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第1253話 『ダニエルの心と記憶』



 予期せぬひと悶着があって、結局私の目の前にはアーマー屋ダニエル・コマネフが座った。消去法で信頼できる人から調べて行くというのなら、これが一番正しいと思った。


 なぜなら私は彼の邸宅にまで行って、彼の愛する家族を失った話を聞いたり、多少なりと彼の人格に触れた。彼は、興行師ボム・キングのもとにも連れて行ってくれて、私を彼に紹介してくれた。ダニエルさんは、とても信頼できる人だと私は思う。


 デプス市長の時と同じく、ダニエルさんの前には私とセシリアが座った。シェルミーとローザ、デプス市長にはここで待っていてもらう。


 ダニエルさんは、動揺の欠片すら見せずに毅然とした態度で、私とセシリアと向き合ってくれた。



「それでは、始めてくれ」


「はい、それじゃ申し訳ありませんが、これよりダニエルさんの心と記憶を調べさせてもらいます」



 両手を合わせ、掌を上に向ける。ラビッドリームを呼び出す為に念じると、掌に光が集まって来た。でもその手は、震えていた。



「フフ、テトラ。緊張しなくていい。別に心の中を覗かれるからと言って、私は君に信頼されていないなんて思わない。軽蔑もしないし、動揺もしない。言うなれば、この私が取り扱うアーマーのように信頼しているよ。私は今でも、亡くした妻と子供を愛している。だから君に向ける愛の形は、ミルトやイーサンとは少し違うが、兎に角君の事は好きだよ」


「ダニエルさん……」


「知り合ってまだ僅かだが、君の一生懸命な姿には、私の店に並ぶアーマーのようにきらめくものを見た。さあ、心の準備はできている。やってくれ」


「はい、ありがとうございます。それでは行かせてもらいます」



 ちらりと隣にいるセシリアを見て、意思を確認する。頷いてくれた。セシリアとダニエルさんがいるなら、ぜんぜん大丈夫。ダニエルさんの心と記憶の中にサッと飛び込んで、『狼』の欠片すらない事を早々に証明して戻ってこられるはず。


 私とセシリア、そしてダニエルさんは目を閉じて念じた。いざ、十三商人最初の1人、アーマー屋ダニエル・コマネフの心の奥底へ――――



 ――――――――――――



 ――――――



 ――――目が覚めた。ここは、ダニエルさんの心の中?


 周囲を見回すと、木々が生い茂っている。空は、快晴でいい天気。私のいる場所は、それなりに整備された幅のある道がだった。街道。



「ここが……ダニエルさんの心と記憶の世界……」



 あまりにも気持ちのいい陽気、気持ちの良い穏やかな風が流れた。そして顔の近くを可愛らしい蝶が羽ばたいていく。『闇夜の群狼』を倒さなければならないのに、闘志は薄れて心は穏やかな気持でいっぱいになった。



「何をしているの?」


「え?」



 ビクッとして横を向くと、セシリアが腕を組んで立っていた。



「セシリア!!」


「随分と呑気なものね。あなたのそういう性格、本当に呆れてしまうわ」


「ううー、ごめんなさいー。だって、こんなに気持ちのいい陽気だったから……ついうっかりと……」



 セシリアに縋るようにして、言い訳を並べる。すると彼女は、容赦なく私の身体を押して「離れなさい」と言い放った。



「こんな気持ちのいい陽気に、穏やかな風が吹いて……セシリアは、気持ちよくなってしまわないんですか?」


「なる訳ないでしょう。だってここは、現実ではない世界なのよ」


「確かにそうですけど……」


「兎に角、ここに送られたという事は、何かこの場所に大きな意味があるからだと思う」


「なぜですか? なぜ、セシリアはそうだと言い切れるんですか?」


 バシイッ!!


「きゃ、痛い!!」



 セシリアは、私の胸を下から叩きあげた。ひどい。



「そんな大きな胸を自慢げに弾ませ見せつけて……そういうのを陰険な性格っていうのよ」


「自慢げに弾ませてなんていません!! セシリアが、今私の胸を叩いたからじゃないですか!!」


「あら、そうだったかしら。そんな遠い昔の記憶、もう覚えてないわ」


「今さっきの出来事ですよ!」


「あら、そう。でもここは、人の記憶の中の世界だし、私の記憶がなんらかの影響を受けて、曖昧になっているのかもしれないわね」


「ううーー、虐めないでください」


「虐められるような空気を漂わせている、あなたが悪いのよ。常に私を挑発するからでしょ」


「ううーー、胸は、好きで大きくなった訳じゃありません」


「そんな事は知っているわよ。私を舐めないでくれる」


「なんなんですかー、もうー」



 凄く困った顔をすると、なぜかセシリアの機嫌が良くなった。そういう時の微笑みを見せたので、すぐにそうだと解った。



「私が特に何でもないと思えるようなこの場所を重要だと思ったのは、私達をここへ送ってくれたラビッドリームが、あなたに力を貸してくれているからよ」


「ち、力をですか……」


「そうよ。あのフォクス村に行った時は、私達の意思とは関係なく、ラビッドリームの気まぐれとも言っていい行動で、その世界へ連れて行かれたわ。けれどデプス市長の時も、今もそう。ラビッドリームはあなたの意思に応じて力を使ってくれているわ」



 言われてみればそうかもしれない。デプス市長の時よりも、ダニエルさんの心と記憶の中へ入り込んだ時の方が、なんとなくすんなりと入り込めたような感覚があるし、この力を使う為に、私の体内にある魔力のような力を消費しているはずだけど、それもデプス市長の時よりもずっと緩やかな気がする。



「ラビッドリームは、あなたの意思に従い始めている。だから力を、よりコントロールしやすくなっているのかもしれないわ。そしてラビッドリームが協力してくれているという事は、私達が一番求めている場所に誘導してくれるているはず。だから私は、この一見なんでもない場所に見えるここにこそ、何かあると思っているわ」



 セシリアにそう言われると、なんとなく感じていた事を思い返してみた。


 確かにラビッドリームは、私達に協力してくれている気がする。


 そしてもしかしたらレティシアさんは、私達が十三商人の中から『狼』をこの方法で探し出そうとすると、予想していたのかもしれない。だからこそ、ラビッドリームを私に貸してくれたのだ。

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