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第1254話 『何かが起きる』



 街道の脇には、草原が広がっていた。一面草の色をしていて、時折吹く緩やかな風に草々は同じ方向へ頭を一斉に振る。


 私の故郷であるフォクス村は、ドルガンド帝国との国境付近にあり、周囲には山や森が多かった。こういう一面草が生い茂っている草原のある場所は、無いと言って等しい。だからこそ、そういう場所も私は大好きだった。


 子供の時は、いつかそういう草原地帯の続く場所に行って、そういう何処までも緑が平たく広がる世界で、力の限り全力で駆け回り、その果てに力尽きるように転がって青空を眺めたい。そして気がついたら、そのまま気持ち良く眠ってしまったりして……


 そのまま陽が落ちるまで、その草原で横になって、夜になったら夜になったで夜空を見上げたい。光り輝く無数の星々と、煌々と神秘的な光を放ち続けるお月様。一晩中だって、飽きる事なく見ていられると思っていた。


 でもできれば、誰かと一緒に見たい。そういう開放的な草原地帯で、朝から晩までその場所と一体になる。自分一人ではなくて、誰かと一緒なら、より共感できていいと思っていた。誰かと感動を分かち合える喜び。


 子供の頃は、私の妹……ノヴェムとそういう事ができたらいいなって思っていたけれど、私は生まれながらにしてフォクス村の全員に嫌われていた。親にも常に、妹と比べられてできそこないと言われ、挙げ句の果てには妹に情けない姿を見られて愛想をつかされてしまった。幻滅されたのだ。


 …………ここは、ダニエルさんの心と記憶の世界。現実ではないとは解ってはいるけれど、こういう草原で横になって一日過ごしたいと思ってしまう……一緒に過ごしたい人なんて、あれからきっと現れないだろうと思っていたけれど……だけど今は――



「私の顔を見て、何をにこにことしているのかしら、テトラ?」


「え? べ、別に何もないです」


「そう? ジロジロと見られている気がしたのだけれど、思い過ごしかしら。でももし、例えばだけれど、今私の口元にパンクズがついていたりして、それを見つけたからまるで鬼の首でも獲ったようにこっそりと笑っている。そういう事だったら、私は必ずあなたに目にものを見せてあげるわよ」


「こここ、怖いですよ!! そんなこと、ぜんぜん思っていませんし、目にものってなんですか!!」


「そうね、今考えつくのは、あなたを裸にして、首輪をつけるかしら。そしてリードも繋いで、そんな恥ずかしい姿で交易都市リベラルをお散歩でもしようかしら。大衆の目に晒され、これ以上ない恥をかいてもらえれば、私の谷底まで落ち込んだ気も、多少は晴れるかもしれないわね。フフフ」



 セシリアの事だから、本当にやりそうだと思った。



「それはそうと、あなたまた大切なものを忘れてきたでしょ」


「え? 大切なものってなんでしょうか……」


「呆れるわね。ゲラルド様も、さぞやがっかりとされているでしょうね」


「あっ!!」



 そこまで言われてやっと気づく。そうだった。涯角槍を忘れてしまっている。でもそれは、セシリアも同じだと思った。



「何、その顔は? 言っておくけれど、私はちゃんと備えているわよ」



 でもセシリアが愛用しているあの大きなボウガン、あれを持っているようには見えない。その事を指摘しようとしたら、彼女は懐から小型のボウガン『ワプスショット』と、魔法の力が込められているスクロール、それに護身用のナイフまで見せてくれた。


 まさかこんなにもちゃんと準備してきているなんて……よくよく考えてみると、しっかり者のセシリアなら、こういう事にぬかりなんてないかもしれない。比べて私は……駄目駄目だった。


 デプス市長の心に入った時に、武器を手にしていた方がいいと思っていたはずなのに……本当に駄目だと自分を責める。


 自分の駄目なところを直視してしまい、反省していると、セシリアは私の肩に優しく触れた。



「セシリア……」


「こんな所で、落ち込んでいる暇なんてないでしょ。アテナ様やモニカ様だって、この位の事であなたみたいにいつまでも落ち込まれたりしないわ。それにあなたのもう一人の師匠、レティシア・ダルクなら、その場にあるものでなんとかするんじゃないかしら?」


「はい、レティシアさんなら、間違えなくその場にあるもので全てなんとかすると思いますし、アテナ様やモニカ様もそういう事に長けていると思います。でも私は……」


「別にあなたが、あの方々と同じでいる必要はないわ。でもアテナ様やモニカ様のようになりたいと見習わせてもらう事は、とてもいい事だとは思うのだけれど」



 そうだった。また私は……


 今は、私のこんな気持ちや思いなんてどうでもいい事なのに……今は、一刻も早く『狼』を見つけ出して叩く。そして首都グーリエに向かい、ボーゲンやミリス達を助け出して首都を奪還する。それが今、一番優先しなくてはならない事であり、最も大切な事。



「ごめんなさい、セシリア。私はまた……うん、そうですね!! その通りです!! でも私達は、なぜここに飛ばされて来たのでしょうか?」


「そうね。一見、何もない街や村の外、街道に見えるけれど……私はきっと意味があると思っているわ」


「具体的に言うと、どういう事でしょうか?」


「デプス市長の心に入った時よりも、なぜだかもっとそうだと思えたの。確信て言うのかしら。ラビッドリームが、あなたに協力的になっているとね。それなら、何も意味のない場所へ、あの子が私達を送る訳もないじゃない」


「じゃあ、ダニエルさんの心の中にある、この場所。ここに、『狼』に関するなにかが……ううん、私はダニエルさんは『狼』じゃないと思っています。断言できます」


「そうね、私もそう思っているわ。でもラビッドリームは、そこまで万能ではないとも思う。いくら、協力的になってくれたとしてもね。あなたがダニエルさんの心の中に、入りたいと望んだから、力を使ってあげた。その程度だと思う。でも、ただ心の中に送ってくれた訳でもないと思う。そこに何かあって、それが私達の求めるものかもしれないって思ったから、この場所に送ってくれたんじゃないかしら」



 私は何処までも続いているような街道の先を覗き見た。そして広がる草原を見渡す。本当にこんな場所に、何かあるのだろうか。



「見渡す限りは……とても穏やかな場所に思えますけど……本当にこんな場所に何かあるのでしょうか?」


「それは解らないわ」


「え? でもさっき……」


「あるとは、限らない。もしかしたら、何かがあるんじゃなくて、何かがここで起きるから、ラビッドリームは私達をこの場所に送ってくれたのかもしれないわね」



 何かが起きる? 辺りを見渡す。穏やかな風に、変わらない青い空。緩やかに流れる雲――なのに、何かが引っ掛かった。


 セシリアに、何かが起きるかもと言われて、急に何かが私の中でつっかえた。そういう感覚に襲われた。それは、別の言い方をすると、嫌な予感と言うのかもしれない。

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