第1265話 『ダニエルの闇 その9』
男達は、盗賊だった。パッと数えても20人はいる。もしかしたら集まっていないだけで、森の方とか街道の方には他にも仲間がいるかもしれない。
そんな事を考えながらも、どうやってダニエルさん達を助けようかと頭を巡らせていた。
「どうする? この姉ちゃんも捕まえるんか?」
「そりゃそうだろ。見ろ、獣人だ。それに器量もいいし、胸もでかい。高く売れるぜこいつはよ」
「はっはー、売れる売れる。だが売る前に、まずは俺達が味見してからだがなー!!」
男達はそう言って、舌なめずりをしながらも近づいてきて、私を囲んだ。私は棒を手に構えた。武器にするならこれ以上は無いと思えるような、槍程の長さのある棒。左右で交互に回転させて、扱いやすさというか手触りを確かめる。
「なんだおい、こいつ抵抗する気か⁉」
「冗談だろ? まあいい、雨も降って来た。さっさと痛めつけて解らせろ」
「おい、そりゃいいけど顔はやめろよ。こいつはぜってー高く売れるんだって」
「うるせーな」
男達があれこれと喋っている。捕まっているトマス君とシェレイちゃん、そしてスザンヌさんと目が合った。
「お姉ちゃん!!」
「お姉ちゃーーん!!」
「テトラさん……」
3人共、顔には殴られてついたと思われる痣がある。遠目に見ても解る程、腫れている。そして涙を流しながら、私の名を呼んでいる。私も同じように捕まって、酷い事をされるかもしれないからと思っているのか、助けてとは言っていない……けれどその目では、確実に言っている。助けてと……
「あ、あなた達!! 今すぐ、その人達を解放しなさい!! でないと!!」
「でないと? でないとどうするんだ? その棒で何かしようってのか?」
「た、大変な事になりますよ! 本当ですよ!!」
「ほう、そりゃおもしろい。やってみろよ」
私を囲っている男の1人がそう言って、こっちに腕を伸ばした。
ムニ……
「おお! こりゃでかいな!!」
男は私の胸を、鷲掴みにしていた。
「ひ、ひいいいいいい!!!!」
普通の女の子だったら、キャアアって悲鳴をあげるかもしれない。でも私は自分でも自覚している位の腰抜けだし、咄嗟にこんな情けない声を出してしまった。
――でも!!
でも心はどうあれ、身体は動く。モニカ様に戦う術を! ゲラルド様とルーニ様には勇気を与えてもらったから。もちろん、セシリアやマリン。ローザにシェルミーにファーレ……皆にも色々……
確かに私は弱いし腰抜けだし臆病で、救いようがないかもしれない。妹にだって両親にだってそう見られて生きて来た。でもでもでも!!
「やあああっ!!」
ビュン! ベキッ!!
「ぐへええっ!!」
棒をくるりと回して、私の胸を鷲掴みにしている男の腕を振りほどくと、そのままその男の頭部を棒で強打した。男は、吹っ飛んで地面に転がった。
「貴様!!」
「なめた真似をしやがって!!」
「かまわねー!! 痛い目に合わせてやれ!!」
四方八方から向かってくる盗賊達。私はくるくると棒を回転させながらも舞った。盗賊達は、剣や手斧などの武器を手にしていて、それで攻撃を仕掛けて来た。でも顔や首は狙ってこない。逆に手首や足を狙ってきている。きっと身動きをとれなくしようとしている。
いくら多人数で襲ってくるとしても、狙ってくる場所が決まっているなら、回避するのも容易だと思った。それに男達は、それほど強くなく思えた。
ガン! ガン! バキ!!
「ぎゃああっ!!」
「ぐへえ!!」
「な、なんだ、この娘!! と、とんでもなく強いぞ!!」
「もう一度、言います! その人達を解放しなさい!! でないと、許しません!!」
「くっそーー!! なんだってんだ!!」
周囲には、私が棒で叩き伏せた盗賊達が20人近くも転がっていた。今、武器を手に立っているのは、スザンヌさんと子供達に剣を向けている男と、もう一人だけ。
「ちくしょーー!! ちくしょおおおお!!」
かなり悔しがっている。どうにかもう諦めて引いてくれればいいのにと思った。
「何をしとんね?」
「へ?」
「あっ!」
誰かが現れた。新手の5人。どう見ても盗賊達の仲間で、声をかけてきたのは女の子だった。
「あっ、ねーさん!!」
「ねーさん!!」
ねーさんと呼ばれた女の子は、他の仲間達の反応から見て、彼らのボスに違いないと思った。
「なにしてとんねーー。時間かけすぎやが、さっさと終わらせんかい! 雨もポツポツ振ってきとーやろ!!」
「へ、へい!!」
「へ、へえ! ですが、ねーさん!! この娘、めちゃくちゃ強いんですよ、これが!!」
「強い? この娘っ子がかーー!! めっちゃ可愛いやん、ホンマゆーとるう?」
女の子に、娘っ子って言われた。私と女の子の目が合う。女の子は、背もそれ程高くなく少女のようにも見える。黒髪で、肩位までの髪。
「大してつよそーにも見えんけどなー。獣人っつーだけやろが。獣人っつーたら、身体能力が凄いんやど。お前らが調子のってもーて、それに翻弄されてしもーただけやろが」
「いえ……いや、そうかもしれませんが、それだけじゃねーんですぜ。この獣人の娘、とんでもない棒さばきで……」
「なんなーそれ! 下ネタか? 急に下ネタぶっ込んできたんか!! この状況下で、えれー引くわ!!」
「へ?」
「下ネタは、ワシ嫌いやー言うたなんな!!」
「へ? は? いや、そうじゃなくて!!」
私が棒術使いだという事を説明しようとしていた男は、女の子に蹴られた。体格も小さく、華奢な身体なのに蹴られた男は派手に吹っ飛ぶ。
「ほら、ぼっとすんな! 雨が降ってきとろーいうとろーが!! さっさとせーや!!」
『へ、へい!!』
蹴られて派手に転んだ男は、慌てて起き上がる。そして少女と共に新たに加わった4人と一緒になって、また私を取り囲んだ。スザンヌさん達を押さえつけている男はそのまま。ダニエルさんは、テントに倒れ込んだまま動かない。
そして私が走ってきた方からは、置いてけぼりにしてしまったセシリアとアローが追いついてきた。女の子は、セシリアとアローを見て舌なめずりをした。
「おーおー、まだ仲間がおったんかーー!! ええーーええーー。メイドさんがもう一匹に、珍しい鳥が一匹! これ売れるでー!!」
「ねーさん、鳥は匹じゃなくて、一羽って言う……痛い!!」
女の子のすぐ隣にいた男が、ゴツンと殴られた。
「しっとーわ! 言われんでもしっとーわ!! そーなー事はええんじゃ。お前ら本降りんなる前に、こいつら全部ひっくるめて転がしてみー!! できんとは、言わせんで!!」
『へ、へい!!』
セシリアとアローは、辺りに転がっている私が倒した男達を避けて、私のすぐ後ろまで迫った。私は棒をくるくると振り回すと、ブンっと勢いよく振り下ろして盗賊達に向けた。




