闇夜の群狼』の幹部の事か。残念。それは僕じゃないし、存在は知っていても誰かは知らない。十三商人の中にいるというのも、誰かに聞かされた情報だ。僕の情報じゃない。特に興味もないよ。でもそいつが僕の愛する君を苦しめるなら、僕はそいつを容赦はしないよ」
「じゃ、じゃあ、ミルトは『狼』じゃないんですね?」
ここは、ミルトの心と記憶の世界。そしておそらく私が今、目の前にしているミルトは、きっとその心の中にいるミルト自身。そう言っていいのかどうか、私には解らないけれど……そう、魂という存在かもしれない。もしそうだとすれば、その魂自信が私の問いかけに応じてくれて、質問について否定している。『狼』では、ないと――
一応、アローにもラビッドリームの力を使って、ちゃんと調査してもらった方がいいとは思うけれど、私はミルトが『狼』ではないと悟った。
「だから僕は、違うって言っているだろ。むしろどっちかと言うとだね、『狼』ではなくて『狐』かな?」
「え? 狐?」
「誤解しないでくれ。僕は獣人じゃない、ヒュームだ。でもテトラちゃん、君は獣人だろ。雌の狐の獣人。なら僕は、雄の狐だ。そういう事だよ、あはははは」
「え? ええええ!!」
ミルトが笑い出すと、本当に彼の頭に狐の耳が――そしてお尻の辺りには尻尾が生えた。大きくてフサフサの尻尾。紛れもなく、狐のもの。
ここは、現実世界ではない。ミルトの世界。でもこの展開には、驚きを隠せない。
「さあ、テトラちゃん達。この可愛い僕にあれこれ質問責めしてくるテトラちゃんを、丸裸にしてくれたまえ。あははは」
「きゃ、きゃあああ!!」
私は全力で抵抗をした。けれど、私に群がる何人もの私は、一切の容赦もなく私の着ている服を剥ぎ取ってしまった。あっという間に、下着だけの状態。現実の世界ではなくても、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。




