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第127話 『ヘリオス・フリート その3』






 ――――キャンプに戻ると、相変わらずアテナは焚火の前で剣を振っていた。その隣には、母親のティアナが毛布を羽織ってその辺の石に座り、一生懸命稽古をする娘を微笑みながら眺めている。



「ようやく気が付いたようだな。ポーションが効いたか。だが、まだ無理はするなよ」


「ヘリオス様……」

 

「ヘリオスでいい。その代わり、俺は面倒くさい事は好きじゃないんでな。クラインベルトの王妃様だろうが、ティアナって呼ばせてもらう。どうせ、ここは王宮でもないしクラインベルト王国でもない。森の中だ。いいだろ?」


「はい。ヘリオス。あなたには感謝の言葉しかありません。私だけでなく、娘まで救ってくださって」


「流石にいたぶられている母子を目にして素通りはできねーだろよ。俺は当たり前の事をしただけさ」


「それでも、感謝しきれません」


「そうか? そんな事より腹ペコだ、飯にしよう」



 ティアナとアテナの目の前に、狩ったビッグボアから切り出した、大量の肉をドサリと置いた。アテナが目を丸くして、その肉に駆け寄る。そして、肉をつつく。



「凄い凄い凄い!! 師匠、これなんの肉!! これ、師匠が仕留めたの? 森で狩ってきたの?」



 俺は自慢げに頷いてみせた。アテナは目を輝かせている。ティアナは、アテナの言葉に首を傾げた。



「師匠? ヘリオスの事を師匠って呼んでいるの?」


「フッフッフ。そう! 私、ヘリオスに弟子入りしたの! だから師匠って呼ぶのよ!」


「ウフフフ。そうなんだ。良かったわね、アテナ。じゃあ、私もヘリオスに弟子入りしようかしら」


「おいおいおい、やめてくれ。弟子なんて、お転婆姫だけで十分だ。それに俺は、キャンパーだからな。ひと所に留まる気もないし、旅をして回っているからな。師匠をするのは、今だけの期間限定だ」


「ヤダ―――!! 私、師匠から全て教えてもらうまで離れないから!!」



 抱き着いてきたアテナを、どかして飯の準備を始める。しかし、再び足や腕に必死でしがみついてくるアテナ。ティアナは、その光景をみて和やかに笑っていた。


 焚火の前に座ると、ザックから鉄製の網を取り出して、ビッグボアの肉を焼き始めた。アテナには、ついでに拾ってきた薪を手渡して、焚火に追加して火力を増やせと指示した。アテナの炎を見る目が、生き生きとしている。



「そんなに楽しいか? 焚火やキャンプが?」


「うん! 楽しい!」



 アテナは、本当にキャンプを楽しんでいるようだ。


 肉を焼き始めると、香ばしく食欲をそそるいいニオイが辺りにたちこめ始めた。



 ぐーーーーーっ



 アテナとティアナの腹の音がほぼ同時に鳴った。二人を見ると、ティアナは顔を真っ赤にしていてアテナは、その隣で笑い転げていた。俺は、「腹減りか……もう少し待ってくれよ」っと言って、焼いている肉をひっくり返した。そして、ザックから塩と胡椒を取り出して、肉に振りかける。胡椒は高級品だが、これがあると無いとじゃ雲泥の差だ。


 そして、スープも作ろうと小川で鍋に水を汲んで、焼いている肉の横……網の上にのせて火にかけた。更に、その水の入った鍋に、ビッグボアを解体した時にとっておいた骨を入れた。これを出汁にすると、とんでもなく美味しくなる。



「すぐ戻って来る。ちょっと待ってろ」


「どこ行くの?」


「さっきその辺で食べられる野草があったから、ちょっと採ってくる」


「師匠、それなら私も行くーー! いいよね、お母様!」


「ウフフ。気を付けていってらっしゃい」


「おいおいおい。そんなおまえ……えーーー、邪魔なん…………」



 言い終える前に、アテナが俺の尻をパンチした。今の見たか? っとばかりに、ティアナの顔を見ると、ティアナは口元を抑えて笑いをこらえていた。あれだけの傷を負って、血も大量に流していたがなんとかなって良かったぜ。


 森の中で、野草を探し出すと、アテナは俺の手を握ってきた。俺に子供はいないが、子供がいるとこんな感じなのかと思った。だがこいつは、4歳か。俺の年齢差を考えると、娘というよりは孫娘だなと苦笑した。


 アテナは、そんな事を考えている俺をよそに辺りをきょろきょろと見回しはじめると、急に走り出した。



「あった! あったよ師匠! これ食べれるよ!」


「おい……おまえ…………確かにそれは食べられるし、スープにも合う。なんで、そんな事を知っているんだ?」


「ふっふーーん。お父様とか、爺とか色々な人に、普段から聞いて教えてもらってるし、本もよく読むから知っているの。私、今よりお姉さんになったら世界を旅してまわりたいの。だから、その為に剣も使えるようになりたし、キャンプの仕方や冒険をする知恵を身に着けたいの」


「なるほどな。……えいっ!」


「ふぎゃっ」



 なんとなく生意気に感じたので、お転婆姫の鼻をまた指で弾いてやった。アテナはなぜそうされたのか解らないといった感じで怒って跳びはねた。おもしろい…………


 スープになる野草を数種類採って、キャンプに戻るとティアナが焚火のそばで倒れていた。急いで駆け寄る。



「お母様!! お母様!!」


「ティアナ! 大丈夫か⁉」



 ティアナに触れると、触れた手が赤く染まった。矢傷が再びひらいて出血している。俺は、ザックを再度確認してみる。だが、やはりもうない。ポーションはあれが最後だった。


 念のため、野草を採っていた時に一緒に採取した薬草をすり潰して、ティアナに使った。幸い包帯になる布はあったので、それで処置をした。



「大丈夫か。ティアナ」


「お母様!! 大丈夫!!」



 ティアナは目をあけた。



「ええ……大丈夫よ。ありがとう。戻ってきたのね、それじゃあ食事にしましょう。私ももう、お腹ペコペコ…………」



 そう言って娘に微笑みかけるティアナの表情とは、対照的にアテナは不安で仕方がない様子だった。



 もしかしたら、ティアナはもう…………



「大丈夫だよね! 師匠! お母様はもう大丈夫なんだよね!!」


「わからんよ! 俺は医者じゃないからな」


「私は大丈夫よ……アテナ……だから、心配しないで」


「うっ……うっ……」


「泣くのか? アテナ」



 非情な言葉に感じたのか、アテナが俺を睨んだ。



「泣くならまず飯を食え。そして力をつけろ。明日は早朝起きたらすぐにおまえらの国へ向かうぞ。ティアナを助けたいと思うのなら、最後まで望みを捨てず、お前にできる事を全力でしろ。そうだろ?」

 


 ティアナを助ける事が可能だとしたら、それが最善策だろう。


 アテナは涙を堪えると、母親に寄り添ってその手を強く握った。ティアナは変わらず娘に微笑みかけた。



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