第1259話 『ダニエルの闇 その3』
街道を馬車で移動して、どのくらい経ったのだろう。ここはダニエルさんの心と記憶の世界だというのに、その世界で私は眠ってしまっていた。現実世界じゃない場所で、眠るってどういう事だって思うかもしれないけれど、そういう言い方でなければ、意識が途絶えていた――そう言うしかなかった。
「テトラ、起きた?」
「う、セシリア!!」
意識が途絶えてしまっていた間、私はずっとセシリアに膝枕をしてもらっていて、胸にはアローを抱いていたみたい。直ぐに起き上がると、私は2人に向かって頭をさげた。
「あ、あああ、ありがとうございます!! 私ったら……なんだか、急に気分が悪くなってそれで……」
「いいのよ。あとで、10倍位にして返してもらうから」
じゅ、10倍!? セシリアはそう言って、天使とも悪魔とも区別のつかないような笑顔を私に向けた。私の手から、アローがすり抜ける。
「それじゃすっかり回復もしたようですし、そろそろ解放してもらいましょうか、レディー」
「あ、アローもありがとうございます。とても暖かったです」
「まあ、レディーに抱かれている間は、身動きが取れず、どうしたものかと困りましたが……まあ、回復してくれたなら、何よりですよ。それより……」
アローはそう言って、御者席の方へと目を向けた。馬車は停車している。そしてダニエルさんの、「出て来なさい」という声。トマスとシェレイは、元気な返事をして馬車の外へと飛び出して行く。あれ、もうリベラルの街についたのだろうか?
奥さんと子供達が馬車から降りると、ダニエルさんが私達のいる荷台の方を覗き込んできた。
「さあ、着いたぞ。君達も馬車から降りてくれ」
「もう、リベラルの街に到着したんですか?」
「リベラルの街?」
何を言っているんだという表情をするダニエルさん。え? どういうこと? ダニエルさんは、確かリベラルの街へ向かっていると言っていたはず……街に到着したのではないとするといったい……
セシリアの方を見るも、彼女も解らないと顔を左右へ振る。そして「とりあえず馬車の外に出てみれば、何か解るんじゃないかしら」と言われ、その通りだと思って外へ出てみる事にした。
幌馬車から外へ出てみると、私達は沢山の緑に覆われた場所にいた。近くに何本もの大きな木があって、その下でダニエルさんの奥さんのスザンヌさんと、トマス君とシェレイちゃんが楽し気に会話をしながらもテントを設営している。まさかこれって――
「こ、これって……キャンプ?」
「どうみても、キャンプのようね」
私だけでなく、セシリアにもそう見えていた。目的地は、リベラルの街だったはずなのに……困惑していると、ダニエルさんが私のその表情に気づいて説明をしてくれた。
「そう言えば、君達はクラインベルト王国から来たと言っていたな。なら、知らないのも当然だ。リベラルの街に行くには、まだ少し距離があって、今日中に辿り着くのは無理だろう。だからこの場所で、一夜を過ごす事にする」
「そうだったんですか……それ程、まだ交易都市リベラルまでは距離があったんですね」
「交易都市? なんだね、それは? リベラルは、普通の何処にでもある街だが」
「え? ああ、いえ! 違うんです! 似た名前の都市がクラインベルトにありまして、それとちょっと今勘違いしただけで……痛い!!」
セシリアが私のお尻を抓った。ううーー、痛い。
ダニエルさんは、楽し気にテントを設営している自分の家族に目をやって、とても幸せそうに眺めた。
「ここの所、私はずっと仕事に振り回されていた。いつか、とんでもないビッグな商人になってやろうと思って、ひたむきに頑張ってきたんだ。スザンヌは、いつもそんながむしゃらに働いてきた私を、蔭で支えてくれて助けてくれたよ。トマスとシェレイもそうだ。いつも元気をくれる。だからたまには、こうやって家族サービスをしなければならないと思ってな」
「いい考えだと思います」
「君もそう思うか?」
「はい、だってあんなに子供達も奥さんも、はしゃいでいますよ」
「そ、そうか。なら私は薪でも拾ってこよう。キャンプするなら、テントだけでなく焚火の準備もしなければならないからな。だろ?」
「そうですね。でも薪拾いなら、私が行ってきますから」
「そうか。でもテトラ、君は身体の調子は本当にもういいのかな?」
本当に私の身体の事を気遣ってくれているダニエルさん。やっぱりこの人が『狼』であるはずはないって確信できる。優しさに満ちた人。シェルミーの考えた消去法の作戦で、ハッキリと確信できる。なら、残るは12人って考えていいと思う。
「はい、大丈夫です。休ませてもらって、もう平気になりました。それじゃ、ちょっと行ってきますね。セシリア、アロー。一緒に薪拾いに行きましょう」
一応、セシリアが草場で見つけてくれた護身用の棒。それを手に持つと、今度は肩ではなく私の頭の上にアローがとまった。
「ア、アロー、頭の上はちょっと……」
「フフフ、いいじゃない。私も鳥だったら、きっとテトラの頭にとまったわよ」
「それってどういう意味ですか、セシリア」
「さあ、どういう意味かしらね」
薪拾いに出ると、直ぐ近くに街道が見えた。ここは、馬車で移動してきた街道から少し外れた場所なのだと解った。あとは……草木の多い場所。キャンプをするなら、確かにもってこいの場所かもしれない。そう考えると、家族サービスをしたかったダニエルさんは、以前からこの辺りを商売で通っていて、知っていたのかもしれないとも思った。
お仕事が忙しくて、なかなか決行できないけれど、いつかそのうち少し時間ができてこの辺りに来たら、ここへ立ち寄ってキャンプをしようって……そのいつかが、今日だった。
ここは、現実世界ではない。だけどあんなに楽しそうにしているスザンヌさんや無邪気に笑うトマス君にシェレイちゃんを見ていると、なんだか私も嬉しくなってくる。
あの時のダニエルさんは、無慈悲な盗賊に家族の命を奪われたと言って、とても悲し気な顔をしていた。
最愛の家族を奪われたのだから、とうぜんだと思う。だけど心と記憶に刻まれたものは、悲しみと怒りだけじゃないはず。愛する家族と過ごす、幸せな時間。それはいつまでも、ダニエルさんの心と記憶の中に残っているはずだから。




