第1262話 『ダニエルの闇 その6』
アローがダニエルさんを白だと言った。ダニエル・コマネフは、『狼』ではないと。セシリアが、今の言葉は確証を得て断言しているのかとアローを睨む。
「そう思う根拠は、何かしら? ただ単に、悪い人には見えないからっていうのであれば、私達と同レベルよ」
そう、私達はダニエルさんを信じている。だからこそ、ここで彼の潔白を証明しなくてはならない。そうすれば彼を除いた、十三商人の中に隠れ潜んでいる『狼』の方へ、私自身を含める全員の目が自然と向いていくはず。その為にも、まず確実な一歩が必要なのだ。彼が『狼』ではない事を、なんとしても立証しておきたい。
だからその確証があるなら、今すぐこの場ではっきりとした答えが欲しかった。アローは、私なんかよりも凄く頭がいい。だからきっとちゃんと解った上で、ダニエルさんが白だと言っていると思った。
「レディー、それ位は、僕にも解った上で言っていますよ。フフ、いいでしょう、お話しましょう。実は、僕が今の今まで大人しくしていたのには、理由があるのですよ」
「理由、どんな? それは私達が驚く程の事なのかしら」
「ええ、驚くでしょうね。実は何を隠そうこの私も、ラビッドリームの力を使う事ができるのですから」
「えええ!! アローが!!」
アローの予告通り、私は大声をあげてしまう程、驚いてしまった。そんな私の口を、セシリアは慌てて塞ぐ。そして人差し指を立てて、シーーっと言った。眠っているダニエルさん達を、起こしてしまわない為の配慮だと気づく。でもセシリアだってこの世界は現実世界ではないって、言っていたはずなのに……
そうとは思いつつも、一見きつい性格に見えるセシリアにも、こういう優しさがある事を私は知っていた。
「おや、レディー。あなたはテトラと違って、この僕がラビッドリームを使えると言っても、それ程驚かないのですね」
「それは当然でしょ。レティシアさんの使い魔であるあなたなら、彼女が従える精霊を使えたとしても不思議じゃないのかもって、少しは考えていたわ」
「ふむ、言っておきますが、僕は使い魔ではありませんよ。何より魔物ではありませんし、ボタンインコですし、レティシア・ダルクとは友人の関係です」
「そんな事は、どうだっていいわ」
「ええ、まあ確かに」
「ラビッドリームは、今はテトラが借りているだけで、もともとはレティシアさんと共にいた訳よね。そしてあなたも、レティシアさんとは友人であり仲間なのでしょ」
「そうです。僕とレティシアの関係は、よき友人であり……冒険者としては、同じパーティーメンバーでもありますね」
「それ程の仲なら、あなたもラビッドリームの力を使えるとしても、なんら不思議ではないわね。可能性として、あなたもラビッドリームを使用できるとしたら私達としても願ったりだし、そうであればいい……とは思っていたのよ。だから折を見てあなたに、本当にラビッドリームをコントロールする力がないのか、もしくはその力を僅かでも使えないか問い詰めてみるつもりだったわ」
「レディー、あなたは、そんな事を考えていたのですか?」
「言ったように、あくまでも可能性としてね。ラビッドリームは、精霊なのよ。生物であり、自我だってあるわ。ならレティシアの仲間であるアローに心を開いていても、なんらおかしくはないんじゃないかしら」
「そ、そうなんですか、アロー?」
「ええ、セシリアの言う通りです。僕とラビッドリームは、レティシア程では無いにしろ、それなりに仲はいい。ですので僕の方で、調べておきました」
調べて? え?
「え? どういう事ですか?」
「テトラとセシリアは、上手い具合にダニエル・コマネフの心と記憶の世界に入り込み、その中に存在する彼自信に接触をしてくれました。ですがレディー達は、そこからどう探ればいいのか、手をこまねいている様子だったので、僭越ながら僕が力を使ってダニエル・コマネフが『狼』であるかどうかをお調べしたのですよ。深層心理に触れた所、彼の結果は、ズバリ白でしたね」
「し、白……」
それなら良かった……ダニエルさんは、『狼』ではない。でもアローは、いったい何を根拠にして……それをセシリアが、また聞いてくれた。
「そう、それは良かったわね。それならもうここには、特別な用事はないわね。でもその前に一つ聞いておきたいのだけれど……アロー、あなたは、どうやってダニエル・コマネフが『狼』でないと解ったのかしら」
「それは、先程言いませんでしたかね。僕も使えると言ったでしょう、レディー。ラビッドリームの力を使って調べたのですよ。だからこそその為に暫く力を使う事に集中していて、会話にも参加できなかった」
「そう。なら少しでいいから、あなたがその力を使えるという証拠……私達でも解るような何かを見せてくれないかしら?」
え? え?
アローとセシリアは、暫く見合って黙った。あれ、もしかしてセシリアは、アローの言葉を疑っている? ううん、そんな訳はない。アローはレティシアさんの仲間で、とても信頼できる仲間というのは偽りはない。それに彼が嘘をついたとして、その嘘をつく理由なんてないはず。
「ふう、レディー。ひょっとして僕は、君に信用してもらえていない?」
「いえ、そうじゃないわ。私はテトラと違ってこういう性格なだけ。あとで何かあった時に、私は胸を張って他の皆にダニエル・コマネフは白でしたって……アローがラビッドリームの力を使って調べてくれたから、間違いはないって言えるようにしたいのよ」
「セシリア……」
「テトラもそう思うでしょ。そもそも十三商人を調べるにしても、結局まだ何も尻尾を掴めない。だから確実性の高い、ラビッドリームを使っての消去法で、『狼』を探り当てる作戦をとる事にしたのよね。それなら一つ一つちゃんと明らかにしておくべきだと思うわ。少しでも気になっている事があるのなら、尚更ね」
「なるほど……解りました、レディー。それでは、この僕の力をお見せしましょう。そうすれば納得してもらえますよね」
「ええ、もちろん納得するわ」
セシリアがはっきりとそう答えると、アローは目を閉じた。そして再び目を開くと、その目が赤く光り輝く。そしてアローの身体の周りに、白っぽい炎のようなものが現れだした。そして感じる……アローから、確かにあの私の胸の内にいた、あのぬくもりを感じる。
「確かに普通ではない雰囲気ね。どうかしら、テトラ? アローからラビッドリームを感じる?」
「はい、感じます! 凄く感じます! このダニエルさんの心と記憶の世界に入ってから、なぜだかずっと全く感じなくなっていたラビッドリームの気配……とうか力そのものを、アローから感じました。ラビッドリームは、レティシアさんから預かってずっと私の中にいて、その存在も常に感じていたから間違いないです。ラビッドリームは、アローの中にいます」
やっと合点がいった。
デプス市長の中で、私達を助けてくれたアロー。でもそのまま、置き去りにしてきてしまった。アローの事だからきっと大丈夫と内心では思いつつも、心配だった。でもアローは、デプス市長の心と記憶の世界から無事に脱出して、今度はダニエルさんの心と記憶の世界にいる。
そう、アローがラビッドリームの力を私よりも遥かに上手に使う事ができるなら、それもとうぜんの事だった。




