第1267話 『ダニエルの闇 その11』
『闇夜の群狼』の一員、グレッチェル。ダニエルさんの心と記憶の中に、その人はいた。
「ほしたら、互いに自己紹介も済んだ事やし、行こーわな」
グレッチェルは、そう言って迷いも見せずに槍を放ってきた。連続突き。私は構えていた棒で、攻撃を凌ぐ。鋭く、正確な突き。そしてとても速い。
「うぐーー!!」
「たまげた。テトラとか言いいよったなー。あんた、えらい棒術の使い手やいなー!」
「そ、それはこちらのセリフです! これ程の槍の使い手が、なぜ盗賊なんかに!!」
「そりゃー、なんかそれなりの理由があったーゆー事じゃろがいね!」
素早くて、とても強い攻撃。突き。それは、私の遥か後方を貫く位の貫通力。そして薙いでくれば、しっかりと足腰の入った強い一撃。
やっぱり一つ一つの動作にしても、盗賊業をしている中で身についたものと思えない。モニカ様やゲラルド様、そして覆面剣士のような技。誰かに師事してもらって、身に付けたものに違いない。
「そーーら、そらそらそらそら」
「くっ! うぐっ! ちょ、ちょっと! 待って!!」
激しい突きの連打が続く。手に持って攻撃を防いでいる棒も、あちこちに傷をつけられて辺りに木くずが舞った。
「そーーら、そらそらそらそら。押されてきたねー。このままじゃ、やられてしまうねー。言っとくけど、降参しても許さんよ。命はとらんでも、逃げれんよーに両足の腱位はさよならしてもらわにゃーならんねー。これ程達者やったら、力削いでおくんは当たり前じゃろからな」
穏やかな口調で、とんでもない事を言うグレッチェル。やっぱりこの子は、悪逆無道の『闇夜の群狼』なんだと思う。それにこのままじゃ、彼女の言う通り押し負けて、身体の何処かをあの槍で貫かれてしまう。
ガン! ガン! ギギン!
グレッチェルとの打ち合いが続く。打ち合いと言っても、徐々に押し負けてきている。周囲では、セシリアとアローが他の盗賊達を相手してくれているので、グレッチェルとの一騎打ちに集中できるのはいいけれど……
ズバアアッ!!
「ぐううっ!!」
グレッチェルの槍が、私の腕をかすった。肉がえぐれて、血が飛ぶ。現実世界ではないはずなのに、リアルな痛み。そういえば、この世界で命を落としたら、本当に死んでしまうかもしれないという事を思い出す。精神が、消滅する可能性。
「ありゃまー、残念。心臓を一突きするつもりだったのにー、もー、なー」
し、心臓を一突き!? さっき、両足の腱を切るなんて事を言っていたから、命までの取り合いは、てっきりする気が無いと思っていた。なのに……この子は、扱う槍術だけでなく心まで読み取る事ができない。
「テトラ!! 何をしているの!! そいつは、あなたより格上よ!! それならそれで、闘い方があるんじゃないの?」
「セシリア!!」
周囲の盗賊達の相手をしつつも、私の方へ気を配ってくれていたセシリア。彼女の声が、ハッキリと耳に届いた。
そうだ。この子は見た目も幼く見えるし、一見強そうにはとても見えない。だけど、私よりも強い。なら、どうすればいい? 格上を相手にするなら……そこまで駆けあがって行くつもりで勝負するしかない!!
「そーーら、そらそらそらそら。もう後がないのーー! 大変だあーーなーー!!」
「そ、それは、まだ解りませんよ!!」
「ほないゆーて、なんや!?」
「たあああああ!!!!」
グレッチェルの攻撃を、棒で勢いよく打ち上げる。そして尻尾の力を解放。4本ある尻尾のうち、1本が光を放った。
「こりゃ、たまげた。尻尾が光よったぞ」
「光っているだけじゃ、ないですよ!! たあああああ!!」
ガガン! ガンガン!! ガン!!
思い切り踏み込んで棒で打ち込む。連続で突いた後に、続けて薙ぎ払う。そこから繋げてくるりと回転、頭上から思い切り相手の脳天を狙って棒を打ち下ろした。
ガン!!
グレッチェルは、完全にかわし切る事ができずに、持っていた槍を両手で抱え上げて、私の一撃を真正面から受け止めた。でも力と体格は、私の方が上。後方にザザザと下がるグレッチェル。
「ほんにたまげたなー。尻尾が光りよると、えらいつよーなるんなー」
「私の本気は、まだまだこんなものじゃないですよ! どうですか! いっそ負けを認めますか!!」
「負けを認めたらどーなるんよ」
「そこにいる、あなた達が捕らえている家族を解放しなさい。そしたら、見逃してあげます。何処へとなりでも行ってください」
「はっはーー、あんなことゆーとるわ。笑っちゃれ!」
今度は、私の方が跳ね上げられた。空を向く、棒の先端。同時に強く踏み込んでくるグレッチェル。槍を突き出してきた。グレッチェルの攻撃は、比較的突きが多い。ここぞと言う時も、やっぱり突きがくる。そう予想していた私は、後ろへ飛んで距離をとった。しかしグレッチェルは、かまわず槍を放つ。どう考えても、届かない距離。
だけど彼女は、また何か含みのある笑みを浮かべていた。嫌な予感が、身体を突き抜ける。
「ありゃー、やってしもーたねー。じゃがチャンスはチャンス。逃さんよねー。くらわしちゃれ」
グレッチェルが放った槍は、私には届かない。そう思った刹那、彼女の持つ槍の穂先の部分が外れて、そのままこっちへ飛んできた。既に少し嫌な予感がしていた私は、僅かに身を捩って飛んできた槍の先端をかわす。急所には当たらなかったものの、脇腹に命中した。激痛。
「うぐうう!!」
「ありゃーー、残念。折角の奥の手やったのになー。外してしもーた」
痛みを我慢して、バックステップ。脇腹を押さえる。そして押さえていた手を見ると、血。グレッチェルの持つ槍にも目を向けると、槍の先端が外れていて鎖で棒の部分と繋がっていた。グレッチェルが柄の部分をくるんと回転させると、鎖は引っ張られて先端は見事にもとの位置に戻った。
「どーじゃ、驚いたろー? 槍の先っぽが飛んでいくんぞ、ヒャハハ」
「う……うぐ……な、なんて槍……なんですか……」
「なんて槍やって。この槍は、『サドンスパロー』ゆーんよー。欲しいゆーても、やらんよー。三級品位の武器やが、ワシにとっては他にのう武器やかんなー」
三級品!? ゲラルド様から頂いた、私の使っている槍『涯角槍』は、一級品の槍。グレッチェルの使っている槍は、それと遜色ない位に上等な槍に見える。
使い手次第で、こうも武器は変わるのだ。それをまじまじと見せつけらた私は、この場をどうすれば乗り切れるか必死で考えていた。




