第1252話 『モテモテトラ』
デプス市長とシェルミーに連れられて、ミルト・クオーンとイーサン・ローグが部屋に入って来た。
1人ずつ調べると言ったのに、デプス市長とシェルミーはなぜ2人を一緒にここへ連れてきたのだろうかと思った。シェルミーは、後頭部を摩りながらに、その理由について答えてくれた。
「いやー、ごめんごめん。私は言ったんだよ、1人ずつだって。しかも一度に調べるのも、1人ずつしかできないからって言ったんだけど……でも今さっき会議室に行ったら、招集に応じてくれた十三商人の皆が、リッカーを筆頭にもう一度ちゃんとその『狼』を見つける為の調査方法を詳しく説明しろと言われちゃってね」
「そ、それでちゃんと説明したのですか?」
「したよ。ちゃんとした。リッカーは、相変わらず納得がいかない様子だったし、ロレント・ロッソもそうだったけどね。でもテトラがラビッドリームという地の精霊を使って……っていうか、テトラが直接相手の心の中にダイブしてって言った所で、このお二人さんが名乗りをあげてくれて」
ミルトは、イーサンを押しのけて私に迫ってきた。右手を彼に両手で握られる。
「あ、あの……ミルト?」
「テトラ。僕は、君を凄く素敵な人だと思っている。それが紛れもなく事実なのだと、君自身の目で実際に確かめて欲しい。そして僕の本当の君に対する気持ちを解ってくれたなら、ぼ、ぼぼぼ、ぼぼんぼんぼん、ぼ、僕の想いに応えて欲しいんだ!!」
「え? ぼぼんぼん? その、あの……」
ミルトは、私の事を気に入ってくれている? もしかしてそう言ってくれているのかと思って、顔が真っ赤になった。でも今は、それどころじゃない。
ううー、でも男の人にこんな事を言われて、こんな気持ちになってしまって、ミルトの心の中になんて入れるのだろうか。でも今は、余計な事を考えてはいなけない。『狼』を見つけることこそが目的なのだから。
「いいかい、テトラ。僕は君を拒絶はしない。本当の僕の気持ちを知ってほしい。だから君が僕の心の中に入るというなら、逆にこちらから是非にもお願いするよ。君が僕の中に入ってくる。それだけでも心が熱くなる」
「え? え? その、それはでもミルトの心に入らせてもらうのは、あくまでもあなたが『狼』ではないと確証を得る為なので……」
「フフン、関係ないさ。僕の心はいつもオープンさ。さあ、遠慮しないで僕の心に入って来て。そこで僕は、君にこの熱い想いを伝える事にするよ」
既に私がミルトの心の中に入るのは、『狼』を見つける為だと伝えている。でもミルトは、他の事に意識を向けているようだった。
もともと彼は『狼』ではないと、私は思っていたけれど……こんな自分から心の中を覗いて欲しいなんて言ってくるなんて、わざわざ心と記憶を調べなくても、やっぱり『狼』の可能性なんてないんじゃ……
セシリアがまた、私の考えている事を見透かしたように言った。
「テトラ、余計な事は考えないで、ラビッドリームに意識を集中しなさい。ミルトは、何かを期待しているみたいだけれど、それは私達には関係ないわ。それに彼が怪しくないとしても、そもそも一番怪しくない人から消去法で調べていく段取りだったでしょ」
そうだった。そもそもそういう段取りだった事を思い出した。
「そうでした。セシリア、ありがとうございます」
「別にいいわよ。それとミルト、イーサン。私達がやっている事は、メルクト共和国やこの交易都市リベラルを、賊から守る為にしている事だわ。だからあなた方の積極的な協力には、とても感謝している。でもこれから行う事は、1人ずつしかできない事なの。どちらから調査を受けるか、決めて頂けるかしら」
「いいだろう。それなら、僕からだって言ったから、僕からだ!」
ミルトが前に進み出た。すると傍で今まで黙って、ミルトとテトラのやり取りを見ていたイーサンが動いた。
「だだだ、駄目だよ、ミルト!! ききき、君はなんて厚かましい!! そ、そもそもテトラに全面的に協力すると言い出したのは、ぼぼ、ぼぼんぼんぼん、ぼぼ、僕だったはずだ!! 君は僕の次に、テトラに調べてもらえばいい!!」
え⁉ ええー!!
この状況に困ってローザの方を見ると、大きな溜息を吐いている。なんでもいいから早く始めようという顔。シェルミーなら、2人を説得して直ぐに順番を決めてくれると思って、彼女に期待の視線を向けた。でも彼女も、あははと苦笑しただけだった。
「いやー、困ったね。協力してくれるのはありがたいけど……会議室で皆に説明していた時に、2人同時に食い入るように聞かれちゃって。それでどういう調査をするのかとか、ちょびっと別の気になるっていう話をしてからね、こんな感じなんだよ」
「べ、別の気になる話って、いったい何を答えたんですか?」
「いや、テトラが相手の心に入って調べるから、テトラがその……でも……ラビッドリームにまだ完全に慣れてはいないから、それを踏まえて安心できる人から選ぶって事と、消去法で調べたいから『狼』じゃないよねって信頼できる人から調べてるよって。あと、テトラに現在進行形の彼氏がいるのか? とか……かな?」
「えええ!! か、彼氏!? そ、そんな人、いません!!」
「そう思ったから、そう答えたよ。それでそのー、調査をするのに最も信頼できる人っていうか……最初を誰に決めるんだって迫られたから、テトラに決めてもらおうかってね……あはは、まずかったかな」
シェルミーとの会話で、ミルトとイーサンの2人は、自分が先に調べてもらうと争い始めた。2人にとっては、自分の心と記憶を他人に覗かれる事よりも、大事な事があるようだった。
「僕が先だ!! 君は僕の後に調べてもらえばいいじゃないか、イーサン!」
「いいい、嫌だ!! 最初に調べてもらうって事は、テトラが一番信頼してくれているって事だろ! そそそ、それにさっさと身の潔白も証明したいし……そ、そうだ! ミルト、君はさっき妙な事をテトラに言っていたよね。もしかして心の中で、ぼぼぼ、僕よりも先に抜け駆けして、テトラに自分の想いを伝えるんじゃないのか。そそそ、そんなの絶対に許せない!! ぼぼぼ、僕が先だ!!」
「いいや、僕だ!! 僕の方が先なんだ!! イーサン、君は僕の次に調べてもらうなり、自分の気持ちを伝えるなりすればいいだろ! 順番を守りたまえ!」
ここでこんな事になるなんて、まさか思いもしなかった。皆、心と記憶を調べられと聞けば絶対嫌がると思っていた。実際、リッカーは凄く嫌がっているし、デューティー・ヘレントやロレント・ロッソも召集には応じてくれたものの、完全に協力的な態度は示してくれていなかった。なのに、2人は自分を先に調べて欲しいという。
ミルトイーサンは、今度は椅子を取り合っていた。シェルミーは、困った顔で私とセシリアを見た。
「いや、困ったね。テトラは、モテモテだね。モテモテ……モテモテトラだね」
「な、なんですかそれ……」
「でも2人共、テトラに気にいられようとして争っているみたいだし。私達の知らない間に何かあった?」
「べ、べべ、別に何もないですよ」
含みのある笑みを浮かべるシェルミーにたじろぐ。
この都市でシャノンを見つけた。あの時に、2人には凄く助けになってもらった。でもそれ以上の事は何もない。
「ほんとー? でもまあ、兎に角まずはどちらかに椅子に座ってもらわないとね。因みに、集まってくれた十三商人の中で、自分から調べて欲しいって最初に言ってくれた人は、ミルトとイーサンじゃなくて、ダニエル・コマネフだったんだけどね」
「ダニエルさん……」
アーマー屋、ダニエル・コマネフ。あの人こそ、『狼』であるはずがないと思った。ダニエルさんは、凶悪な賊に愛する者の命を奪われた。十三商人の中では、賊という賊を誰より恨んでいる人だった。
そして十三商人の中では、私が最も信頼できる人だと思えたから……
「あ、あの、すいません!!」
『え?』
いきなり大きな声でそう言ったので、争っていたミルトとイーサンも私に注目した。
「あの……シェルミーが言ったように、御二人のご協力には凄く感謝しています。でもお願いがあります。まずは、会議室で待って頂いているダニエルさんから調べさせて欲しいのです。それからミルト、イーサンの順番でお願いしたいのですが……いいでしょうか」
そう言って最後にイーサンに視線を向けた。すると彼は、どうしても先に自分から調べて欲しかったらしく、それが叶わないと知ってがっかりと肩を落としていた。けれど目が合うと、慌てて視線を反らして私に頷いてくれた。
「イーサン……」
「き、君がそうして欲しいっていうのなら、ぼぼ、僕はそうするよ。そ、その代わり僕の事をもっと信頼して欲しい……」




