第1258話 『ダニエルの闇 その2』
ダニエルさんの馬車に乗せてもらった。街道をひたすらに、リベラルの街を目指して移動している。
馬車は幌馬車で、とてもいい感じだった。荷台には、商品と思われる沢山の積み荷、そしてダニエルさんの奥さんと子供達2人が乗り込んでいた。可愛い息子さんと、娘さん。私とセシリアとアローは、早速荷台に乗り込むとダニエルさんと向き合う形で座った。
馬車の揺れ、幌馬車の中の独特な香り。好奇心いっぱいの目で、私達を見つめる子供達の視線。全てがリアルで、現実の世界ととても区別がつかない。
ラビッドリームは、土の精霊というけれど、精霊の力というのはこれ程までに大きなものなんだと改めて実感した。もしここにマリンがいたら、もっと専門的な解説をしてくれるのになと思う。
ガタガタガタガタ……
女の子が男の子の肩を肘でつついた。男の子は「解っているよ」と言って、私とセシリアの方を見た。
「初めまして、僕はトマス・コマネフ」
「私、シェレイよ」
「は、始めまして、私はテトラ・ナインテールです。こっちは――」
「セシリア・ベルベットよ」
「僕は、アローです。言われる前に言っておきますが、魔物ではありませんよ。人の言葉が理解できて、喋る事もできる。ただそれだけのボタンインコなので、あしからず」
ダニエルさんの子供達は、互いに顔を合わせて微笑んだ。そしてまたこちらに向き直る。
「お姉ちゃん達は、メイドさんなんでしょ? リベラルの街に用があって、行くんでしょ。だから父さんに、この馬車に乗せてもらっている」
そうだよと答えかけて、一瞬吐気のようなものが込み上げてきた。え? どうして? 急に襲ってきた身体の異変。それに気づいてくれたセシリアは、私の背中に優しく手を回してさすってくれた。そして、私の代わりに子供達に応えてくれた。
「そうよ、トマス、シェレイ。あなたのお父さんに頼んで、私達はリベラルまでこの馬車に乗せてもらったのよ。このまま街まで連れて行ってくれる。本当に助かるわ」
「へへーーん、別にいいよ。馬車には積み荷はいっぱいだけど、この通りお姉ちゃん達を乗せても、まだまだ余裕もあるし」
自慢げにそう言ったトマスの肩を、シェレイがまた肘で突いた。
「なんだよ、シェレイ! さっきから!」
「だって、トマスが偉そうなんだもん! 偉いのはパパでしょ!」
「そんなの知っているよ。この馬車も、馬車を引いている馬だって全部父さんのものだからね。しかも父さんは巧みな交渉をして、通常よりも安くていい馬車と馬を手に入れたんだ。だからこの馬車はとても頑丈で乗り心地もいいし、馬はどれも駿馬さ」
「馬車を引くなら、駿馬なんて関係ないじゃない。農耕馬のように、馬力のある馬の方が絶対に価値があるわよ」
「馬鹿だな、シェレイは。父さんは、買った馬すら商品として見ているんだよ。農耕馬は農耕馬として、農夫とかにしか売れないだろ。でも駿馬なら、貴族や騎士に人気があるからさ。高値で売れるって訳さ」
「なによ、トマス。解ったような口で! しかも私の事を馬鹿って言った!」
「やめなさい、トマス、シェレイ! お姉さん達、呆れているわよ」
「ぶーーう、だってトマスが私の事、馬鹿だって言ったんだもん」
馬車を運転するダニエルさん。その隣、御者席に移動したダニエルさんの奥さんのスザンヌさんが、こっちの荷台の方を覗き込んできて子供達に言った。
セシリアは、そんな光景を見て優しく微笑むと私に囁いた。
「ちょっと……テトラ、大丈夫?」
「え? あ、はい。なんだか急に、気持ちが悪くなってしまって……すいません、少しこうやって休んでいれば良くなると思います」
そう言うと、セシリアはアローに目をやった。彼なら、何か言ってくれるかもしれないと思ったから。
「言うまでもありませんが、ここは現実世界ではありません。ダニエル・コマネフの心と記憶の世界です。もちろん、術者のテトラとラビッドリームの力も大きく、関与しています」
「それは、既に知っているわ。私が今知りたい事、それはテトラの体調がいきなり悪くなった理由なのだけれど。もしも知っている……いえ、心当たりがあるなら、教えて欲しいわ」
「ふむ。おそらくですが、テトラの体調が悪くなったのは、彼女が術者だからです。ラビッドリームの力を使うには、少なからず魔力が必要。でもテトラは、もともと魔力に恵まれてはいないので、それで調子を悪くしたのでしょうね。だからと言って、ラビッドリームを使うにしても、相性というものがありますからね。セシリアや僕なら、問題なく使えるという訳でもありませんし」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「いたたた! 羽を引っ張らないで! ちょ、ちょっとレディー! 落ち着いて!」
セシリアは、アローの羽を引っ張ったり、両手で掴んで締め上げた。今にも圧死してしまいそうなアロー。私は慌ててセシリアを止めた。
「ちょ、ちょっと待ってセシリア! 私は大丈夫です! ちょっと、気分が悪くなっただけですから。少し休めばすぐに回復します」
「テトラ……本当に大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。でも少しだけこのまま休ませてください」
横になろうとしたら、セシリアが私の身体を引き寄せて膝枕してくれた。子供達の視線が少し恥ずかしくて、目を閉じた。セシリアは、いつもは私にとても厳しいのに、こういう時は凄く優しい。これって、ずるいなーって思ってしまう。
アローも心配して私の顔を覗き込んできたので、今度は私がアローをむんずって鷲掴みすると、そのまま引き寄せて胸に抱いた。そうすると、いつかあった夜の川で水浴びをした時の事を思い出す。あの時と同じように、アローのぬくもりが私を癒してくれた。うん、大丈夫。セシリアとアローがいてくれれば、私は大丈夫。
「ふむ、仕方がない。これでテトラが回復するなら、このまま大人しくしておいてあげるとしましょう」
「ねえ、アロー。テトラは本当に大丈夫なのよね?」
「そうですね、ただでさえ魔力の無い者が、魔力を使っているのですからね、気分が悪くなったりするのは当然です。ですがラビッドリームは、その点は解っているような気配があります。あれでもレティシアの従える精霊ですからね。だからきっと、いいように調整をしてくれるでしょう」
「それならいいのだけれど」
アローがセシリアに説明したこと。それを聞いて、私はそうなんだとは思わなかった。私は確かに魔力を遣い慣れてはいない。体内にある魔力も、ぜんぜんない。だけどその魔力をラビッドリームにごっそりと持っていかれているから、気持ちが悪くなってしまったとはどうしても思えなかった。
別の大きな理由。
気分が悪くなったのは、ダニエルさんの子供達の無邪気な笑顔、そして幸せそうな奥さんの顔を見てからだった。
ダニエルさんが『狼』であるのか、もしくは『狼』と関係性があったり、何か情報を持っているかもしれないと思って、彼の邸宅を訪ねた時の記憶――
私はダニエルさんに案内されて、邸宅内にある奥さんと子供達の眠るお墓の前に案内された。そして手を合わせて、3人のご冥福を祈った。
そう、ダニエルさんからその時に聞いた話だと、今目の前にいるダニエルさんの子供達と奥さんは、盗賊に襲われて殺されている……
急に気持ちが悪くなってきたのは、その事を思い出して直ぐだった。




