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第1268話 『ダニエルの闇 その12』



 霧は晴れ、少し辺りも明るくなってきたかに思えた。でも先程から降り始めた雨は、更に激しくなって雷が鳴り響き始めた。


 ザーーーーーー!


 ゴロゴロゴロ……


 グレッチェルと向き合い、彼女が持つ『サドンスパロー』という特殊な槍に対して、対抗するように棒を構える。後悔。涯角槍をここへ持ってきていれば、もっとそれなりの戦い方だってできたのにと悔やむ。



「雨も雷も、えらい事になってきとーでよー。じゃから、そろそろ決着をつけちゃるかの」



 グレッチェルは軽い口調でそう言って、再び踏み込んできた。突き。槍の先端がまた飛んでくる。でもその軌道は、二回目ともなると避ける事ができた。グレッチェルは、攻撃が避けられる事を見越していたかのように、私に奥の手を避けられたにもかかわらず、平然とそのまま連続で打ち込んでくる。


 40合程、互角に打ち合っていると、他の盗賊達と戦っていたアローが叫んだ。



「テトラ!! 目の前の相手にだけ、気を取られていてはいけません! 敵は2人ですよ!! 2人いて、あなたを狙っています!! 気をつけて!!」



 え? 敵は2人? そもそも今、周囲には2人どころか数十人の盗賊達がいて、私達と戦闘を繰り広げている。だけどアローは、私に向かって2人と言った。その意味は――


 アローの声がグレッチェルの耳にも入ると、無表情だった彼女の顔は豹変する。なんとも言えない顔。敢えていうなら、アローに対して余計な事を言うなというような顔。告げ口された者の、他社に向ける責める目。


 っという事は、アローの言った意味は、やっぱり周囲に敵が2人いるっていう事ではなくて、私を狙っている敵が2人いるって事に違いない。てっきりグレッチェルと一騎打ちしていたと思っていたけれど、実は1対2なのだ!! 


 でも、いったい何処にもう1人がいるの!?



「えらいこっちゃ、あのダルマみたいな鳥のせいで、バレてしもーとるんよ。しょーないの。レファリア、今すぐ撃ちーな!」



 レファリア!? それは、誰かの名前。そして撃てと命令したという事は……グレッチェルとの激しい槍の打ち合いを続けながらも、周囲に目を向ける。注意深く警戒しつつ、観察を続ける。あれは――


 木々の間に、人影が見えた。しかもその人影は、跪いてこちらに何かを向けている。



 ボシュッ!!


「あそこにいて、撃ってきた!! たああっ!!」



 尻尾の力を再び使う。1本だけ光を放つ。身体に力が漲ると、グレッチェルの槍を弾き飛ばし、続けて私の方に飛んできた矢も払い落とした。矢が飛んできた方に目を向けると、木々の隙間から1人の女が姿を現した。グレッチェルがさっき、レファリアと名を呼んだけれど、この子がその正体。


 手には、ボウガン。フードつ付きのマント。そして長い金色の髪に、尖った耳。エルフだ!!



「グレッチェルに、レファリアですね! あなた達の名前は、もう覚えましたよ。どうしますか、このまま私達と戦いを続けますか? 私の本気はこんなものじゃない。だからこのまま続けても、きっと私を倒す事などできませんよ!」


「ぬぐーー、狐娘がえれー強気に言いよるでー。でもまんざらゆーて、そうかもしれんの」



 槍の秘密に、隠れて狙撃をしようとしていた仲間。手の内も全て晒してしまい、明らかに旗色が悪くなったという顔をするグレッチェル。相棒と思われるエルフ、レファリアに視線を送ると、彼女は顔を左右に振っている。このまま去るつもりなのか、それともこのまま戦いを続けるつもりなのか。



「てめーら、そこまでだああああ!! 動くなああああ!!」



 誰かの叫ぶ声。グレッチェル達から視線を一旦、ただならぬ声のした方へと移した。すると他の盗賊達と戦闘を繰り広げていたセシリアやアローも、一時的に戦うのを中断してそちらに注目した。


 全員が注目している先。そこにはダニエルさんの奥さん、スザンヌさんと子供達……トマス君とシェレイちゃんの姿があった。


 3人とも髭面の男に、牛刀のような大きな剣を首の辺りに当てられている。私は3人の名を叫んでグレッチェル達をそのままに、ダニエルさんの家族の方へと全力で駆けた。棒を勢いよくグルグルと振り回す。



「おい、そこで止まれえええ!!」



 止まらない。止まる訳がない! なんとか、助けないと!!



「止まれって言っているだろ、女狐!! それ以上、俺の言う事が聞けねえってのならなー!!」


「そんな! ま、待って、解りました!! 解りましたから!! 言う通りにしますから、ちょっと待ってください!!」



 髭面の男は、剣を振り上げた。私は、慌てて足を止めた。そして男の言う通りに従おうとしたのに、男は迷う事無くそのまま剣を振り下ろした。小さな身体が地面に倒れる。鮮血。スザンヌさんが叫んだ。



「トマスーーー!! いやあああああ!!!!」



 え? そんな……うそ!?


 背筋が寒くなり、額から変な汗が流れる。気持ちが悪くなって、足元がふらふらとしてよろめいた。もしかして……もしかしてダニエルさんの家族の命を奪ったのって……



「いやあああ、トマスを返して!! トマスをおおお!!」


「ええい、黙れこのアマーー!!」


 ズバアアッ!!


「きゃあ!!」



 今度はスザンヌさんが斬られた。彼女は、男が持っていた牛刀……それと別に腰に差していた剣を奪おうとして、斬られた。


 ま……まさか、こんな事になるなんて……


 男は大変な事をしてしまったなんて顔を微塵も見せずに、ニタリと笑った。そして母と兄の命を一度に奪われてしまい、ショックで動けなくなってしまっているシェレイちゃんに再び剣を突き付けた。



「やめてえええーー!! 言う通りにしますから、やめてください!! お願いします!!」


「ハッハーー!! 形勢逆転だあああ!! 俺に逆らうとこうなるんだ!! いいな、動くなよ。動けば、次はこの娘が死ぬ事になるぜ、へへー」


「いや、やめて!! わ、解りました!! 解りましたから、シェレイちゃんを傷つけないで……」



 目をやると、横たわるスザンヌさんとトマス君からは、夥しい程の血が流れている。ぴくりとも動かない。そして男が斬った場所は、動脈のある場所だった。出血している量からしてもそうだし、もう……死んでしまっている。


 でもシェレイちゃんは……



「女狐、こっちへ来い!! いいか、変な真似はするなよ。ちょっとでも変な素振りを見せやがったら、このガキはそこで転がっている母親と兄貴、こいつらと同じ運命を辿る事になるからな!!」


「わ、解りました! あなた達の好きにしていいです! だから……だから解りましたから、もうやめてください!!」


「よしよし、やっと俺達に対してどういう態度をとるべきか、理解してきやがったな。うへへ、よし女狐!! その手に持っている棒を捨てろ。そしてこっちに来い!! いいか、ゆっくりとだ」



 男に言われるがままにするしかないと思った。そうしないと、シェレイちゃんが……


 握っていた棒を男に見せると、それを遠くへ投げようとした。でも投げる前に、成り行きを見守っていたアローが叫んだ。



「テトラ!! 武器を捨ててはいけません! 捨てる必要もないのです!!」


「え?」


「この世界は、現実世界ではありません。だから武器を捨てる必要も無く、この世界の者が命を失おうと、それは別に気にする必要もない事なのです。現実ではないのですからね! でも私達は、例外です。この世界でもしレディー、あなたが命を落とすような事があれば……」



 言っている意味は解る。でもだからと言って、シェレイちゃんをこのまま見殺しにするなんて……


 私の弱いところは、自覚している。困るといつも人に助けを求めてしまう。今もアローにそう言われて、セシリアにどうすればいいのか視線を向けてしまっていた。


 どうすればいいの、セシリア!! シェレイちゃんは、本物じゃない。それは私だって解っている。だけど……だけどこのまま見殺しになんて……


 ここに来るまで、馬車の中でシェレイちゃんやトマス君とした楽しい会話。キャンプ。笑顔が、頭から離れない。離れる訳がなかった。

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