第1255話 『ここにいればいい』
街道でいいのか、それとも草原地帯なのか……もしくは、向こうに見える小さな森。セシリアは、何処にいけばいいのか解らないといった感じで大きな溜息を吐いた。
「フーー、これじゃ何処にいけばいいのか、ぜんぜん解らないわね」
「フフフ」
「なに? どうして、笑っているの、テトラ?」
「え? あ、すいません。なんでもないです」
「……なんでもなくて、笑ったりはしないんじゃない?」
セシリアは、そう言って私の顔をじっと見つめた。うう……これは、もう言うまで逃がしてくれない。
「えっと……別に大した事じゃなくてですね。ただ……」
「ただ?」
「セシリアと一緒だから、こんな状況なのにぜんぜん気持ちが楽だなーーって思って」
「は? どういう事かしら?」
「はい……私、もしも今、こんな場所に1人でいたら、気持ちがいっぱいいっぱいになって、きっともっと取り乱していると思うんです。何というか、心細いですし……でもあの時のフォクス村でもそうでしたけど、セシリアが傍にいてくれるととても勇気がでるから……」
「それで笑ったの?」
「……はい」
そう言って俯いた。こんな時なのに、自分で何を言っているだろうって思った。恥ずかしくてセシリアの顔が見れない。
「はあーー、こんな時だっていうのに、随分と余裕があるのね」
「ううーー、そんなセシリアが聞いたから」
「確かに聞いたけれど、まさかそんな理由で笑っていたとは、思わなかったわ」
ほら、怒られた。だから言いたくなかったのに。でも嬉しかったり、悲しかったり……感情を隠すのは、得意じゃないから……
しょぼんとする。そしてチラリとセシリアの顔を覗き見ると、彼女はもう既にやるべき事に考えを集中させていた。辺りを見回して、何処にいけばいいのか探っている。こういう所もきっと、セシリアが上級メイドで私が下級メイドである違いだと思う。
「ふう、そういう顔をずっとされているのも困りものね」
「え?」
「怒っている訳じゃないわ。ただ、一緒にいて心強いって思っているのは、何もあなただけが一方的にそう思っている訳ではないと思うのだけれど」
「え? え? あのそれ、どういう事ですか?」
「そんな事は、自分で考えなさい。それより、ラビッドリームを使用したのはあなたでしょ。それにダニエル・コマネフが『狼』かどうか調査する為に、彼の自宅にまで行って最初に接触したのもあなただったわ。なら、これから彼のこの心と記憶の世界の中で、何処へ行けばいいのか思い浮かばないかしら。ここでずっと突っ立っていても、今のところ先に進む様子はないし」
「た、確かにそうですけど、ちょ、ちょっと待ってください!!」
確かに術者は私だし、ダニエルさんに最初に会いに行って話を聞いたのも私。だけどいきなりこんな世界に飛ばされて、何処に行けばいいかなんて解らない。デプス市長の心に入った時も、解らなかった。そこらじゅうにデプス市長がいたから、逆にそれでどう行動すればいいのか迷わなかったのもあると思うし――
……ん?
一瞬の閃きのようなものが、頭の中で弾け飛んだ。さっき私は、こんな世界に飛ばされて何処に行けばいいのか解らない……そう思ったけれど……
顔を強張らせ、明らかに何かを閃いた私。セシリアは、それに気づいて顔を覗き込んできた。
「もしかして、何処へ向かえばいいのか解ったのかしら?」
「……はい、なんとなくですが」
「そう、それは良かったわ。あなたがラビッドリームを上手にコントロールできるようになってきたのか、それともあなた達の絆が強くなって、ラビッドリームがあなたを信用し始めたという事かしらね」
「それは、まだ解りませんけど……なんとなく、ラビッドリームは私に協力してくれているような気がするんです。私の心と記憶の世界……フォクス村の時は、あんな事になりましたけど、デプス市長の時は直ぐに彼の中へ私達を送ってくれましたし……」
「確かにそうかもしれないわね。もしそうだとしたら、あなたの心の中にあったフォクス村に飛ばされた時は、あなたを信頼していいのかどうか……ラビッドリームが試していたのかもしれないわね」
「試す? 私をですか?」
「そうよ。あえて、あなたの触れられたくない過去。思い出したくないけれど、決して忘れられない記憶。そういうデリケートな世界に触れさせる事によって、本当のあなたを知ろうとしたのかもしれないわね」
「……確かにそうかもしれません。あれからラビッドリームは、暴走どころか凄く協力的な感じがしますし……何よりレティシアさんは、ラビッドリームの力を信頼していました」
「そうね。レティシアさんもアローもそうだったわね。それで結局、私達は何処へ向かえばいいのかしら? テトラには、それが解ったんでしょ」
「解ったというか……多分そうなんだろうなって、気づいたんです。ラビッドリームに、私は試された。それで結果、力を貸してもいいと思ってくれた。だから……私達が向かう場所は、やはりここでいいんだと思います。この今いる場所、ここが私達の目的地です」
そう、ラビッドリームは既に一番いい場所に私達を送ってくれている。この世界は、ダニエル・コマネフの心と記憶の世界。でもそれだけじゃない。術者である私の記憶と心、そして力を使っているラビッドリームもなんらしかの形で作用している世界。
だからこそ、ラビッドリームは私が求めているものを理解してくれて、その答えを一番見つけられると思った場所に私達を飛ばしてくれた。
そう、つまりここでいいんだ。この場所にいればいい、ただそれだけだった事に私はやっと気づいた。




