第1250話 『テストダイブ その5』
次から次へと襲い掛かってくる、交易都市リベラルに似た街の人達とデプス市長。セシリアはボウガンは得意だけれど、とても格闘戦なんてできない。だから私が彼女を守り、襲ってくる人達を次々と素手で倒した。でも数が多すぎてキリがない。
「ど、どどど、どうしましょう、セシリア!! このままじゃ、私達!!」
「もしもここで殺されでもしたら、私達はどうなるのかしらね」
「そうなったらきっと、本当に死んでしまうかもしれないです」
「でも私達の身体は、市役所のあの倉庫のような部屋にある椅子に座っているはずよ」
「ですから精神だけ死んでしまって、身体自体は単なる抜け殻のようになってしまうと思います」
「そう、それは困るわね。でもテトラ、あなたなぜそんな事が解るの?」
「解りません。でもなんとなくそうだと感じるんです」
デプス市長の心と記憶の中に、入り込む能力はラビッドリームのものだった。今はラビッドリームが何処にいるのかは解らないけれど、この世界に来る直前までは私の中にいた。そして今も私達同様にこの世界にいて、近くにいるはず。だからセシリアに言ったような事が、無意識に私にも解ったのかもしれない。
この世界は、デプス市長の心と記憶がメインになっているけれど、術者である私の心と記憶、それに力を使っているラビッドリームも何らかの形で作用しているはずだから。
「逃がさない」
「捕まえて、吊るしあげろ」
「いや、殺せ。直ぐに息の根を止めてなかった事にするんだ」
「そうだ、そうだ。そうしなければ、愛する妻や息子、それに私の大切な財産とこの都市を守れやしない!!」
「十三商人も『狼』もクソ喰らえだ!! この街は市長である私のものなのだあああ!!」
今度は明らかに敵意に溢れた形相で、デプス市長も街の人も襲い掛かって来た。
「まいったわね。これがデプス市長の正体って訳ね」
「いえ、どうでしょうか。そうかもしれませんが、そうじゃないようにも思えます。誰だって、簡単には清廉潔白な人にはなれないですし、私だって弱いところや目を背けたくなる部分は、あると思いますし……」
「フフ、そうね。そうかもしれいわね。私達は、人の心の中に入り込んで覗き見している訳だし、その人を批判する事なんてできないかもね。それよりも、今はこの場から無事に逃げ切る事を考えましょう」
「そうですね。デプス市長は、やっぱり『狼』ではないようですし……この後は、どうすればいいのか解らないので、手探りでなんとかするしかないですけど……どうにかこの世界から抜け出て、もとの自分の身体に戻らないと」
「そうだった。そう言えば、そうだったわね。デプス市長の心の中に入れて良かったって思っていたけれど、用が済んだらもとに戻らないといけないのよね」
セシリアの手を引き、群がってくる人達から逃げて回った。どうしても避けられない時は、蹴りや突きを放って倒した。私が一番得意とするのは、槍や棒の長柄武器だけど、一応は徒手格闘もモニカ様には習っていたので多少心得があったのだ。
橋からレンガ道の方へと駆け抜けて、そこから次の橋を目指して無我夢中に走った。どうしてもセシリアと体力の差があるので、彼女の足に合わせる。すると、唐突にデジャブを感じた。この今走っているレンガ道、シャノンを追いかけたあの道と同じ……
どうしてこの道を選んだのかは、解らない。きっと心の何処かでこの道なら一度走った事があるから、上手に逃げ切れると思ったのかもしれない。でも前からも後ろからも、大勢の街の人達が手に武器を持ち私達に迫ってきていた。
もし尻尾の力を使ったとしても、これだけの人を相手にセシリアを守りながらなんて戦えない。どうすればいいの。そう思った時に、セシリアは何かを察したような顔で言った。
「はあ、はあ……テトラ、どうやら私はここまでのようね。これ以上はとても走れない」
「な、何を言っているんですかセシリア!! 私がちゃんと守りますから、走ってください!!」
「無理って言っているでしょ。ここからは、1人でなんとかするから、あなたは先に行きなさい」
「そんなのできません!!」
「できないも何も、このままじゃ2人ともやられてしまうでしょ」
「だからと言って、セシリアを置いていけません。置いていったら、きっとセシリアは……」
「フフ、大丈夫よ。ここであの群がってくるゾンビのような人達に殺されたとしても、私の精神が消滅すると決まった訳ではないでしょ」
「いいえ、ラビッドリームの力を感じるからかもしれないですけど、きっとさっき言ったようになると思います。だからこんな所に、セシリア1人を置いていけません」
「それは憶測でしょ。大丈夫だから」
こうなったら、セシリアはてこでも動かない。自分の身を犠牲にして私を救うつもり。だから一緒に逃げるように、必死に説得を続けた。でも彼女は目的を優先する為に、一番正しい選択をしなさいと返す。
それなら私は、セシリアを決して1人にしない。
「ちょ、ちょっとテトラ!! 何をする気なの!!」
「いいから、私にちゃんとしがみついてください!!」
「ちょ……ちょっと、そんな……無茶よ!!」
セシリアに対して背を向けると強引に、彼女を背負った。そしてここで尻尾の力を使う。4本のうち、1本が光輝き始めた。力が私は溢れる。これなら、セシリアを背負ったまま機敏に動ける。
早速襲い掛かって来る群衆。私はそれを素早く避けると、人のできるだけいない方へと逃げた。すると大空から一羽の鳥がこちらに向かって飛んできた。それは、見覚えのあるボタンインコだった。
「レディー!! 川へそのまま!! 川へ跳び込んで!!」
「アロー!!」
「いいから、早く!! 僕を信じて!!」
どういうこと!? 前回、私の心と記憶の中に落ちた時、アローが助けてくれた。でもあの時は、私とセシリアの近くにアローがいたから。でも今彼は、リッカーの住処にいるはず。なのにどうして、彼はここに……
ううん、リッカーは私達のいる市役所に今いる。しかもアローは、彼のボディーガードを務めていた。もしかしたらリッカーと一緒に、市役所に来ていたのかもしれない。
私はアローを目で捉えると、大きく頷いた。黄金に輝く川。次の橋に辿り着くと、私はセシリアを背負ったままアローの言葉を信じて川へ跳びおりた。
ボシャーーーーン!!




